第八話‐⑥
「『風神様』をどうにかする方法を思いついたぁ?」
呆れた様な、信じられない様なリリィの声に私は頷いた。
湖から休んでいた遺跡前まで戻ってきた私達は、これからどうするかをシフォンが持ってきた果実を口にしながら話し合いをする事になった。
そして、私は提案…と言うより思いついた事を発言したのだ。
「方法というか、可能性の話なんだけど……、」
「可能性でもいい。何を思いついたんだ?マツリ。」
心配そうに見つめるリリィに対して真剣な眼差しで意見するジーク。その隣に座っているシフォンも同じ様に真剣な表情を浮かべながら私の言葉を待っている様に見えた。
私は一呼吸終えてから思いついた、可能性の話をし始めた。
「結論から言うと、勇者の力とやらを使う。」
「勇者の力って……まさか、最奥の扉に眠っている勇者の力を使うって事?」
「うん。まぁ、その勇者の力というものがどういうものかは分からないけど……でも魔王を封印する為に使われるものだし、きっと強力なものだと思うの。その力があれば『風神様』をどうにかする事が出来るかも。」
「そ、そりゃあ理屈は分かるけど……本当に何があるか分からないのよ?残された文献にも遺跡に眠っている勇者の力に関しては詳しい事は書かれていないし……『風神様』をどうにかする力があるとは限らないわよ。」
「けど何もないよりマシだ。俺はマツリの意見に賛成する。」
「兄さん。」
「魔術師殿の言う通り、最奥の扉の向こうにある勇者の力がどういうものかは分からない。『風神様』を倒せるものじゃないかもしれない、鎖のまじないを解くものじゃないかもしれない、遺跡を破壊する様な強力な力があるとも限らない…が、逆も然り。そういう力が眠っているかもしれない。」
「そ、それはそうだけど…、」
「さっきも言った通り、何もないよりマシだ。少しでも可能性があるのなら俺は賭けたい。」
「…私も兄さんと同じです。」
「ジーク、シフォン…。」
私の発言にジークとシフォンは賛成した。私の話は本当に可能性の話だ。リリィの言う通り『風神様』をどうにかする力が眠っているとは限らない。けど、それでも賛成してくれた。…なんだろう、少しだけ嬉しいし心強い。
けれど隣に座るリリィはそうもいかず……難しそうに眉間に皺を寄せていた。
「リリィ…、やっぱり反対?」
「反対とかじゃないわ。だって私達の本来の目的は勇者の力を得る為だもの。『風神様』うんぬんは置いておいてね。けどね、変に期待させたくないよ。」
「期待させたくない…?」
「そうよ。可能性の話だとしても本当に出来るか分からない。そりゃあ魔王を封印する為の力だし、マツリの言う通り強力な力なのかもしれない。けどそれがどういうものなのか、どういう風に使うものか分からない。ここで『風神様』をどうにかする事が出来ると言って期待させたら、いざ何も出来なかった時困るでしょ。」
「なんだ、魔術師殿は俺達が落ち込むと心配してるのか。優しい奴だな。」
「なっ!そういう事じゃないわよ!アンタはともかく、シフォンの事を言ってんの!!」
「わ、私ですか…?」
「そうよ。勇者の力を得たとしても『風神様』を倒せなかったり、文字通りどうにも出来なかった場合……シフォンは『儀式』の『生贄』にされるでしょう。どうにかなると期待させて、結局出来なくて、落胆して、絶望して…それで『生贄』にされるのよ。それがどれだけ酷な事か…。」
「………、」
「逆に、仮によ?勇者の力とやらで『風神様』を倒せたり、遺跡を破壊して『儀式』が出来ない状態にした場合……今度はアンタ達の住まいを保証出来ない。何せ、『風神様』は谷の象徴的存在。神と崇められている存在。その存在を失くせば余所者の私達はいいとして、アンタ達兄妹がどうなるか…、」
「…ッ、」
リリィの言葉が重く伸し掛かる。確かにリリィの言う通りだ。例え『風神様』をどうにか出来たとしても、出来なかったとしても……ジークとシフォンに負担は掛かる。
成功すれば谷に住む人達から責められるかもしれない、失敗すればシフォンが『儀式』の『生贄』になるかもしれない。…そこまで考えていなかった。目先の事ばかりで……その後の事を考えていなかった。
…私、なんて事を……、
「おいおい、マツリ。そんな顔をするな。」
「!…ジーク、」
「言っただろ?何もしないよりマシだ。というより、そういうのは覚悟の上だ。だから気にするな。」
「でも…どっちに転んでも二人は苦しむだけだよ?それでもいいの?」
「やれる事があるならやっておきたい。それに…どう転んでも俺は後悔しない。それこそ妹を連れて外界へ逃げてやるさ。」
「ジーク…。」
「…心のどこかで思ってはいた。けど、どうしてもそれが出来なかった。何が谷と俺を繋げているのかハッキリとは分からないが……結局踏ん切りがつかなかっただけなんだ。……だから、マツリは気にするな。いざとなればシフォンと逃避行してやるからさ。」
「そうですよ、マツリさん。兄さんとなら、なんだって出来ます。だから、やり遂げましょう。可能性を掛けてみましょうよ。…リリィさん、心配してくれてありがとうございます。けど、私達なら大丈夫ですから。」
「……そこまで言うなら、もう何も言わないわよ。けど、マツリを危険に晒す様な事があれば許さないから。」
「あぁ、分かってる。…ありがとな、リリィ。」
「…こういう時に名前で呼んでくるんだから……、」
「ん?お気に召さなかったか?」
「別に!どっちでも!!」
楽しそうに話すジークとフンっとそっぽを向くリリィ。その二人のやり取りを眺めては楽しそうに笑みを浮かべるシフォン。…三人とも私が話した可能性に賛成みたいだ。
どうなるか分からない、本当に可能性の話なのに…それでも乗ってくれた。後は…、
「クロトは?どうかな…。」
「…お前がやるというならやるだけだ。」
「そう…クロトがいれば心強いよ。ありがとう。」
「…お前は俺の雇い主だ。礼を言う必要はない。」
「…よし、じゃあ皆、マツリの意見に賛成って事でいいな。」
「ちょっと、何アンタが仕切ってんのよ。ここは提案したマツリが仕切るのが筋でしょ?」
「ま、まぁまぁ兄さん、リリィさんも落ち着いて……マツリさん、改めてなんですが……私から言わせてもらってもいいですか?」
「え?何?」
私の隣に座るシフォンが私の手を両手で包む様に取ると、そのまま優しく微笑みながら口を開いた。
「…ありがとうございます。マツリさんが姉さんの思いを私達の届けてくれたから…私と兄さんは前を向いて歩いていけます。貴方がいてくれて良かった。…マツリさんが勇者であって良かったです。」
「シフォン…。」
「本当に、本当にありがとう。私は貴方に出会えて、とても、とても幸福です。幸せです。」
「…私に出来る事は少ないと思うけど……私もやれる事は精一杯やるよ。…こんな私に出会ってくれて、ありがとう。」
シフォンの言葉に答える様に私は空いた手でシフォンの手の更に包む様に重ねた。優しく私の手を包む様に出来るだけ優しく重ねた私の手にシフォンは目を細めて笑みを浮かべた。
その時の笑顔は、今まで私に見せてくれた笑顔の中で一番優しく、晴れ晴れとしていて……私の心の中に深く、印象強く残るものとなった。
夜は深く、日が昇ってから遺跡の中に向かうと話が纏まった私達は、来るべく明日に備えて各自、休む事にした。




