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勇者は、後のマツリ!  作者: くるす
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第八話‐⑤



『……糞が…。』

『おやすみ、マツリ。ここで見た事は……忘れるんだ。』


時折見せていた冷たい言葉と冷たい表情。何も感じさせない氷の様な表情。今思い返せばあれは一体なんだったのだろうか。

妹を大事に思うからこそ『儀式』を止める…それにしては酷く恐ろしい感情だ。底知れぬ何か…別の感情がジークにあるんだと思う。

それが一体何なのか……私はそれを知りたい。知らないといけない、そんな気がする。

お節介なのかもしれない、別に知らなくてもいいかもしれない……けど、それでも私は……!


「あ、いた。」


闇夜を抜け、切り開かれた場所に出た。そこは……月の光でキラキラと光る、水面広がる湖だった。

湖といっても小さく、池にしては大きい。夜風が靡くと水面が揺れ動き、月の光も疎らになる。それが酷く儚く、綺麗。

…森を抜けた先にこんな場所があったなんて……。

幻想的な風景に引き込まれそうになるがすぐにそれは湖の淵に座るジークへと意識が向けられた。


「………、」


ジークは私に気付いていないのだろうか、静かに揺れ動く水面を見つめていた。

夜は寒いと言っていたのに両足を湖の水につけている。しかもご丁寧に靴を脱ぎ捨ててだ。

夜風で靡く髪も直さないまま、ただ静かに、表情を変える事もなく水面を見つめるジークは……どこか悲し気で孤独さを感じる。いつも見せていた明るい調子のジークとは思えない。…いや、もしかしたらこっちが本当のジークなのかもしれない。


「ここは俺にとって憩いの場所なんだ。」

「!…気づいてたの?」

「当たり前だろ。俺は弓使いだぜ?気配には敏感なんだ。…そんな所に突っ立ってないでコッチに来たらどうだ?なんなら一緒に入るか?」

「いいよ。冷たそうだし。」

「そうか?まぁ、確かに冷たいが慣れると気持ちいいもんだぜ、ここも。」


得意気に話すジークの隣に私は座る。座った私にジークは一度視線を向けたが、それはすぐに湖に向けられた。


「ここは昔、姉さんに教えてもらったんだ。俺が七つの時だったかな……父さんが事故で死んで、落ち込んでいる俺に姉さんが秘密の場所だと連れてきて貰ったのがここだ。」

「お姉さんが…、」

「元々父さんが姉さんに教えてた場所らしくてな……ここに来ると落ち着いたもんだ。姉さんが死んだ時も考えに煮詰まった時も怒りで我を忘れそうになった時も……よくここに来た。」

「そう…綺麗だもんね。静かだし。」

「落ち着けるだろ。……マツリ、悪かったな。」

「え?」

「未熟だの弱いだの言って……気分悪くさせたよな。ごめん。」

「ううん。ていうか本当の事だし。気にしてないよ。」

「それだけじゃない。遺跡に向かうまでの事だってそうだ。体調が悪いのに無理やり遺跡に連れていこうとしていた。…焦っていたんだ。早く何とかしたいという気持ちが急いてしまった。マツリはマツリで姉さんの記憶を見て、苦しんでいたのに…、」

「え…なんで私がお姉さんの記憶を見ていたって知ってるの?ジーク、話の時いなかったよね?」

「…忘れたか?エルフ同士は『共鳴』があるって事。シフォンを通じて話は聞いていた。…それを含めて、マツリには悪い事した。…本当に、ごめんな。」

「ジーク…。」


私に向かって頭を下げるジークの表情は本当に申し訳なさそうにしていて、そしてどこか諦めた様な表情をしていた。そんなジークに私は頭を上げる様に伝えるとジークはゆっくりと頭を上げた。

視線がぶつかる。深い青色の瞳が揺れ動いている。綺麗だけれど…やはり、どこか悲しそうだ。


「……本当は、それだけじゃないんだ。」

「それだけじゃ、ない?」

「俺は、恨んでるんだ。姉さんを奪い、妹までも奪おうとしている『風神様』は勿論だが、それと同じぐらい……ピネーに住んでいる奴等が憎いんだ。」

「………。」

「おかしいと思わないか?確かに『風神様』は尊いかもしれない。谷に風が吹くのも魔力が満ちているのも全ては『風神様』がいるおかげかもしれない。だが…それでも奴は獣の様に眠り、目覚めては谷に住む誰かの命を奪う。そしてそれが当たり前の様になっている。異常だ。おかし過ぎる。」

「……うん、」

「アイツを眠らせる為には必要な事かもしれない。だが、何故そんなにも受け入れられるのか分からない。姉さんの時もそうだ。姉さんが『生贄』となり死んだ日の夜、奴等は姉さんの死を悲しむどころか自分達の暮らしが守られたと喜んでいた。同情する奴等もいたが次の日には忘れている。姉さんという存在がなかった様に振る舞われた。」

「……、」

「異常だ。狂ってる。姉さんの死を受け入れるには受け入れられ過ぎている。何故そんなに普通でいられる。何故そんなに喜んでいられる。今でも分からない。分からないからこそ恨んだ。自分達の生活が守られたと喜ぶ谷の連中を、」

「……、」

「俺達が住んでいる家もそうだ。あの家、二人にしては大きいと思わなかったか?あれはな…谷を守った『生贄』の家族に与えられるものなんだ。…といってもあそこは五十年前に住んでいた『生贄』の家だったものを譲られただけだったんだがな。」

「嘘…、」

「嘘じゃない。また谷に戻った時に意識してみるといい。所々大きな家がある。その家に住む家族がその昔『生贄』になった…証みたいなもんだ。」

「………おかしい。そんなの、おかしいよね。」

「だろ?おかしいよ。大きな家を貰っても嬉しくないし、気味が悪い。それで帰ってくる家族もいないしな。…こっちがおかしくなりそうだ。」

「ジーク…。」

「…それで極めつけが次の『生贄』だ。…馬鹿過ぎる。なんで姉さんに続いてシフォンなんだ。なんでよりにもよって俺からまた一人、家族を奪う…!おかしいだろ。眠っていろよ、あの化け物…!」

「………、」

「……シフォンが『生贄』だと決まった日、すぐに報せは俺の所に来た。勿論本人であるシフォンの所にもだ。四十年先に行われる『儀式』を『風神様』が目覚めたから、もう一度行うって……明らかに今までと違う異常事態にろくに調べもせず、自分達の命と生活の為にシフォンを殺そうとしてるんだ。アイツ等は…!馬鹿けてるだろ!おかしいだろ!」

「……、」

「しかもアイツ等、なんて言ってきたと思う?『風神様に選ばれた素晴らしい人だ。谷の為に命を捧げるんだ。』と笑顔で言ってきたんだ。俺にならいい。だが、アイツ等はシフォンにも言ったんだ。自分達が犠牲にならないからと俺やシフォンの気持ちも考えずに……アイツ等は……ッ、」


言葉に詰まり勢いよく顔を背けるジーク。表情は見えないけれど微かに肩が震えているのが分かる。微かに見える唇は悔しそうに、泣き出すのを我慢する様に強く噛みしめている。


「マツリが来た時は…本当に、安心した。何も知らないとはいえ勇者が現れた。勇者さえいれば……『儀式』もなくなるかもしれない、いや『風神様』をどうにかしてくれるかもしれない……そう思った。それと同時に崇拝している『風神様』がいなくなれば、アイツ等はどうなるだろうかとざまぁないと思ったりもした。」

「……でも皆、勇者を受け入れていた。」

「そう…。アイツ等は…勇者さえも受け入れていた。さっきまで『儀式』で騒いでいた奴等がまるで手の平を返す様に勇者に縋っていた。それが酷く気持ち悪く、醜く、痛々しい。本当…糞だ。」

「……、」


だから、あの時……ジークは言い放ったんだ。私に詰め寄る谷の人達をまるで汚物を見る様に吐き捨てた。…その言葉の意味が、分かった。


「…けど、今考えてみれば……俺もアイツ等と同等だ。馬鹿で糞ったれ野郎だ。俺は……お前を利用してたんだからな。」

「利用って……勇者の力で『風神様』をどうにかするっていう話?」

「あぁ。方法はそれしかないと自分で判断して、それ以上考える事を放棄して、お前に縋った。勇者であるマツリを利用して、自分達の命を守ろうとした。それだけじゃない、アイツ等の理想を崇拝しているものを壊してくれると……これじゃあ俺もアイツ等と同じだ。」

「そんな……ジークはただ、シフォンを守りたかっただけでしょ?お姉さんの事も大事に思うから恨んだり、憎んだりするんでしょ?それは…私は正しいと思うよ。だから、一緒じゃない。皆と一緒じゃない。」

「マツリ…。」

「だって、大事だから…大事に思っているから苦しんでる。私がジークの立場だったら恨むし、救いの手があるのなら迷わず伸ばすよ。だって、それで守られるなら守りたいと思うし、おかしいと思う事が正せるなら正したい。」

「………。」

「ジークは間違ってないよ。勇者の私が言うんだから間違いないよ。…と言っても勇者にしてはまだ、実力も何もないけどね。」

「おま……せっかく感心して聞いてたのに、それはないだろ。」


ガクンと身体を落とすジーク。そんなジークに「ごめん、ごめん」と謝るとひゅうと一陣の風が吹き抜けた。

冷たいけれど、どこか温かみのある風は私達の間を通り抜ける。あまりにも突然の出来事に思わず瞼を閉じ、そして去ったのを確認して瞼をゆっくりと開けた。


「…!」

「ん?どうした?」

「………シーナさん…。」

「え…、」


私の呟きにジークも視線を私と同じ方へと向ける。

私の視線の先、湖の真ん中に一人の少女が立っていた。揺れ動く水面の上を静かに、儚げに、月明りで淡く光る少女は……夢で何度も見たシーナさんだった。


『………。』


口は動いているけれど、何も聞こえない。けれどシーナさんの表情はどこか嬉しそうで優し気に笑みを浮かべている。


「姉さん…、」


ジークが呟くと同時にシーナさんはゆっくりと闇に溶け込む様に消えていった。まるで何事もなかった様に静かに、消えた。


「………ジーク、今のって…、」

「……あぁ、姉さんだ。まさか……ここでまた、会えるなんてな。」

「笑ってたね。」

「何言ってるか分からなかったけどな。…でも、嬉しそうだったな。姉さんの笑顔…思い出せた。……マツリ、」

「ん?」

「……ありがとな。」


私を捉えた瞳は柔らかく、笑みを浮かべた表情は優し気だ。その表情はシフォンが笑った顔にも似ているけど、さっき見たお姉さんの笑顔にも似ていた。

…あぁ、姉弟なんだな。似ていない様に見えて、似ている。特に誰かを思い、大事にする内面は…そっくりだ。


「…マツリ、色々隠して、あげくにはお前を利用しようとしていた俺から言えた口じゃないが……お前の力を貸してくれないか。」

「え?」

「勇者の力…いや、マツリ自身の力を借りたい。そして『風神様』をどうにかしたい。まだどうすればいいかは俺にも分からないし、これから考えるが……それでも俺は、マツリの力を借りたい。頼む、マツリ。」

「ジーク…。」

「俺には、もう……家族はシフォンしかいないんだ。失いたくない。だから、頼む…マツリ。お前の力を貸してくれ…!」


私に向かって頭を下げるジーク。その口調と表情はあまりにも真剣で、本気だ。

レベルも低く、クロトやリリィの様に戦闘経験がある訳ではない、この世界の事もまだ詳しい事は知らない私にジークは力を貸してほしいと懇願している。こんな私に力を貸してほしいと……、

……なんだろうか、この胸の奥から湧き上がる熱い『何か』は……。『風神様』をどうにかする力を私が持っている訳じゃないのに……なんだろう、どうしてこう……『何とか出来る』と思えるのだろう。

『何とかしたい』と思えるのだろうか。


「…ちょっと、何マツリにだけ頼んでるのよ。水臭いんじゃないの。」

「!!」


突如声がして私とジークは反射的に視線を声のした方に向けた。するとそこには三人の見知った顔が立っていた。


「リリィ!シフォン…それにクロトまで……どうしたの?」

「どうしたのって…そんなのマツリが心配だからに決まってるでしょ?全く…何を話し込んでると思えば……、」


静かに立つクロトの隣でリリィは溜め息混じりで話す中、その横をすり抜けてシフォンが座るジークに歩み寄った。


「…兄さん…、」

「シフォン。…どうした?泣きそうな顔して…、」

「……全部、聞いたの。マツリさんと話してる事…ダメだと思っても聞いてしまったの。…兄さん……ッ!」

「!」


バッとシフォンが座るジークを抱きついた。その小さな身体で大きく腕を広げながら、自分より大きなジークの身体目掛けて抱きついた。

飛び込む様にして抱きついてきたシフォンにジークは目を見開いて驚いたが、それはすぐに穏やかなか表情に戻り、抱きついてきたシフォンの背に腕を回して抱き締めた。


「兄さ…お兄ちゃん…!ごめんなさい!わ、私…お兄ちゃんが何か思っている事は知っていたのに…なのに、なのに全然分かっていなかった…ずっと苦しんで、辛かったのに……ごめんなさい…!そんなお兄ちゃんに甘えてしまって、ごめんなさい…!」

「シフォン……。馬鹿だな、お前は俺の妹なんだから甘えていいんだ。…俺こそ、悪かったな。理由も言わずにマツリ達に姉さんの事を黙ってろなんて無理言って…、」


ジークの優し気な声にシフォンは顔を涙を浮かべながら首を横に振った。そんなシフォンの頭をジークは優しく、慈しむ様に撫でた。


「私、もう甘えてばかりにはならない。お兄ちゃんの力になりたい。…お兄ちゃんだけに辛い思いはさせない。」

「シフォン…、」

「私達は家族でしょ?お兄ちゃんの苦しみも悲しみも…一緒に背負う。お姉ちゃんの思いにも……ちゃんと、応えたい。お兄ちゃんとなら乗り越えていけるわ。だから……、」

「……全く、そういう強情な所は姉さんにそっくりだな。…分かった。けど俺はお前の兄だ。兄としてお前を守るからな。姉さんが俺やシフォンを守った様に…それだけは譲らないからな。」


ふわりと優し気に微笑むジークにシフォンも流していた涙を止め、優し気に微笑んだ。二人の笑みはやはり、お姉さんに似ている。


ひゅう、


夜風が私達の間を通り抜ける様に吹いた。けれど身体に感じたその夜風は、どことなく温かく……二人の兄妹を包む様に優し気に吹き抜けていった様に思えた。

月明りに照らせながら微笑み合う兄妹を目にして私は、胸の奥から湧き上がる『何か』に付き従おうと…もう迷うことなく決めた。






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