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勇者は、後のマツリ!  作者: くるす
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第七話‐④



ぽつ、ぽつ…と重たい灰色の雲から冷たい何かが落ちてきた。けれど気付いた所で傘も何も持ってきていない私達は、徐々に強くなる雨を受ける事しか出来なかった。


「ハァ…ハァ……、」


ざぁぁあ…と雨が降り出す。豪雨という程強い雨ではないけれど高所にいるせいか風が吹く度雨が強く身体にあたり、冷たい。

身体の底から冷たさを感じ身震いをする。そして、それと同時に何かが腹の底から込み上げ、口元まで来る。


「う…、」

「マツリ!?」

「マツリさん!」


覚束ない足が止まり、気持ちの悪さに地面に膝をついてしまった。吐かない様に口元に手を当て、強烈な吐き気と不快感が治まるのを待っていると私の異変にリリィとシフォンが駆け寄ってきた。


「ちょっと……なんて顔色よ。唇も真っ青じゃない…!」

「ご、ごめん……、」

「謝る事じゃないわ。…ほら、フードちゃんと被って。回復薬飲みましょう。」

「私が出しますね。えっと…、」


シフォンが私の鞄を漁ると中から回復薬を取り出しては飲みやすい様に蓋を開けた。そして、飲み口が雨で濡れない様に手で覆いながらシフォンは私の回復薬を手渡してくれた。

気持ち悪くて飲む気は全く感じなかったけれど折角用意してくれたのに断る事なんて出来ず、手渡された回復薬の飲み口に口をつけ、少しだけ口に含んでは飲み込んだ。


「……ハァ……少し、よくなったかも…。」

「回復薬はあくまで体力を回復する為の物です。体調が良くなるものではありませんから無理はいけません。」

「……少し、休みましょう。このままの状態で遺跡なんて行ってもマツリが倒れるだけだわ。」

「シフォン…リリィ……。」

「休む…といってもこんな雨の中休ませる訳にはいかないだろ。それならいっそ、遺跡に行ってしまった方がいい。」

「でも…!」

「あそこなら雨も防げるし、特殊な結界も張ってあるから魔物も入ってこない。ここで休むより安全だ。それにあそこは神聖な場所だ。マツリの体調も良くなるかもしれない。」


ジークの言葉に返す言葉が見つからないのかリリィは悔しそうに唇を噛みしめては私に視線を移した。私を心配そうに見つめる瞳は今にも泣きそうだ。体調が悪いのは私なのに何故リリィが泣きそうなのか……いや、私がそうさせてるのか。


「…大丈夫。回復薬のおかげでさっきより少し気持ち悪さはなくなったし、ジークの言う通り遺跡に向かおう。」

「でも……本当にいいの?今なら戻る事だって出来るわ。戻って体調を良くしてからでも…、」

「もうここまで来てるし、行ける所まで行こう。私なら大丈夫だから。」

「マツリ……。………分かった。けど本当に無茶しないで。無理はダメだからね。」

「うん。分かってる。」


リリィを安心させる様に笑顔で頷くとやっと納得したのかリリィはそれ以上は何も言わなかった。その代わりに私の手を無理やり取ってギュッと握り締めた。

痛い位強く握られたリリィの手は、雨で濡れて冷たくなった私の手より遥かに温かった。


「リリィ?」

「遺跡までよ。辛いなら肩で支えるわ。」

「そ、そこまでしなくても歩けるよ…!」

「なら私は反対の手をお借りしますね。」

「シフォンまで…。」


私の右手を取るリリィとは逆に左手をシフォンは手に取るとそのまま優しく握りしめた。柔らかく優しく握る手もリリィと同様、陽だまりの様に温かい。

二人の手から伝わる心配と優しさに少し…ううん、凄く泣きそうになった。感動したと言った方がいいかな。体調が良ければ二人を力強く抱き締めていたかもしれない。それ位二人の行動が嬉しかった。

けど…いくら回復薬を飲んでもシフォンの言う通り体調が良くなる訳ではない。込みあがる気持ち悪さを耐えながら私は二人に手を引かれ、立ち上がった。

ざぁあと振り続ける冷たい雨の中、再びジークを先頭に歩き出す。雨で柔らかくなった地面を鉛の様に重たくなった足で一歩、また一歩と踏み入れる。


「……ッハァ、」


足を踏み入れる度、気持ち悪さが腹の底から蠢いて這い上がってくる。不安や緊張からくるなんて生易しいものじゃない。不快で只々気持ち悪い。

込みあがってくる吐き気と全身鉛の様に重たい身体。頭痛もして、目の前がぐらつく。

目の前に広がる景色も意識が朦朧としているせいかノイズが掛かった様に揺らいでいる。まるでどこかで見た映像と今見ている映像が重なっている様に見えるのだ。

今見ている景色が本当な筈なのに……重なって見える景色も本当に見える。私が見ている景色は今、どちらなのだろうか。


「見えてきたぞ。」


先頭を歩くジークの言葉に私は地面に下ろしていた視線を上へと向けた。そして、息を呑んだ。


「あれが……風の遺跡……。」


道の先にある切り開かれた場所にある大きな建造物。石畳の階段の先、雨風で傷みのある石柱に囲まれた高く聳える石造りの建造物は山に聳える遺跡そのものだ。

道も遺跡に近づくにつれて石畳になっていき、道の両脇には遺跡へと導く様に石造りの灯篭が等間隔で続いている。灯篭といっても長年使われていないのか崩れ落ちているのも多く、草のツルや苔で姿が見えないのもあった。


「この階段の先にあるのが風の遺跡だ。この階段から先は遺跡から発している特殊な結界で魔物達は入ってくる事もなければ近寄って来る事もない。」

「結界内には神聖な風の魔力が流れていると聞きます。兄さんの言う通りマツリさんの体調も少しは良くなるかもしれません。…大丈夫ですか?マツリさん…。」

「……う、ん。だ、い丈夫。」

「大丈夫って顔じゃないわよ。さっきより顔色が悪いじゃない。」

「う、ん。ちょっと……ちょっとだけね。でも、大丈夫。」


そう、遺跡に近づくにつれて体調が悪くなっている。それは自分でも分かってはいた。

気持ち悪くて、吐き気がして、頭痛もする。底冷えする様な悪寒もすれば寒気もするのに背からは変な汗も流れているのが分かる。それがまた不気味で不快感がある。

でも、それ以上に嫌だったのが時折重なって見える視界だ。意識が朦朧としているせいか分からないけれど……目の前にある視界がノイズ混じりに切り替わるのだ。

同じ景色な筈なのに、私が見ている物とは違う……そう、まるで別の人物の視界の様に見えてしまって……それが気持ち悪い。遺跡に近づくにつれて頻度が多くなっている様な気がする。


「…マツリの事もある。さっさと中に入って雨を凌ごう。」

「そうね。…行くわよ、マツリ。」

「うん…。」


リリィとシフォンに手を引かれ、上へと伸びる石畳の階段に足をかける。不揃いな石の階段を一歩、また一歩と進んでいく。


「……ッ、」


数段しか進んでいないのに全力疾走したかの様に胸の辺りが苦しくなる。息も乱れ、気持ち悪い。このままじゃいけない……そう思っていても治める事が出来ない。

あぁ…また、まただ。また視界が重なって見える。ノイズが走る様に視界が切り替わる……。



●●●


『ここからは一人で行くのじゃ。』

『え……。』

『そう不安がる事ではない。風神様の御前、選ばれた者のみにしか足を踏み入れる事は許されない。さぁ、おいきなさい。』

『……分かりました。』


ピネーに行くまでの階段より遥かに短い遺跡までの階段。けれど今日ばかりは長く感じてしまう。

足取りも重い。覚悟はしていた筈なのに、いざ来てみると不安で、怖くて……いっその事死んでしまいたくなる。


『……ここだ…。』


階段を上り終え、目の前には遺跡が聳え立つ。




●●●


「………。」


意識が戻り、自分の視界へと切り替わる。階段を上り終えたのか目の前には石造りの遺跡が聳え立っていた。

私がこの世界に来た時にいた遺跡と造りが似ている。三角上の伸びた石造りの遺跡。大きく聳え立つ遺跡の入り口は扉はなく、大きく開かれている。

中は暗いのだろうか入り口から先は全く見えなくて、真っ暗だ。


ひゅぅ~…、


その代わりと遺跡の入り口からは冷たい風が吹いている。あまりの冷たさに身震いしてしまった。


「なんで遺跡から風が……、」

「ここは風の遺跡だから…と言いたい所だが造りが特殊でな。上を見てみな。」

「上?」


ジークに促され遺跡の上へと視線を向ける。だが、変わった所はどこにもない。


「ここからじゃ分からないが丁度遺跡の先端…あの一番高い所には屋根がなく、吹き抜けになっているんだ。そこから風が入って、ここから抜けていく。」

「へぇ…詳しいじゃない。」

「まぁ、何度かこの遺跡には来ていたからな。他にも風が吹く要因はあるが……まぁ、それは中に入れば分かるだろう。」


リリィの言葉にジークは返すと慣れた様に遺跡の入り口へと入っていく。続けてクロトも入り、私も続けて入ろうとリリィに手を引かれながら足を前に出す。けれど、もう片方の手に引かれて前に足を出す事は叶わなかった。


「…シフォン…?」

「…………ッ、」


私の手を掴みながら動けずにいるシフォン。どうしたのかとシフォンの顔を見ると……何かあったのか顔が真っ青だった。口元は震え、瞳も泣きそうに揺らめている。

まるで何かに怯えている様な……そんな表情だ。


「シフォン?どうしたの…?」

「……い、いえ……なんでも……なんでもありません。……行きましょう、マツリさん。」


無理やり笑みを作っては私の手を握り締め歩き出すシフォン。突然の行動に私とリリィは顔を合わせるが見当もつかず、それ以上は何も言えなかった。

けれど一つ確実に分かったのは……シフォンの手が尋常じゃなく冷たかった。指先からは震えも伝わってきている。……何か、あったのだろうか。

少し気になりながらも私達は風が吹き抜ける遺跡へと足を踏み入れたのだった。





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