第七話‐③
吊り橋を渡り切った先に広がっていたのは、木々が立ち並ぶ巨大な森だった。
霧の様に流れていた雲も渡り切った先に辿り着くと消え、緑広がる森だけが景色となっていた。
「……う、」
「大丈夫ですか?マツリさん。」
「だ、大丈夫。ちょっと…気持ち悪いだけ。」
込みあがる吐き気に私は手で口元を押さえていると心配そうにシフォンが駆け寄ってきた。そんなシフォンに私は口元から手を離しては安心させる様に無理やり笑みを浮かべるが、シフォンはどこか納得していない様な表情を浮かべていた。
…橋を渡り切ってから身体が怠い。朝に感じた怠さと似ている。それと同時に朝食で感じた時以上の気持ち悪さが襲ってくる。腹の底から込みあがる吐き気と胸の圧迫感。
身体を貫く様な寒気と震え……これは本格的に体調不良だ。こういう時は戻って休みたい所だけど……あの危険な吊り橋を渡り切ってるせいか今更戻ろうなんて言える訳もないし、目的地もすぐにつくだろうから更に言える雰囲気ではない。
…ここは我慢するしかなさそうだ。
「天気悪いわね……。さっさと遺跡に行かないと一雨来そうだわ。」
「だな。じゃあ、行くか。はぐれるなよ。」
リリィが空を見上げ、私も釣られる様にして空を見上げた。薄暗く、鉛の様な灰色の雲が何層にも重なっている空。蠢く様に、時には波打つ様に流れる灰色の空はリリィの言う通り、雨が降りそうだ。
リリィの言葉にジークは先頭を歩き始めようとするが、それはすぐになくなった。突然動きを止め周りを見渡すジークに続いて歩こうとしていたリリィが首を傾げた。
「何よ。急に止まって。」
「……いるな。」
「え?」
静かに呟くジークに私は首を傾げる中、隣にいたクロトが腰にあった鞘から剣を取り出しては構えた。
え?な、何故武器を取り出すの…!?
クロトが武器を取り出したのと同時に先頭にいるジークも背に下げていた筒から矢を一本取り出し、持っていた弓で構える。シフォンも合わせる様にして身構える。
「な、何が……。」
「これはどうやら……魔物、みたいね。」
「え、」
杖を宙から取り出し構えるリリィ。私の隣に並ぶ様にして立つとリリィも皆と同じ様にして構えた。皆、一点して道の先を見つめている。
何もいない…様に見えたけれど道の脇にある木々や草が異様に動いているのに気づいた。風が吹いて揺れている……にしては不自然な動きだ。
ガサガサと揺れ動く。その動きが徐々に大きくなっていくのが分かる。ガサガサ……ガサガサガサ……どんどん大きくなり、そして音が最大になった所で動きが止まった。
「来るぞ!」
ジークの声と共に脇から何かが飛び出して、私達の前に『ソレ』は現れた。
「きゅぅ~…。」
「え…、」
目の前に現れた『ソレ』は、魔物…と呼んでいいのだろうか。兎や猫程のサイズで外見も耳が長い兎みたいだ。
つぶらな瞳に長い耳と長い髭。尻尾と呼ばれる場所は綿の様にモフモフしていて、額の部分には一筋の黒い模様がある……兎の様に見えるが、兎に似た何かだ。
今まで見てきた凶暴な魔物とは違う。鋭い牙も無ければ、凶暴性もない。スライムみたいな軟体生物でもなければ恐竜みたいな出で立ちでもない。
何と言ったらいいのだろうか……こう、胸を鷲掴みされる様な感覚……このうずうずとした気持ちと指先から震える感覚……!
そう、これは……!
「か、可愛い……!」
そう、可愛い。衝撃を受ける程に可愛い。
今、目の前にいる生物はとても可愛らしいのだ。正直言って触りたい。触って、抱き寄せて、あの柔らかそうな身体と尻尾を撫でてやりたい。
この世界に来て初めて生物に対して抱く感情に抗える事なく、私は一歩前へと進む。すると隣にいた筈のクロトが剣を構えながら私の前に出てきた。その行動に私は首を傾げた。
「どうしたの?クロト。」
「…それ以上近づくな。」
「え、何を言って……、」
「まさか、こんな所で出会えるなんて……思いもしなかったわ。」
私の進路を遮るクロトと不敵な笑みを浮かべながら杖を構えるリリィ。え、何故そんなに臨戦態勢なの?相手は可愛い小動物なんじゃ……。
「なんだ、マツリは『ミルパン』は初めてか。」
「『ミルパン』?」
「あの魔物の名前だ。よし…初めて見るマツリの為に俺がいいものを見せてやろう。」
ジークはそう言うと構えた弓を魔物の上空に向けて再び構えなおし、ゆっくりと矢を引いては放した。
ヒュン、と放たれた矢は魔物の上空に向かって放物線を描き、上空まで来た矢は速度を落とすとそのまま魔物の真上で落下していく。このままでは矢の鏃が魔物に刺さる…!
痛々しい光景を想像してしまい思わず目を背けそうになると『ミルパン』と呼ばれた魔物から聞き慣れない音がし始めたのに気づいた。
メキメキッ…バキッ!!
「え?」
何かが割れる様な、蠢く様な音。その音の正体に私は先程感じた衝撃とはまた違った強い衝撃を受け、目を見開いた。
兎の様な外見。つぶらな瞳をこちらに向ける顔の上部が凄まじい音を立てながら左右に、割れた。額の部分にある一筋の黒い模様を境に、それはもう、バックりと割れた。
左右にバックリと割れた頭部からは可愛らしい外見からは想像もつかない程鋭く、凶暴そうな牙が並んでいて…その間には舌の様な黒くて長いものがニョロリと出ていた。そして、その伸びた舌で落下してくる矢を招き入れる様にして掴むと……、
バキッ!バキバキッ!!
「ヒッ…!?」
細長く伸びた矢をこれはまた凄まじい音を立てながら噛み砕き、それを飲み込んでいた。…グロイ。グロテスク映像を見ている気分だ。
先程まで感じていた愛らしさも抱きしめたい欲も完全に消え去った。むしろ気持ち悪い。グロ過ぎて気分が悪い状態だ。顔面の血の気が引くのが自分自身で分かる。
魔物は矢を完全に食べ終わったのかゴクリ、と飲み込むと割れたグロイ頭部を閉じていき、元の可愛らしい状態に戻った。
「きゅぅ~…。」
「………凄い。可愛いと思っていたのに今はそんなの全然湧かない……。」
「あの外見で近づいてきた生き物を捕食する恐ろしい魔物よ。あの目も話によると目じゃなくて模様だって聞くわ。」
「え!?あんなつぶらな瞳が!?本当に!?」
「それも相手を惑わす為の罠よ。しかも…恐ろしいのはあの凶暴な顔だけじゃないわ。」
ガサガサッ、ガサガサッ…!
「!」
辺りから音がしたと思ったら、至る所からひょこひょこと目の前にいる魔物と同じ外見をした魔物が出てきた。草木から湧いて出てくる様にひょこっと出てくる魔物の『ミルパン』。気付いた時には私達は囲まれていて、逃げ場のない状態になっていた。
可愛らしい外見だが先程の光景を見てしまっているせいか、この状況は流石に恐ろしいと感じてしまう。リリィが言っていた「恐ろしいのは凶暴な顔だけじゃない」というのも気になり、恐ろしさが倍増中だ。恐ろしいというより不気味…。
「囲まれたけど…もしかしてここって……。」
「この辺はコイツ等の縄張りだ。いつもは大人しいもんだが……今日は違うみたいだな。」
「ち、違うって…?」
「…厄介だって事だ!」
私の言葉に答えながらジークは矢を引く。今度は上空に飛ばす、というのではなく完全に射止める様に魔物に向かって放つ。
放たれた矢は流星の様に速く、そして力強く走り…魔物に向かっていく。今度こそ刺さる…!そう思っていたが、魔物は分かり切っているのか、その小さな身体を跳ねさせるとその場から逃げた。いなくなった標的に矢は追う事も出来ず、グサリと地面に刺さった。その瞬間ジークは「ッチ、」と悔しそうに舌打ちをした。
一件、只避けただけに見える光景だけど……あんなに速度のある矢を普通避けられるものなのだろうか。…いや、無理だろう。大前提に私が無理だ。
「見たでしょ?マツリ。あれがあの魔物…『ミルパン』の恐ろしい所よ。あの身軽さから攻撃をしても避けられる。」
「…つまり?」
「倒すのが厄介って事。…来るわよ!!」
リリィの言葉を合図に周囲にいた魔物…ミルパン達が飛び掛かる。一斉に飛び掛かってくるミルパン達に私の前にいたクロトが飛び出し、隣にいたリリィが私の手を引いて下がらせた。
突然の事に「うわっ!」と声を上げるが、先程まで私がいた場所に牙を剥き出しにしているミルパン達が降りかかってきたのを確認し、上げていた声が恐怖で引っ込んだ。
周囲を見渡すと皆、ミルパン相手に応戦していた。飛び出していったクロトは俊敏な動きを見せるミルパンを追いかけては素早い動きで切り伏せている。シフォンも魔法を使っているのだろうか強風に近い風でミルパンを一カ所に集め、そこにジークが弓を使い矢で仕留めていた。
皆……戦い慣れてる。す、凄い……。
「ボーっとしてんじゃないわよ!マツリ!!」
「ご、ごめん。」
「とりあえず私のそばから離れないで!いいわね!?」
叫ぶ様に言い放つリリィに私は何度も頷くと納得したのかリリィは持っていた杖を構えた。
「『神栄たる大地の力よ。我が声に耳を傾け、意志を宿しなさい。…出でよ!大地の守り人、ゴーレム!!』」
複雑な陣を足元に広げながら高らかな声で言い放つ。妖しげな光を帯びながら複雑な陣から召喚されたのは……人型の形をした私達と変わらない大きさの土の人、だ。
「さぁ、私の可愛いゴーレム!あの醜い魔物を踏み潰してやりなさい!!」
リリィの言葉に召喚されたゴーレムが走り出す。俊敏なミルパンを追いかけるにはやや遅く、追い付けていないけれど……逆に襲い掛かってくるミルパンの攻撃を身体に受けても平然としているリリィのゴーレム。
凶暴な牙をゴーレムの身体に突き立てる様に噛みつくミルパンだが、ダメージが入っていないのか倒れもしないゴーレムは身体に牙を突き立てているミルパンに手を伸ばすと、そのまま両手で掴み、傍から見ても分かる位両手でミルパンを圧し潰した。そして、
ぷぎゃあああああ!
悲痛な叫びと共にミルパンはゴーレムに圧し潰され、消滅した。あの可愛らしい容姿だったら痛々しい光景だったけれど、一度酷い状態を見ているおかげか悲しみより倒した喜びの方が大きい。
「さぁ、この調子でどんどん倒していきなさい!私のゴーレム!」
杖を振るい上機嫌なリリィ。リリィの言葉に応える様にゴーレムもずんずんとミルパンがいる方へと進んでいく。
あの凶暴なミルパンを倒したゴーレムも凄いけど……それ以上にそのゴーレムを召喚したリリィも相変わらず凄い。
「マツリさん!」
「わっ…!び、びっくりした……シフォンか。」
後ろからの突然の呼びかけに驚いて振り返るとそこには急いで走ってきたのか少し息を乱したシフォンがいた。驚く私にシフォンは「驚かせてすみません」と謝ると眼鏡を指で押し上げながら言葉を続けた。
「実はマツリさんにお願いがあって……というのも半分は兄さんの案なんですけど。」
「お願い?」
「はい。皆ミルパン相手に応戦しているのですが……何分素早い上に数も多いので苦戦しているみたいで……。兄さん曰く「一カ所に集まってくれたら楽なのに」みたいです。」
「まぁ…確かに、そうだね。」
シフォンの言葉に再び視線を周囲に向ける。ゴーレムで戦うリリィもそうだけれど……クロトも一体一体追いかけて攻撃しているし、ジークも矢を使っているけれど避けられる事もある。これで相手が少ない数なら楽だったかもしれないけれど……埃の様にぽこぽこと現れては攻撃してくるミルパンは楽に倒せる相手じゃない。
動きも速く捕える事も出来ない相手にずっと戦い続けるのは体力も消耗するばかりだ。
「そこで、なのですが……私の魔法とマツリさんの力を使ってミルパン達の動きを封じてみようかと思いまして、」
「シフォンの魔法と……私の力?」
はて……私の力は道具を合成する事と物の価値が分かる事位だけど……。それでどうやってミルパン達の動きを封じるのだろうか。
首を傾げる私にシフォンはニコリと優しく微笑むと「それを使いましょう」と私が肩から下げている鞄に指をさした。
「『火炎瓶』、合成しましたよね。それを使いましょう。」
「あ、そうか。『火炎瓶』か!」
思い出した様に鞄から何本もある『火炎瓶』の中から一本を取り出す。家を出る前に何本も合成した『火炎瓶』。これがあれば私でも攻撃出来る。
攻撃、出来るけど……。
「……で、出来るのかな、私に……。」
「え?ど、どうしました?」
「い、いや……魔物を見るのは何度かあるけど、攻撃するのは初めてだから…ちゃんと出来るのか不安で……。」
しかも相手は凶暴な出で立ちに変わる素早い動きをする魔物だ。投てき武器である『火炎瓶』を魔物退治初心者である私が狙って攻撃出来るのか……不安過ぎる。
不安が顔に出ていたのか隣に立つシフォンは再び眼鏡をくいっと指で押し上げると私を安心させる様に笑みを浮かべた。
「大丈夫です!マツリさんなら出来ます!自信を持って下さい!」
「シフォン…。」
「それに…あの魔物を狙わなくていいですよ。ただ、マツリさんには思い切って投げて貰えばいいです。」
「え、投げるだけ?そ、それだけでいいの?」
「はい。投げて下されば私の魔法で補助します。所謂、協力技っていうやつです!」
「協力技……なんか、凄そう…!」
「はい!凄いと思います!なので、もう、思い切り投げて下さい!」
満面の笑みを浮かべながら話すシフォンに私は頷くと手元にある『火炎瓶』に視線を落とした。
えっと確か…使用するには蓋を開けて、投げるだけ……だったよね。瓶の蓋になっているコルク栓を引き抜き、投げ入れる体勢に瓶を振りかぶる。
「い、いくよ!シフォン!」
「はい!後はお任せ下さい!マツリさん!」
「…ぇえい!飛んでけー!」
振りかぶり、ミルパン達がいる方へと『火炎瓶』を投げた。手から離れ宙を飛ぶ『火炎瓶』は前日説明された通り、空気に触れたのか瞬く間に燃え上がった。
「兄さん!クロトさん!リリィさん!一旦下がって下さい!」
「「「!!」」」
宙を燃え上がる『火炎瓶』を他所に隣に立つシフォンが声を張り上げる。シフォンの声に先で戦っていた三人は攻撃を止めるとそのままミルパン達から離れた。
その瞬間、ガシャンと音を立てて『火炎瓶』が地面に叩きつけられた。叩きつけられた『火炎瓶』は周囲の草を巻き込みながら燃え上がる。ミルパン達も炎を恐れているのか燃え上がる『火炎瓶』に近寄る事はなく、近くにいたものは離れ行く。
けれど、そうはさせないと風が舞い上がり、『火炎瓶』から出る炎が更に燃え上がる。
「『風よ、優雅に舞い上がらん。』」
シフォンが唱える。優美に、けれどどこか強かに…静かに唱えるシフォンの周囲は灯りもつけていないのに妖しげな光で包まれている。
リリィが魔術を使う時と似ている現象だけれど……違うのはシフォンの足元には複雑な陣がない事だ。代わりにシフォンだけじゃなく、周囲も妖しく光っている。
これが大気中にある魔力を集めて使用する……シフォンの魔法なんだ。
シフォンの魔法によって舞い上がった風。目には見えないけれど突風に近い風がひゅ~と音を立てながら燃え上がる炎に近づいては、更に燃え上がらせる。
柱の様に空に向かって燃え上がる炎は風によってゆらゆらと大きく揺れ動く。先端から二つに分かれ、風に誘導されるかの様に周囲に広がっていく。
「す、凄い…!」
風に誘導されていく炎は忽ち周囲を囲う柵の様に広がり、その中心には炎に恐れて身動きがとれないのかミルパン達が身を寄せ合う様にして集まっている。
逃げ場がない様に炎で完全に周囲を囲むと隣にいたシフォンが私の方に顔を向けると小さく微笑んだ。
「マツリさん、追加でもう一本、行ってみましょう。…トドメを私達で刺してやりましょう。」
「…うん!」
鞄からもう一本『火炎瓶』を取り出し、蓋であるコルク栓を抜く。炎の柵で覆われた中心に向かって私は『火炎瓶』を振り上げては、思い切り投げた。
「い、けー!!」
宙を走る様にして飛んでいく『火炎瓶』は空気と触れ、燃え上がる。そして、中心地へと地面に叩きつけられると私の隣に立っていたシフォンが口を開いた。
「『風よ、豪胆に立ち昇らん。』」
シフォンの口から静かに唱えられる。その瞬間、ゴォオオと強風に近い風が吹き荒れた。吹き荒れた風は地面に叩きつけられた『火炎瓶』の炎に混ざる様にして集まると、先程とは違う凄まじい勢いで炎を舞い上がらせる。
舞い上がった風と炎は渦を巻くようにして立ち昇る。その姿は正に炎に包まれた竜巻の様で、凄まじい勢いで立ち上る炎の竜巻はどんどん大きくなり……中心に集まっていたミルパン達を巻き込んでいく。
逃れる様にして動き回るミルパン達だけれど炎に囲まれ逃げ場がない。逃げ場を失ったミルパン達は渦となって立ち上る炎の竜巻に次々と巻き込まれていく。
「これで……終わりです!」
最後の一体を巻き込むとシフォンが腕を振り上げ、そのまま勢いよく降ろした。その瞬間、立ち上っていた炎の竜巻も周囲に広がっていた炎の柵も空気に圧し潰された様に消えた。
あんなに燃え上がっていたのに最小限の燃えた跡しかなく、目の前に広がる景色もまるで何事もなかった様な静けさに包まれた。
「や、やったの……?」
「…やりましたよ、マツリさん。私達、二人の力で!」
「……す、凄い。…凄い!」
本当にやったんだ。あの魔物達を倒したんだ。私とシフォンで……と言ってもほぼシフォンの魔法のおかげだけど……。
…それでも、あの俊敏な動きをしていたミルパン達の動きを封じ込めただけじゃなく、全滅させた。それはやはり……凄い事だ。
「やるじゃない。マツリ、シフォン。」
「リリィ。」
倒せた喜びと達成感に胸を高鳴らせていると下がっていたリリィ達が駆け寄ってきた。先を歩いていたリリィは嬉しそうに笑みを浮かべると大きく腕を広げては勢いよく私とシフォンに飛び掛かり、抱き締めてきた。
「わぁ!」
「リ、リリィさん…!?」
「最高だったわ!豪快で一掃する感じ…本当、見ていて最高!完璧よ!二人共!」
「完璧って…大袈裟だよ。けど、シフォンのおかげで何とか切り抜けたよ。ありがとう、シフォン。」
「そ、そんな……マツリさんの力がなければ何も出来ませんでしたよ。」
「にしても、よくミルパンの弱点が火だって分かったな、シフォン。」
抱き締めてきたリリィの腕から離れる私とシフォンに同じく近寄ってきたジークが話しかけてきた。ジークの言葉にシフォンは恥ずかしそうに顔を少し赤らめると少し傾いた眼鏡を指で押し上げた。
「本に書いてあったから知ってはいたの。けど風の魔力が多い谷にいる以上、私の魔法では火属性の魔法は使えないし……今までは兄さんの弓頼りだったけど…今回はマツリさんがいたから。」
「私がいたから?」
「はい。マツリさんの合成した『火炎瓶』があったおかげで火属性の攻撃を魔物に与える事が出来ました。だからマツリさんのおかげなんです。」
ふわりと柔らかく笑みを浮かべるシフォン。…シフォンは私のおかげだというけれど私から見たら、それは違う。何せ私は『火炎瓶』を投げただけで他は何もしていない。
『火炎瓶』を使おうと提案したのも、魔物に向かって当たる様に軌道修正したのも、魔法で炎の竜巻を作り出したのも……全部シフォンがやり遂げたものだ。シフォンがいなければ魔物を退治する事なんて出来なかった。
クロトやジーク、リリィがあのまま戦闘していたも勝てたかもしれない。けれどシフォンがいなければ一網打尽なんて出来なかっただろう。シフォンの起点があったからこそ素早いミルパン達を一気に片付ける事が出来た訳だし、体力も皆下がらずにすんだ。
あの混乱した戦闘中に相手の弱点を突いた攻撃方法を考え、実行する……そんな事、簡単に出来る事じゃない。シフォンは本当に……凄い魔法使いなんだ。
「さぁ、厄介な敵を倒した事だし……早速遺跡に向かおうとしますか。遺跡までもう目と鼻の先だ。」
ジークの言葉に私は頷いた。ミルパン達を倒した余韻で半分忘れていた…いや、忘れようとしていた。
木々で囲まれた一本の開かれた道……この先に勇者の力が眠る風の遺跡があるのだ。
「……行こう。」
忘れかけていた胸騒ぎと込み上げてくる不快感を無理やり押し込みながら、私達は再び風の遺跡へと伸びた道を歩き始めた。




