第七話‐②
ヒュゥウウ~…!と強い風が吹く。谷にいた時より強く、冷たい風は何度も私達の身体を貫き通す様に流れては、私達が現在進行形で進んでいる吊り橋を大きく揺らした。
「きゃああああ!!!揺れる、揺れる、揺れる!!!」
「お、落ち着いて下さい!リリィさん!」
「これで落ち着けですって!?馬鹿じゃないの!?めちゃくちゃ揺れるし、高いし、何よりいつぶっ壊れるか分からない吊り橋よ!?落ち着ける訳ないじゃない!!」
リリィの叫びがまるで山彦の様に響く。それもきっと下が見えない位高い吊り橋の上にいるからだろう。そう…ここは昨日ジークが言っていた遺跡に向かう為にある吊り橋でピネーがある谷と遺跡のある谷を繋ぐ唯一の吊り橋、らしい。
朝霧深い、というより高過ぎて雲が流れる吊り橋はリリィの言う通り見た目は相当古く、吊り橋として使われている縄は細く、いつ千切れてもおかしくない。足元にある木の板も踏む度にキシッと軋む音がする。当然ながら谷に吹く風で吊り橋は大きく揺れ動き、その度にいつ千切れるか分からない紐を掴んでは、いつ底が抜けるか分からない足場にとどまる。
リリィが叫んでしまうのも無理はない。まぁ、少し叫び過ぎかもしれないが……そのおかげで一緒にいる私は逆に落ち着いていられる。ちなみに後ろを歩くクロトは相変わらず顔色一つ変えていない。怖さというものを感じていないのが分かる。
一方、リリィの激しい取り乱しように先頭を歩いていたジークは歩きながら振り返るという正に歩き慣れた者しか出来ない事をしていた。
「昨日も言っただろ?見た目はボロイがまじないを施してるから壊れないって。」
「えぇ、言っていたわ。確かに微量ながらもまじないの気配を感じるし、嘘か本当かと言われたら本当ね。けどね……壊れないといっても揺れるし、道幅狭いし、何より高い!高過ぎよ!!これならまだ下から上った方がマシだわ!」
「お、落ち着いて下さい!リリィさん!下から上るという方法もありますが時間が掛かりますし、あちらの谷は魔物も多くて道も整備されていないんです。」
「崖を本格的に登りたいならおススメだ。もれなく魔物の餌になりかねないがな。おっと…そこ、足元気を付けろよ。」
「ハァ?何言って……、」
バギィッ!!!
「へ!?」
「リリィ!?」
割れる音と共に目の前を歩いていたリリィの姿が下へと落ちていく。驚いて下の方に視線を向けるとリリィの片足が、なくなっている。
もっと詳しく言うとリリィの歩いていたであろう木の板が一部割れ、そこにリリィの片足が突っ込んだ状態だ。さっき聞いた音も木の板が割れた音だったのだろう。
幸いな事に太腿部分でつっかえて下に落ちる事はなかったけれど……今リリィの片足は底がない状態。片足だけが宙に浮いていると言っても変わりないだろう。想像するだけでも胆が冷えるのに直に体験してしまったリリィは、勿論胆が冷えるだけではすまない。
「………マ、マツリ…た、たたたた助け……助けて……!」
「わ、分かった。分かったから落ち着いて。絶対大丈夫だからね。ほら、手を伸ばして。」
見た事がない位顔を青ざめ震えるリリィに私は手を差し出す。差し出された私の手にリリィは自分の手を乗せると怪我するんじゃないかと言わんばかりに強く握りしめてきた。
尋常じゃない手汗と冷たさ、そして震えているのに強い力で握ってくるリリィ。これだけでも相当怖かったのが伝わってくる。
リリィの手を掴みながらゆっくりと、慎重に引っ張り上げる。割れた木の板から完全に片足が抜けた事を確認すると私もリリィも安堵の溜め息をついた。よ、良かった……。
もしここから落ちたら……ダメだ、考えるだけで怖い。一人想像しては怖さを感じる私を他所に落ちかけた本人であるリリィは青ざめな顔色で先頭を歩くジークに詰め寄った。
「ちょっと!何が壊れないまじないしてるですって!?ぶっ壊れたんですけど!!死にかけたんですけど!!」
「それも昨日言っただろ?数回に一回は板が抜ける時があるって。今のもその数回の内の一回だろ。それを体験出来るって……相当運がいいんだな、お前。」
「運が良いんじゃなくて、悪いんでしょうが!…って、ツッコむ所違うし!!」
「ま、まぁまぁ。でも本当に木の板が抜けるって滅多にないんですよ。まじないもしてありますし、変に暴れたりしなければ落ちる事もありませんから安心して下さい。」
「シフォンの言う通りだ。ほら、歩け、歩け。遺跡まで後少しだぞ~。」
「ぐぬぬ……!ここが吊り橋の上でなければ魔術でぶっ飛ばしてやる所なのに……悔しい…!!」
再び歩き始めるジークに苦笑するシフォン。ジークの言動に言い返せない悔しさからか唇を噛みしめながら歩き始めるリリィ。私も底が抜けた板を避ける様にして歩き始めた。
底が抜けるのは滅多にないとシフォンは言っていたけれど……初めて通る身としては信用出来ないのが本音だ。私は傍から見ていただけだったけど、それでも恐怖は感じた。
滅多にないとはいえ歩く時には細心の注意を払わないと……じゃないと私もリリィや『前みたいな出来事』になってしまう。
……ん?『前みたいな出来事』って?
その瞬間、頭の中でノイズに似た音が流れては目の前が霞んだ。
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『きゃっ。』
バキッと音がした。反射的に後ろへと下がるとさっきまで足があった場所の板がなくなっているのに気づいた。
どうやら木の板が抜けて、下へと落ちていった様だった。
『大丈夫でしたか?』
『…はい、大丈夫です。』
一緒に向かっていた大人が声を掛けてきた。私はそんな大人に頷くと再び歩き出した。
吊り橋の板が割れたり、底が抜けたりするのは滅多にない。実際に私が見たのも今回が初めてだ。
さっきの割れ目にもし、落ちていたら……私は今頃ここにいなかっただろう。
………いっそ、落ちてしまえば良かったのかもしれない。
『……違う、それではダメ。』
一瞬過った考えに私は首を横に振る。ダメよ、これも谷の為……あの子達の為なのだから。
ちゃんと歩かなきゃ……歩かなきゃダメだ。
●●●
「……ッ、」
意識が戻ると同時に身体が後ろへとぐらつく。倒れそうになる身体を後ろにいたクロトが受け止めてくれた。視線だけを見上げると私の肩に手をついたクロトが私を覗き込んでいた。
「どうした。」
「…だ、大丈夫…。なんでも、ない…。」
「…本当か?」
私の答えに小さく返すクロト。疑う様に、低く問われるクロトに私は足に力を込めて、クロトから離れた。
「…何か、別のものが見えたの。」
「別のもの?」
「私、この吊り橋を歩くのは初めてな筈のなのに……前にも歩いた様な…そんな情景が一瞬見えたの。しかも、その時の姿は私じゃないみたいで……。」
「………。」
「まるで夢を見てるみたいだった。……って起きてるのに夢っておかしいね。今聞いた事は、忘れて。……支えてくれて、ありがとう。私達も行きましょう。」
「……あぁ。」
そう、起きてるのに夢を見るなんて……おかしな話だ。有り得ない。…少し、ボーっとしてしまっただけ。
何か詰まっている様な、残っている様な感覚に私は頭を左右に振り払う。完全に消え失せない感覚を残したまま、私は先に行ってしまったリリィ達の後を追う様にして再び吊り橋の上を歩き始めた。
後ろにいるクロトも私の言った事にそれ以上何も言わず、私と共に歩き始めた。
この橋を渡り切るのも……後、少しだ。




