第七話‐①
『まぁ、なんて綺麗なのかしら。』
目の前にいる女性がどこか嬉しそうに言った。女性の言葉に私は鏡に映る自分の姿に視線をやった。
華奢な身体に身に纏うのは手触りのいい絹で作られた真っ白なドレス。細かな刺繍が施されたドレスはシンプルながらも目を引く美しさだ。
首や腕には身の丈に合わないであろう美しい色のアクセサリーがつけられ、顔も化粧で彩られている。
長い髪も一つに纏められ、綺麗な花冠が頭の上に乗っている。鏡に映る自分が自分ではないみたいだ。
『きっと風神様も喜ばれるわ。』
『…風神様……。』
そうだ…私はこれから風神様の所に行かなくてはならない。この格好もその為のものだ。
全ては風神様の為、この谷に住む皆の為……私は行かなくてはならない。
私は、選ばれたのだから。
『…時間じゃ。』
『はい。……あの子達の事、頼みます。』
『えぇ……任せて頂戴。』
声に呼ばれ私は歩き出す。開かれた扉の先に向かって私は、歩き出す。
もう、戻れない。戻られないのだ。
そう…全ては、この谷の為……。
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「…リ………きて、マツ……、」
「…ッう…、」
「起きなさい!マツリ!!」
「…ッ!!……リ、リリィ……?」
「…ハァ…やっと起きた。とりあえず、おはよう。起きられる?」
「う、うん。起きれる…。」
声に引っ張られる様にして目を覚ます。閉じていた瞼を開けた先には私を覗き込む様にリリィがいて、リリィが身を引くのと同時に私も倒していた身体を起こした。
…重たい。それに胸の辺りがざわついて、気持ち悪い。頭も何となく……痛い。
「ちょっと大丈夫?顔色悪いわよ。」
「そ、そうかな?」
「…大分うなされていたけど、悪い夢でも見た?」
「……そうかも、しれない。…顔洗ってくるよ。」
「そう?…うん、そうね。そうした方がスッキリするわね。一人で行ける?」
「それ位行けるよ。」
心配そうに聞いてくるリリィに私はベッドから立ち上がりながら答えるとそのまま部屋を後にした。
「眩し……。」
部屋から廊下に出ると夜と違い、廊下は窓から入る日差しで明るくなっていた。あまりの明るさに思わず目を細めてしまった。
「確か…洗面所はお風呂場のある所にあったっけ……。」
昨日の記憶を思い出しながら私は一階に向かう為に廊下を進む。…その時、チラリと視線を出てきた部屋の隣へと向ける。
「……夢…じゃ、ないよね。」
昨日入った部屋。開けられていた扉は当たり前だが今は閉じられている。…あの部屋で見たものは夢、ではないんだよね。
あの部屋で見たもの、感じたもの……全て現実に起きた事で事実だ。事実である以上、あの部屋の存在は嫌でも気になるし……不気味だ。
一体誰の部屋なのか、何故使われていないのか、何故あそこにジークがいたのか……あの写真に写っていた少女は一体誰なのか……そして、一緒に写っていた後の二人との関係性は……、
「お、マツリ。おはようさん。」
「!…ジーク…。」
階段下から声がして私は反射的に視線を向けるとそこにはジークが立っていた。昨夜の出来事を思い出してしまい咄嗟に身構えてしまう私を他所にジークは笑みを浮かべては相変わらずの表情を見せた。
「そんな所でボーっと突っ立ってどうしたんだ?」
「えっと……顔を洗おうと思って…、」
「それなら一階の風呂場に洗面所がある。そこを使うといい。」
「う、うん。そうさせてもらうよ。ありがとう、ジーク。」
「これ位礼を言われる程の事じゃないさ。さぁ、顔を洗って支度してこい。シフォンが朝から張り切って食事の準備をしてるんだ。今日は朝から御馳走だぞ!」
そう告げながらハハハと笑い、私の前から去って行くジーク。私はそんなジークの背を目で追いながら階段を降り切っては一息ついた。…普通だ。まるで昨夜の事が嘘だったみたいだ。
…けど、ジークが普通でも私は普通じゃない。昨夜の事を聞きたいのに聞けなかった。笑顔だったジークが、普通にやり取りしようとしているジークが純粋に、何を考えているのか分からなくて怖かった。それ故に「これ以上聞くな」と線引きされている様で、本当の事が言えなかった。
部屋の事も写真に写っていた少女の存在も……ジークは忘れろと言っていた。…私は、忘れるべきなのだろうか。
忘れて、いいものなのだろうか。
胸に残るざわつきに私は不快感を覚えながらも、これ以上考えても仕方ないと一人で無理やり納得しては顔を洗う為に洗面所に向かったのだった。
●●●
顔を洗い、身支度を整えた私は皆と共にシフォンが用意してくれた朝食を摂る事になった。
ジークの宣言通り目の前に並ぶ朝食はどれもこれも手が込んでいて、どんな料理かは分からないが見た目で豪華なものだと分かる。
味も当然美味しく、一口食べれば食欲がそそられるもの……だといつもの私なら思うかもしれないが、今日ばかりはそうもいかなかった。
「…ごちそうさま。」
「ごちそうさまって……少ししか食べてないじゃない。」
「もしかして…お味、合いませんでしたか?」
「う、ううん。美味しかったよ。けど…その、食欲がなくて。」
「食欲がないって……ないにしても食べなさ過ぎよ。顔色も相変わらず悪いし、本当に大丈夫なの?」
心配そうに見つめるリリィとシフォンに私は「大丈夫」と頷いた。けれど信じていないのか二人はじっと私を心配そうに見つめてくる。
…無理もないか。何せ本当に一口、二口しか食べていないのだから。味も美味しいし、いつもの私なら全部平らげていただろう。けど…食欲がないのだ。一口食べて満足してしまう。それと同時に胃がそれ以上を受け付けない。
作ってくれたシフォンには申し訳ないけれど……もう、食べられない。
「…体調が悪いとかじゃなくて、本当に食欲だけがないんだ。シフォン、せっかく作ってくれたのに…ごめんね。」
「い、いえ!気にしなさらないで下さい。…でもリリィさんの言う通り、顔色悪いですよ。何か…お薬とか用意しましょうか?」
「いや、本当に大丈夫だか…、」
「ここまで本人が大丈夫だと言ってるんだ。それ以上言ってやるな。」
「!」
言葉を遮る様にジークが口にする。ジークの言葉にリリィもシフォンも驚いた様に目を見開く中、ジークはコップに飲み物を注ぎながら、いつもと変わらない笑みを浮かべた。
「きっとこれからの事を考えて緊張しているんだろう。マツリにとって初めての勇者としての役目だ。嫌でも緊張するさ。なぁ、マツリ。」
「う、うん。そう…そうかもしれない。」
頷く私の前にジークは持っていたコップを置いた。視線をコップからジークに移すとジークは口端を上げながら笑みを浮かべている。気を遣ってくれた?…それとも、何か別の事を考えている?
……分からない。読み取れない。
…いや、そもそもそう考える事態おかしい。今の私の状態を見てジークは本当に気を遣ってくれているだけなのかもしれない。それなのに私は「何か隠しているんじゃないの?」とジークの事を疑っている。
昨夜の事だって考えてみれば人様の家庭事情を勝手に覗いては入ってしまった私に非がある。夢の事が関係しているのでは?と思っていても、それは私の事情だ。ジークには関係ない。
だから……ジークに対して思っている事も胸のざわつきも不快感も……全部遺跡に向かう緊張感からくるものだ。そう、緊張しているだけだ。
「……。」
目の前にあるコップに手を伸ばし、口をつける。水と違い淡い桃色の液体が口の中に入る。そして、その瞬間…私はコップから口を離し、眉間に皺を寄せた。
「………甘い……。」
「お、分かるか?この谷で採られる木の実で作った特製ジュースでな、これを呑めば大抵目を覚ます。二日酔いにも効く優れものだ!」
「ちょっと!マツリの体調不良と二日酔いを一緒にしないでくれる!?ほら、マツリ、水を飲みなさい。」
「あ、ありがとう。…で、でもジークの言う通り、目が覚めた感じがしたよ。強烈過ぎて。」
「気分が少しでも変わったならいいさ。だが、飲み過ぎるなよ。本格的に体調を崩すからな。」
ハハハと笑うジークに私はリリィに差し出された水を含みながら釣られて苦笑した。強烈な甘みで確かに目が覚めたが……これ以上飲める気にもならない。
私は舌に残った甘みを水で流し込み、完全に消えた頃には皆の食事も終わっていた。
朝食の後片付けをして、各々遺跡に向かう為の準備を整える。武器の装備は勿論の事、私もシフォンの協力の元、家にあった素材を使わせてもらい出来る限りの数の『回復薬』と『火炎瓶』を合成した。
荷物は多くなり重くなったが、備えあれば患いなし、だ。
「さぁ、行くか。『風の遺跡』へ!」
ジークの掛け声と共に外に出る。……いよいよ、勇者としての初の役目。魔王を封印する為の力を手に入れる…!
私達は道案内してくれるジークを先頭に、遺跡に向かって歩き始めた。




