第六話‐⑤
「へぇ…マツリは異世界から来たのか。」
「す、凄いです…!」
ジークとクロトがお風呂から上がり、夕食を摂る事になった私達はシフォン監修の夕食を美味しく頂きながら、私が勇者として召喚された旨を話した。
話を聞いたジークはどこか納得する様に、シフォンは目を輝かせながら感動している様子だった。
「異世界…話では聞いていましたが、本当に存在するなんて……!感動です!」
「そ、そこまで?」
「リリィさんも勇者を召喚する唯一の魔術師の家系だなんて……あぁ、凄い方達にこうしてお会い出来るなんて…なんて幸せな事でしょう。」
「ふふん。思う存分尊敬なさい、敬いなさい!」
「リリィも悪ふざけしない!」
「それを言うならクロトも凄い実力者だと思うな。俺の弓を避けただけじゃなく、離れた俺の位置を正確に捉えては鋭い攻撃を仕掛けてきたからな。」
「兄さんはこの谷では実力のある『弓使い』なんです。その兄さんの弓を避けるなんて……クロトさんも凄い方なのですね!」
「………。」
感動するシフォンの発言に対してクロトは黙々と料理を口に入れている。お得意の無視、と言ってもいいだろう。反応しないのを分かっていたのかシフォンの隣に座るジークが間髪入れずに話を切り出した。
「異世界と言えば、マツリのいた世界というのは、どういう世界なんだ?」
「え、私のいた世界…?」
「あ、私も是非聞きたいです!聞かせ下さい。」
「そういえば私も詳しくは聞いた事なかったわね…。ま、この世界に来てから驚きの連続っぽいし、マツリのいた世界は相当変わってるとしか言わざる得ないわ。」
「私から見たらこっちの世界の方が相当変わってるけどね。」
やれやれと言うリリィに対して私はツッコむ。このやり取りも慣れてきたものだ。…そうか、こっちの世界に来てからもう、一週間以上経っているのか。
リリィの言う通り、この世界に来てから驚きの連続だった。まだこの世界に来て日が浅いけれど、毎日が初めて聞くものや目にするものばかりで…なんていうか新鮮だ。いい意味もあれば、悪い意味でも新鮮。
「私のいた世界は…魔物もいなければ、魔力なんてものも存在しない。それこそ生まれてから適正職業を言われる事もなければ、特殊な能力を持った人達も存在しない。そんな世界だよ。」
「適正職業が存在しない、ですか。…じゃあ自分に合った職業が分からないという事ですか?」
「まぁ、そうなるね。けどそれで不憫に感じる事はない…と思う。少なくとも私は不憫に感じる事はなかったよ。」
「魔物もいない…だなんて、じゃあどうやって生計を立ててるんだ?自給自足なのか?」
「ジークがどうやって生計を立ててるか詳しく聞いた事がないから分からないけど……私のいた世界では働いて、そこで給金を貰って、それを使って生活をしてた。家族と一緒に生活する人もいれば、恋人と生活する人、一人で生活する人、友人と生活する人…生活形態は様々だよ。」
「そういえばマツリはお店で働いてたって言ってたわね。どんな事してたの?」
「あぁ、リリィには少し言ってたね。私がいた所は主に生活に必要な食べ物や道具を販売する地元では大きなお店で店員として働いてたんだ。だからこっちの世界で『商人』って言われた時は驚いたもんだよ。知らず知らずに私は適正職業を自分の世界で選んでいたんだから。」
「そうだったんですね。…適正の職業が分からない……生まれてから適正職業が分かる私達にしてみれば不安ですし、想像もつかないですが……、」
「逆に言えば自分のやりたい事、したい事…そういうものを自分の判断で出来るし、選択出来るという事。マツリのいる世界はこの世界より自由なものなんだな。」
「そんな風に思った事は、ない、かな。そう言われたら自由かもしれないけど、法律だってあるし、ルールもある。ルールも一つだけじゃなくて複数あるし、破れば罰則もある。けど、まぁ…それさえ守れれば自由、なのかもしれないね。」
「難しい世界ね、マツリのいた世界は……。私には生きにくそうな世界。」
「確かに。自由奔放なリリィには難しいかもね。」
いや、自由奔放だからこそリリィみたいな人は有名になるかもしれない。…想像するだけで五月蠅そう。けど、面白そうかも。
「そこまで違ったらこちらの世界と文化も違ってるかもしれませんね。」
「あぁ、そういう点では全然違うよ。服装もだけど、食べ物も動物も全然違うからねぇ……。」
「え、詳しく聞きたいです!!」
「!!」
ガタンと椅子から勢いよく立ち上がりながら身を乗り出すシフォン。あまりにも勢いある行動に正面にいた私もだが、隣にいたリリィも驚いた様に目を見開いていた。
ジークはというと慣れているのか笑みを浮かべながら静かにシフォンの肩を何度か叩いた。肩を叩かれたシフォンはハッと我に返った様な表情を浮かべると「す、すみません」とこれまた恥ずかしそうに顔を赤らめながら、再び椅子に腰を下ろした。
「悪いな、驚かせて。シフォンは昔から知らない事があると知りたいと思う性分なんだ。特に書物にはない知識に関しては我を忘れる程にな。」
「うぅ…す、すみません……!」
「い、いやいや。驚いただけで嫌じゃないから気にしないで。えっと…じゃあ何から聞きたいかな。私の応えられる範囲であればお答えするよ。」
「ほ、本当ですか!あ、ありがとうございます。では…食文化から聞いてもいいですか?」
そこからはシフォンの質問に私が答えていくという流れが続いた。話の間にジークやリリィが入ってきたりして、結構盛り上がった。クロトも話の間には入ってこなかったけれど、出された食事を一番早く食べ終わったにも関わず椅子から立ち上がらなかった。きっとクロトも話を聞いてくれていたのだろう、と勝手に私が思っている。
シフォンとのやり取りは食事が終わるまで続いた。食事が終わり、片付けをし終えた私達は女子と男子で別れ、それぞれの部屋へと向かうと再びシフォンからの質問が始まった。
用意された布団にリリィと共に寝転びながら眠たくなるまでシフォンからの質問は終わる事はなかった。
不思議な事にシフォンからの質問やそこからのやり取りは嫌じゃなかった。しつこいとも思わなかったし、逆に私も楽しかった。自分のいる世界の事を話しているからなのか、はたまたシフォンの反応がいいからなのか……明確な理由は分からないけれど、楽しくて有意義だった。
充実したお喋りに私はこの世界で初めて、気持ちよく寝入りする事が出来た。
●●●
『姉さん!』
私は口にした。言葉を発すると同時に前を歩いていた少女が静かに振り返った。
『どうしたの?そんなに慌てた様子で…、』
『姉さん…本当なの?姉さんが選ばれたって……。』
『なんだ、もう聞いちゃったんだ。』
不安げに話す私に少女は苦笑いを浮かべる。その瞬間、胸が痛くなるのが分かった。
締め付けられる痛み。泣き出しそうになる苦しみ、悔しさ、絶望感……色々な感情が襲ってくる。
『な、なんで……なんで姉さんなんだ……。』
『それは…私が選ばれる条件に一番合ってるからだよ。だから、泣かないで。』
『…ッ、』
少女に頭を撫でられる。そこで初めて自分が泣いている事に気付いた。そんな自分に少女は優しく微笑んだ。
『私の為に泣いてくれて、ありがとう。でもこれはとても名誉ある事なの。賢い貴方なら分かるでしょう?』
『で、でも…俺は、嫌だ。母さんや父さんだけじゃなく、姉さんまでいなくなるなんて……、』
『いなくならないわ。私はこの谷に流れる風の一部になるの。目には見えないけれど、ずっと二人の事を見守っているわ。だから、安心して。』
『姉さん…。』
優しく微笑む少女に私はそれ以上言葉が出なかった。何を言ったら分からない、というより諦めているのだ。
これ以上言っても無駄だ。私が何を言っても少女は…彼女はもう、自分達の所へは戻ってこない。
全身が重くなる。これは……絶望感だ。
●●●
「……ッハァ、」
目が覚めた。それはもう、意識の底から一気に引き上げられる様に目が覚めた。
「……夢……?」
そう、夢を見ていた気がする。けど良い夢じゃない。悪い夢だった。
乱れた呼吸を整えながら私は倒していた身体を引き起こした。重たい身体。額や背には冷や汗に似た汗が流れているのが分かった。分かったからこそ、気持ち悪かった。
視線だけを辺りに見渡す。まだ部屋の中も窓の外も真っ暗だ。時計がないから分からないが、きっとまだ夜中なのだろう。床に視線を移すと気持ちよさそうに眠るリリィとベッドの持ち主であるシフォンが布団に丸まりながら眠っていた。
そういえば眠る直前になって「やはり勇者様にはベッドで!」と無理やりシフォンにベッドに押し込まれたんだっけ……最初は断ってたけどあまりにも必死でベッドを勧めてくるものだから、眠たかった事もあってか諦めてベッドで眠る事になった。
ついさっきのやり取りなのに、なんだか随分昔の様に思える。そう思えるのはきっと夜中だから、だろうか。
「……お水でも飲んでこようかな。」
ベッドから出て、二人が起きない様に部屋の中を歩いては静かに部屋の扉を開けて、外に出た。
「…寒い…。」
家の中とはいえ真夜中の暗い廊下の空気は冷たく、寒さを感じる。幸いなのはスリッパがある事だろうか。窓から零れる月明りを頼りに薄暗い廊下を私は身体を手で擦りながら足早に進んだ。
二階から一階にある台所へ向かい、夕食の準備の時の記憶を思い出しては棚からコップを取り出した。水道の蛇口を回し水を出すと、取り出したコップに半分程入れる。蛇口を閉め、静かになった所で私はコップに入った水を口の中に流した。
「……ハァ…冷たくて、スッキリ…。」
身体の中に流れる冷たい水に身体の重たさも流れていた汗も完全に流れた様な気がして、スッキリした。これならまた、ちゃんと眠れるよね。
持っていたコップを流しに置き、再びシフォンの部屋に戻る為に足を動かす。一階から二階へと階段を上り、シフォン達のいる部屋に戻ろうとした。その時だった。
「ん?」
部屋に入ろうと扉のドアノブに手を掛けようとした。だけどその前に隣の部屋の扉が少しだけ開いているのに気づいた。この二階にはいくつも扉があるが、今開いているのはその扉だけ……。
ジークとクロトのいる部屋は開いている扉の対面にある部屋だし……何故開いているのだろうか。………ダメだ、気になる。
何故他人の家の扉事情が気になるのか、そんなの私にも分からないけれど……とりあえずあの部屋が気になる。気になって仕方ない。これはもしかしたらちゃんと閉じていないと落ち着かない、そういった自分の性格なのかもしれない。
ドアノブから手を離した私は扉が開いている隣の部屋の前に移動する。開いた扉の隙間からは冷たい空気が流れてきており、部屋に窓でもあるのだろうか月明りの光も少し漏れている。
「…お邪魔しますよー……。」
そのまま閉めたらいいものの私は部屋の中が気になって扉を開けてしまった。普段開けられていないのか「ギィィイイ…」と木製の扉が軋む音が響く。
「……部屋…だけど……なんか、生活感がない。」
開けられた部屋の先…そこには言葉にした通り生活感がなかった。シフォンの部屋と同様の広さの部屋であるものの特別変わった物もなければ本もない。
埃の被った一人用のベッドは普段使われていないのか皺ひとつなく、部屋の隅にある勉強机には何も置かれていない。カーテンもない部屋唯一の窓の近くには一輪挿しがある。けれどそこに活けられていた一輪の花は枯れていて、頭を下げる様に茎が曲がっている。
生活感がない…というより寂しい部屋だ。誰かいたけれど、今はいない。…そんな、寂しい部屋。
……でも、待って。じゃあ、ここは誰の部屋?話を聞く限りではジークとシフォンの家族は両親だけだった気がする。両親の部屋、としては一人用のベッドとかしかないし、第一に狭いよね。
…夫婦の部屋は別々だったとか?……まさか、ね。
「ん?何か落ちてる?」
視線の端、勉強机のすぐ近くに何かが落ちているのに気づいた私は気になって膝を曲げながら、落ちているものに手を伸ばした。落ちていたのは葉書サイズの紙だ。古いのか表面が埃でざらついているのが触って分かる。
部屋の中が薄暗いせいか内容が読めない。私は立ち上がり、月明りが漏れる窓の方へと移動した。移動するにつれ紙に書かれた内容が見え始めた。
どうやらこれは……手紙、ではないらしい。浮かび上がってくるのは文字ではなく絵の様な人型のシルエット。…もしかしたら写真なのかも……。
窓辺に近づき、紙に何かが浮かび上がる。そこに写されたものに私は息を呑んだ。
「…ッ!?こ、これって……!」
紙の正体は写真だ。古いせいか色褪せているが、写真だ。しかも……しかも、そこに映っていたのは……、
「なんで…なんでここに……。」
「何してるんだ?マツリ。」
「ッ!?!」
突然の声に私は反射的に持っていた写真を窓際に叩きつけた。そして恐る恐る声のした方へ振り返るとそこには一人の人物が扉にもたれ掛かる様にして立っていた。
「…ジーク…。」
「夜更かしか?それとも寝ぼけてるのか?マツリの寝る部屋は隣だろ?」
静かに、私に向かって優しく話しかけるジーク。けれど…部屋が薄暗いせいかジークの表情が読み取れない。読み取れないからこそ……怖い。
何故ここにいるの?いつからそこにいたの?……この部屋の持ち主は誰なの?この写真に写っているのは……、
「ジーク、あの…!」
「良い子は眠る時間だ。明日も早いし、早く寝ないと身体が持たないぜ?」
「で、でも私…、」
「さぁ…部屋に戻るんだ。」
「………分かった。」
これ以上は聞けない。言葉から伝わる見えない圧力に私は聞くのを諦め、ジークの横を足早に抜けた。
「おやすみ、マツリ。ここで見た事は……忘れるんだ。」
「………。」
横を通り抜ける瞬間、耳に入ってきた言葉。ジークの声の筈なのに、淡々と告げられた声はまるで他人の様だった。まるであの時…谷の人達に放った声音と似ていて……恐ろしかった。
底知れぬ恐怖と迫ってくるかの様な緊張感に私は返事をする事もなく部屋を後にした。そして足早にシフォン達のいる部屋に入ると、そのままベッドへと急いで入り込んだ。
熱が無くなり少し冷たくなった布団で頭を覆い、瞼を強く閉じた。
隣の部屋に現れたジークの登場に驚いたし、変な怖さも感じた。けど……それ以上に私は写真に写っていた人物の事が気になって仕方なかった。
写真には三人映っていた。その内の一人……三人の中心にして立つ一人の『少女』。こちらに向かって笑顔を放つ一人の少女の存在を私は知っている。
「…なんで、あの子が……。」
写真に写っていた少女の姿……それは正しく、私の夢に出てきた少女……そのものだったのだ。




