第六話‐④
「「ふぁ~~……気持ちいい……。」」
広い湯舟の中、身体に染み渡る温かいお湯加減。気になっていた身体の垢や汚れを全て洗い流してから入る湯舟は全身浄化された様に気持ちがよく、溜まっていた疲労感が一気に抜けていく。
久々のお風呂に私とリリィが声を漏らす中、一緒に湯舟に浸かるシフォンさんがクスリと小さく笑みを浮かべた。
「喜んで頂けて何よりです。あ、よければマッサージでもしましょうか?」
「え、いやいや。そこまでしてもらわなくていいよ。」
「じゃあ私はお願いしようかしら~。」
「リリィ!」
「冗談だってば。」
「フフフ。本当にマツリさんとリリィさんは仲が良いんですね。」
「そうかな?」
「誰が見ても仲が良いって、きっと言いますよ。」
微笑ましそうに笑みを浮かべるシフォンさん。クスクスと小さく笑うシフォンさんを他所に私とリリィは視線を『ある箇所』に向けた。
初めて会った時から思っていたし、服を着ている状態でも分かってはいたけれど……大きい。主に、胸部…。
「…大きい胸は水に浮くって聞いた事あるけど、実際に見たのは初めてだよ。本当に浮くんだね。」
「可愛い顔して胸は肉食系ってか?なんて女…。」
「えっと…?」
私達の会話が聞き取れないのか首を傾げるシフォンさん。そのシフォンさんの大きな胸部はぷかぷかとお湯に浮かんでいる。…こんな現象、大きな胸の人しか出来ない。
大きいなとは思ってはいたけれど、ここまでとは……正直侮っていた。そしてそれと同時に自分の胸が如何に小さいか思い知らされ悲しくなる。…い、いや全くない状態じゃないから。普通にあるから。標準だから……!
「そ、そういえばシフォンさんの職業って何になっているの?やっぱりリリィと同じ魔術師?」
居た堪れない空気を切り替える為に私は別の話題を口にした。少し大きな声で話題を出した私にリリィは少し驚いた表情を見せていたが、シフォンさんは気づいていないのか驚く様子はなく答えてくれた。
「私は魔術師ではありませんよ。『魔法使い』です。」
「『魔法使い』?」
「はい。あ、あの…どうか私の事は呼び捨てで呼んで下さい。さん付けで呼ばれる程の者じゃないので……。」
「え?そ、そう?じゃあシフォンって呼ぶよ。あ、私の事も呼び捨てで構わな……、」
「い、いえ!それだけは出来ません!マツリさんやリリィさんは世界の為に戦う勇敢な方です。その様な方々を呼び捨てにするなど私にはで、ででで出来ません……!」
「……兄の方は最初から呼び捨てだったけど。」
全力で横に首を振るシフォンさ…シフォンにリリィは静かに呟く。本当、ここに来てから何かとリリィは私が思っている事を口にしてくれている。
「えっと…そ、それで?『魔法使い』なんだっけ?それってリリィの『魔術師』とどう違うの?想像では似た様な感じだけど……。」
「あ、はい。似ている、と言えば似ている職業ですね。『魔法使い』も『魔術師』も魔力を使う職業ですから。」
「けど仕様や本質は違うわ。…しょうがないわね。何も知らないマツリに分かりやすく説明してあげましょう。」
ザバァ、と勢いよくリリィは湯舟から立ち上がると得意げな顔を見せながらお風呂の淵へと腰を下ろし、長い足を軽やかに組んだ。
「『魔術師』と『魔法使い』、この二つの職業はシフォンの言う通り魔力を使う職業よ。それで何が違うのかという説明の前に……マツリには魔力とは何か、説明しないとね。」
「魔力…。」
何度か聞いた事のあるワードではあるけれど、実際にどういうものなのかは聞いた事がない。私を召喚した時にも使っている『魔力』について……私が理解出来ればいいんだけど……。
「まず『魔力』とは何か。『魔力』はこの世界に蔓延しているもので、目には見えない。空気と同じ様に存在していて、どこにでもある存在。空にも海にも大地にも…そして、私達の身体の中にも存在する。」
「か、身体の中にも…?」
「魔力に関する本によると空気中に含まれる魔力を取り込む事によって体内に魔力が入り込む、との事です。」
リリィの説明に補足する様にシフォンが言う。その説明に「成程…?」と若干理解に遅れている私は首を傾げながら納得するとリリィの説明が再び始まった。
「『魔力』はこの星の根源であり様々な力の源よ。術に使われるのは勿論、何かを動かす為の動力にもなるし、治療にも使われる。」
「へぇ…治療にも使われるんだ。」
「ま、限られた人しか使えないけどね。『魔力』はこの星の地殻から作られていると言われているわ。でも何故地殻から作られているのか、そもそも何故魔力というのが存在するのか…そういう詳しい事は研究中らしいの。」
「何百年、何千年と研究をしているらしいですが解明にはまだまだ時間が掛かる、と魔力に関する本の末尾には必ず書かれる程ですからね。」
「謎物質、って事ね。」
「まぁ、そういう事。で、これを踏まえて『魔力』を使って術を発動させる職業の一部に『魔術師』と『魔法使い』がいるのだけど……大きな違いはその『魔力』の使い方なの。」
「使い方?」
「そうよ。まず『魔術師』とは、体内にある『魔力』を使い、人工的に魔術式を形成、それに伴って術式が発動するの。」
「………?」
難しい言葉が並び思わず首を傾げているとリリィは一瞬渋い表情を見せつつも「ゴホン」と咳払いをして表情を戻した。
「もっと分かりやすく言うと、私の中に魔力が存在する。私はその魔力を使って、魔術を発動する。けど発動させる為には数式みたいな式がいるの。私はその式を理解した上で発動させて、その答えとして魔術が発動する。マツリも何回か術式は見た事あるでしょ?」
「…もしかして、いつもリリィの足元に出ている謎の文字みたいなやつ?」
「そう!それ。それが『魔術式』。魔術師が特定の魔術を発動させる際に使用される式よ。勿論使う術によって式は違うわ。レベルも高ければ高い程、体内に貯蔵される魔力量も増えるし、それを使って発動させる術式の幅も能力も広がるの。」
「そうなんだ…。」
「分かっていると思うけど、こういう事が出来るのは『魔術師』だけだからね。普通の人は体内にある魔力を使う事も出来なければ、術を発動させる事なんて出来ないんだから。」
得意気に話すリリィ。リリィの話を聞いてみて…最初は分かりにくい所がいくつかあったけど、最後まで聞いてみて何となく分かってきたかもしれない。それも今まで何度かリリィの魔術を見ていたおかげかもしれない。
レベルの話も理解出来る。出会った頃に使用された魔術…その際に召喚されたゴーレムは人形の様なものだったけれど、最近見たものは更に強くなっていた。これもリリィの魔術師としてのレベルがあがり、召喚する能力も召喚されたものの強さも上がったという事なのだろう。納得、納得。
「次に『魔法使い』ね。『魔法使い』も魔力を使うけど、その使い方は『魔術師』とは違う。『魔術師』は体内にある魔力を使うって言ったけど、『魔法使い』は違っていて、大気中にある魔力を使うの。」
「大気中にある魔力…?」
「そうよ。今もこの辺を浮遊する魔力…それをかき集めて、術を発動させる。ただ『魔術師』と違って『魔法使い』は術式を発動させれられないから、魔力の質によって発動する魔法は違ってくるの。」
「ま、魔力の質……?」
また新しいワードだ……意味が分からない。何度目になるだろうという位再び首を傾げていると隣にいたシフォンが「あのですね」と口を開いた。
「魔力には存在する地域や土地、大気の状態によって種類があるんです。その種類は『地水火風』の四大元素と『光闇』『氷雷』の特殊元素に分けられます。それらを魔力の質というのです。」
「へぇ……?」
「分かってないわね、この顔。…例えば、海には水の質の魔力が豊富。これは水が多いから。逆に火山みたいな所は火の魔力が多い。そういう事よ。」
「あ、それなら分かりやすいかも。じゃあ…シフォンがジークとリリィに使った魔法?ってやつは、」
「あれはこの土地が風の魔力が豊富だから、風の塊みたいな魔法を発動する事が出来たの。……あれは凄い威力だったわ…。」
「うぅ……すみません……。」
「もういいわよ。…で、話を戻すけど……『魔法使い』はそういった土地にあった魔力をかき集める事より魔法を発動させる。使用出来る魔法は土地柄変わってくるけど、その分体内の魔力を使い切って発動出来なくなる『魔術師』と比べたら無限に魔力を使えるのがいいわよね。」
「逆に言えば、『魔術師』はどんな状況でも術式によって様々な魔術が使えます。『魔術師』も『魔法使い』も似ている様で、違うんですよ。」
「そうなんだ……。『魔法使い』はレベルが上がったら、どんな風になるの?」
「吸収する魔力量が大きくなったり、それに伴ってより強力な魔法が使えます。そういう点では『魔術師』とあまり変わりませんね。」
私の質問にシフォンは小さく微笑みながら答えてくれた。…成程…何となくだけど『魔術師』と『魔法使い』の違いが分かった気がする。本当に何となくだけど……、
「ふぅ…熱くなってきたわね。そろそろ出ようかしら。このままだと逆上せちゃうわ。」
「ですね。私も夕食の準備をしないと……。マツリさんはもう少し入ってますか?」
「私も熱くなってきたから出るよ。」
既に湯舟から出ていたリリィの後を追う様に私も湯舟から立ち上がる。思った外長湯だったせいか立ち上がった瞬間、一瞬だけ立ち眩みがした。…これ以上入っていたら危なかったかも。
一人苦笑いを浮かべながら私は二人と共にお風呂から出たのだった。
●●●
私達と入れ替わる様にしてジークがクロトを無理やり連れていく形でお風呂場に向かった。
ジーク達が入浴をしている間にシフォンは夕食を作るらしく、一階にある台所へと足を運んだ。私とリリィは夕食が出来るまで部屋で休んでいてくれと言われていたけれど……特別何かしたい訳でもなかった私達は泊まらせてくれるお礼にとシフォンに手伝う事がないか尋ねた。
私達の申し出にシフォンは最初の方は悪いからと断っていたが、しつこくお願いしたら根負けしてくれた。
料理経験はあるけれど、こちらの世界の食材の扱いを知らない私と普段から料理をした事がないのか手際の悪いリリィにシフォンは怒りもしなければ急かす事なく、優しく丁寧に料理の工程を教えてくれた。
そして調理工程が最終段階に入り、作業の手も落ち着いてきた頃だった。
「そういえばマツリさんはどんな職業についているんですか?」
「え?」
洗い終わった調理道具を布巾で拭く私にシフォンは鍋に入ったスープをお玉で混ぜながら聞いてきた。突然の事に私は動かしていた手を止めてしまった。
「い、いきなりどうしたの?」
「お風呂場でのお話の時、リリィさんは話の流れで魔術師だろうなと思ってはいたんですが……そういえばマツリさんの職業は聞いていないと気づきまして……あ、聞いちゃまずかったですか?」
「そんな事ないよ。ただ…その、突然だったから驚いちゃっただけ。」
「そうだったんですね。驚かせてしまってすみません。あの…それで、差し支えなければなのですが、御職業は…?」
「あ、私は…、」
「ぷ、」
「……リリィ、何笑ってんの。」
吹きだした様な音に私は台所から少し離れた先にあるテーブルに視線を向ける。するとそこにはテーブルに必要な食器を並べては肩を震わせているリリィの姿があった。
私の指摘にリリィは必死に笑うのを堪える様に肩を震わせながら私とシフォンの方を振り返った。
「い、いえ?どうぞ続けて?…ぷくく、」
「…人の事を馬鹿にしやがってるな、あの自称美少女魔術師…!」
「ハ!?自称じゃありませんけど!事実ですけど!!」
「うわっ!聞こえてたの!?…地獄耳…!」
「ちょっとマツリ!どういう事!?自称って!事実でしょ!?私はそこらにいる魔術師より可愛くて、華憐で、美人でしょ!?ねぇ!!」
「ちょ、ちょっと騒がないでよ!ていうか前から思ってたけど、そういう自分が可愛いですって誇示する様な言い方は世間の反感を買うからやめた方がいいと思うよ。只でさえリリィは性格が面倒くさ…じゃなくて、扱いが難しいんだから…。」
「い、今!今面倒くさいって言おうとしたでしょ!?ねぇ!マツリ!!!」
「お、おおおお落ち着いて下さい!御二方!!喧嘩はよくありません!それに私から見たら御二方は充分可愛らしいですし、美人ですし、自分が男なら求婚を申し入れている所でありまして…ハッ!御二方に同時に求婚を申し入れるなんて、そんな二股を掛ける様な事あってはならないわ…私はなんて恥ずべき事をしたのかしら……罪深くて酷いエルフ……!」
「「いや、まずはアンタが落ち着きなさい。」」
まぁ、シフォンの話を無視して喧嘩した私達が悪いんだけど…それ以上に止めに入ったシフォンが取り乱すのはどうかと思うよ…。
と、とりあえず取り乱したシフォンを落ち着かせた所で私は改めてシフォンからされた質問に答える事にした。
「えっと、私の職業は『商人』だよ。」
「『商人』ですか?」
「うん。…勇者って言われてるのに、なんだか在り来たりみたいな職業で申し訳ないけど……、」
「い、いえ!そんな事ありません!『商人』さんはこの世界になくてはならない職業ですし、立派です!」
「え…そ、そう…?」
「はい!この谷にも『商人』さんはいますけど、いつもとても興味深い話をしてくれます。商品の事もそうですが、商品を作る為に使う材料の話や材料を入手する為の体験談、そこで出会った魔物や獣、人々の暮らし等…私には体験出来ない事を沢山経験している。素晴らしい職業だと私は思いますよ。」
「あ、ありがとう…。で、でも私は初心者だし、『商人』って言っても、まだ合成しかしてなくて…商売もした事ないし……。」
「修行中という訳ですね!勇者として世界を救済しようと旅をしている中、『商人』としての力を磨いている……なんて健気で努力家なのでしょうか。やはりマツリさんは素晴らしい方なのですね!」
「………。」
褒め殺し、褒めちぎられている。大きな目をキラキラと輝かせて尊敬の眼差しを私に向けている。別に努力もしていなければ力を磨いている訳でもない、勇者としての自覚もそんなになければ未だに流される様にして生活をしている私に尊敬の眼差しを……!
つ、辛い。そのキラキラと目を輝かしてるシフォンの顔…期待を裏切る様な感じがして罪悪感が半端ない。本当の事を言いたいのに言ったらきっと凄くショックを受けるのだろうと思ってしまって更に言えない…それも更に罪悪感がのしかかる。辛い。
リリィはリリィで口に手を当てながら声を出さない様に爆笑している。…爆笑している暇があるなら助けてくれ……私は罪悪感で死にそうだ。
「『商人』さんとしてマツリさんは合成しかしていないと仰ってましたね。今まではどの様な物を合成していたのですか?」
「え?あ、あー…実はまだ回復薬しか合成した事がないんだ。この世界の道具事情もまだ詳しくないし、何をどう合成したらいいかも分からないから……、」
「そうなんですか……あ、それなら一つ、アレを合成してみませんか?」
「アレ?」
シフォンの言葉に首を傾げる私を他所にシフォンは持っていたお玉から手を離すと、近くにあった棚から一つの瓶と布切れを取り出した。
瓶はラベルの貼られた茶色の瓶で中身はよく見えないが恐らく液体が入っているのだろう。そして布切れは読んで字の如くで、どこにでもありそうな白い布だ。
「シフォン、それは?」
「この谷で作られた地酒です。度数が非常に高いので飲酒するのは一部の方だけで、殆どの方が料理や消毒目的で使用しています。そして、この布はどこにでもある普通の布です。強いて言うならば発火しやすいもの、でしょうか。」
「は、はぁ…。」
「マツリさん、早速ですがこの二つを合成してみて下さい。」
「え、こ、これを?い、いいの?勝手に使って…。」
「はい。まだ予備の物は沢山ありますし。きっと道具が出来上がる筈です。」
「わ、分かった。やってみる…。」
酒が入った瓶と布を手渡された私はそれぞれの手にそれを持ち、目を閉じる。集中し、回復薬を作る時と同様に二つの物が一つになる様にイメージをする。
一瞬、手が熱くなる。合成した時に感じる熱だ。それが治まると大体合成が終わる合図……私は手から抜けていく熱を感じながら閉じていた瞼をゆっくりと開けた。
さっきまであった酒と布は無くなっていて、代わりに透明な液体と小さな布が入った透明な瓶が一つ、私の手に残っていた。
「こ、これは…?」
「これは『火炎瓶』です。主に狩猟や敵に攻撃する際に用いられる投てき武器の一つです。」
「ぶ、武器!?こ、これが!?」
「へぇ…商人が合成した『火炎瓶』って本当に酒と布だけなのね。成程、成程…、」
驚く私を他所にいつの間に近くに来ていたのかリリィがまじまじと私の持つ瓶…『火炎瓶』を見つめていた。そんなリリィと私の様子にシフォンは更に口を開く。
「一件お酒に布を入れただけの様に見えますが、通常それだけでは『火炎瓶』となりません。今回使用しているお酒は度数は高いですが性質上発火しにくいもので、布に火をつけても発火はしません。ですが…、」
「商人が合成した『火炎瓶』は使用出来る、のよね?」
「はい。リリィさんの言う通りです。度数が高い低い、発火性があるなしに関わらず『酒』と『布』を『商人』が『合成』すれば『火炎瓶』になるのです。しかも只の『火炎瓶』ではありません。」
「只の『火炎瓶』じゃないって…どういう事?」
「『商人』が合成しなくても必要な道具さえあれば『火炎瓶』は誰でも作れます。ですが『商人』が合成した『火炎瓶』は普通に作られた物とは少しばかり違っていて、特殊なんです。」
「普通に作って、使用するってなったら…まず、火をつけて、その火を布につける。発火した布が中にある液体に触れて、発火する。これで『火炎瓶』として使用出来るの。普通は、ね。」
「『商人』が作ったものは使用方法が違うの?」
シフォンの話に続ける様にして説明したリリィに私は問いかけると二人は「うんうん」と何度も頷いた。そして得意気な笑みを浮かべていたリリィが身を乗り出しながら再び説明をし始めた。
「『商人』が作った『火炎瓶』は特殊。それは何故か……簡単な話、使用する際の手間がないの。」
「手間がない?」
「はい。『商人』が合成した『火炎瓶』の使用方法は布に火をつける、のではなく瓶を投げるだけで使用出来るんですよ。」
「え?投げるだけ?火をつけなくていいの?」
「そうなのよ~。瓶の蓋を開けて、そのまま敵に投げるだけ。投げられた衝撃と空気に触れる事によって中身が発火するの。わざわざ火を用意する必要もないし、手間もない。『商人』が合成した『火炎瓶』は手軽だし誰でも使用出来るから重宝されるのよね~。私も何度か使った事があるわ。」
「レベルが上がれば『火炎瓶』の性能が上がるらしいですよ。攻撃する威力が上がったり、燃え上がり方が増したり……性能が高い物は高値で取引されているらしいです。」
「お酒と布なんて、それこそ街や村に行けば簡単に入手出来るし、これさえあればマツリも魔物に攻撃する事も出来る。合成だけでのレベル上げだけじゃなくて、魔物を倒してレベルを上げる事も出来る様になる。聞けて良かったわね、マツリ。」
「これで私も……。」
手にした『火炎瓶』。これを蓋を開けて投げるだけで…攻撃出来る投てき武器になる。戦闘素人な私でも扱いやすい物で、リリィやクロトの様に自身の力で魔物を倒す事が出来る様になる。
それこそリリィの言った様に合成だけでのレベル上げじゃなく、魔物を倒して経験値を稼ぐレベル上げも可能になり…レベルが上がれば合成する道具の性能があがって、前の『エレクシール』みたいな凄い物も出来るようになる…かもしれない。
誰かの役に立つ道具が合成して作れる様になるかもしれない。二人に頼らずに魔物を倒せるかもしれない。
……ま、まぁ、投てき武器って言うし、私がちゃんと敵に向かって投げられるか心配だけど……。
「シフォン、教えてくれてありがとう。…にしても合成の事もだけど、合成する際に必要な道具の事よく知ってたね。」
「合成の事は谷にいる『商人』の方から話を聞いていて知っていた、というのもありますが…大抵は本の知識ですよ。」
「本…あぁ、成程…。」
そういえばシフォンの部屋には沢山の本があったなぁ…確かにあれだけの本があれば色々知っているのも納得出来る。
「その中でも『世界素材大辞典』ていう物があって、それがまた凄いのです!世界中にある道具や素材が事細かく載っている図鑑なのですがより凄いのが『合成するとこういう道具が出来る』という補足説明もついていて、『商人』の間でも重宝されている図鑑だと谷にいる『商人』さんが話していました!」
「そ、そうなんだ…。す、凄いね~…。」
「あまりにも勢いのあるシフォンの説明に思わずマツリは身を引いてしまった。」
「何説明しているの、リリィは…、」
「あ…す、すみません。本となるとつい熱くなっちゃって……恥ずかしい……。」
私達のやり取りにハッと我に返った様な表情を浮かべるシフォンは顔を赤くしながら恥ずかしそうに俯いた。その姿に私は慌てて口を開いた。
「そ、そんな恥ずかしくなる様な事はないよ。むしろそこまで詳しく説明出来るのは凄い事だし、聞いていて私も読みたくなってきたし……その『世界素材大辞典』ってやつ?」
「え…ほ、本当ですか…?」
「うん。その、恥ずかしい事に私はこの世界の事は何も知らないし、合成は出来てもどういう物を使えばいいか分からないからさ。そういう意味もあって読んでみたいなって思ったんだ。ダメ、かな?」
「いえ…いえ、ダメとかじゃありません!ぜ、是非読んでみてください!な、なんだったらマツリさんにプレゼンとします!!」
「え、そ、そこまでは悪いよ…大切な本でしょ?」
「で、でも…私は何度か読んでいて内容も殆ど覚えていますし、これがあればマツリさんの役に立てると思いますし……棚にいるよりマツリさんのお役に立てられる方が本も喜びます。是非、そうして下さい!」
「で、でも…、」
「いいじゃない。シフォンがここまで言ってるんだし…。私も道具の知識はあれど、合成するのに必要な素材までは全部知ってる訳じゃないしね。これからの事を考えれば役に立つ筈よ。」
「……じゃ、じゃあ…シフォンに言葉に甘えようかな。」
「!…ありがとうございます!」
ふわりと嬉しそうに笑みを浮かべるシフォン。お礼を言うのは私の方なのに何故シフォンが礼を言うのか……少しばかり呆れてしまうが、それ以上に嬉しそうにしているシフォンがなんだか可愛らしく見えてこっちまで嬉しくなる。
妹がいればこんな感じなのだろうか。健気で一生懸命で…ジークがシフォンの事を可愛がる気持ちが分かる気がする。
だから、これ位はいいかな。私は手を伸ばして斜め下にあるシフォンの頭に手を乗せて、ゆっくりと撫でた。
私の行動に撫でられたシフォンは大きく目を見開いて驚いた。
「マツリさん…?」
「あ、ごめん。嫌だった?シフォンが可愛いからつい……。」
「い、いえ…ただ少し、驚いて……。」
「マツリ、大胆ね~。」
「からかわないでよ。…ジークがシフォンを大事にしているのが分かったよ。こんなに可愛いんだもの。妹がいたらこんな感じなんだろうね。」
「マツリがお姉ちゃんになるって事?似合わない~。」
「リリィにだけは言われたくない!」
「お姉…ちゃん……。」
「ん?シフォン?何か今言って……!!」
呟く様な声に私はシフォンに視線を向けると息を呑んだ。先程まで見せていた表情とは違い、大きな瞳からぽたぽたと大粒の涙を流していたのだ。
あまりにも突然な事に私は頭を撫でていた手を止めては、離した。
「ど、どうしたの!?もしかして本当は嫌だった!?」
「ちょ、何泣かせてるのよ!マツリ!」
「そ、そんな事言われたって私にだって分からないよ……!」
「ち、違うんです!マツリさんのせいじゃないんです!これは私が勝手に思い出しちゃっただけで……マツリさんは悪くないんです…!」
「思い出す…?」
「はい。…昔…こうやって撫でられた事を思い出してしまって……兄さんにされてもこうならないのに……不思議ですね。女性だからでしょうか。」
「シフォン…。」
涙で溢れた目元を指で拭いながら苦笑するシフォン。シフォンが言う思い出すというのは、やはり家族の事だろうか。
男であるジークに撫でられても何もなかったけど、同性である私が撫でると思い出して涙が出てしまった。…つまり、母親の事を思い出した、という事だろうか。
……ん?ちょっと待って。
『母さんは妹を産んですぐに身体を弱めて、そのまま死んだ。父さんは俺が七つ、妹が五つの時に事故で死んだ。』
ジークの話では二人の母親はシフォンを産んですぐに亡くなった。…撫でられるはあったかもしれないけど、その時の記憶ってあるのか?あったにしても涙が出る程思い出深く残るものなのだろうか。
…なんだか妙に引っかかるな。
「…すみません。急に……。さて、そろそろ兄さん達もお風呂に上がる頃ですし、作ったものをお皿に盛り付けましょうか。」
「う、うん。そうだね。」
「もうお腹ペコペコよ~。早く盛り付けましょ。」
何か胸に引っ掛かりを覚えながらも私は張り切るリリィ達と共に出来上がった料理をお皿に移したのであった。




