66話 『普通の壺じゃない』
しばらくして、工房の中は少しずつ元の形を取り戻していった。
倒れていた棚を起こし、床に散らばっていた道具を拾い集める。割れた器は一か所にまとめ、まだ使えるものは棚へ戻していく。
「これは、こっちでいい?」
アリエスが木箱を持ち上げる。
「うん。そこ」
ブルナが指を差す。僕は床に残っていた細かな陶片を箒で集めた。小さな欠片が光を受けて、床の上でかすかにきらめいている。
外からは、まだ町の人たちの声が聞こえていた。
「そっちは大丈夫か!」
「誰か怪我してないか!」
さっきまでの騒がしさは少しずつ収まっている。それでも、完全にいつもの町に戻ったわけではない。
それでも、工房の中だけは少しずつ落ち着きを取り戻していた。
「……こんなところかな」
最後にブルナが周囲を見回した。
棚は元の位置に戻っている。道具も大半は片付いた。割れてしまった器だけは、まだ隅にまとめられているけれど、それ以外はひとまず歩けるくらいにはなっていた。
「うん。だいぶ綺麗になったね」
アリエスが満足そうに頷く。
「ありがとう」
ブルナが小さく笑った。
「これくらいなら、俺たちだけでも何とかなるだろ」
バルドが言った。僕はほうきを壁に立てかけた。ようやく一息つける。そこで、ふと気になった。
「……そういえば」
僕が振り返ると、バルドがこっちを見る。
「バルドさんは、今日、町で何してたの?」
「……俺か?」
「うん」
地震が起きる前。僕たちが町を走り回っていたとき、バルドは工房にいなかった。そして、僕たちが戻ってくるよりも前から町のどこかにいたはずだ。
「言われてみれば、確かに……」
アリエスも不思議そうにバルドを見る。
「私たちを探してたの?」
「それもある」
バルドが答えた。
「それも?」
アリエスが首を傾げる。バルドは答えず、自分の胸元へ手を入れた。
「……こいつを、調べてた」
何かを探すように、懐の中へ手を入れる。そして――。バルドが取り出したものを見た瞬間、僕は息を止めた。
「……あ」
見覚えがあった。
土色の、小さな壺。手のひらに収まりそうなくらいの大きさ。表面には、細いひびが走っている。そのひびの奥には――淡い光が残っていた。
「それ……」
アリエスが目を見開く。次の瞬間、アリエスがバルドのところへ駆け寄った。
「私の壺!」
「ああ」
バルドは壺を手のひらに乗せたまま頷いた。
「前に預かったやつだ」
アリエスは壺をじっと見つめた。
「まだ持ってたんだ……」
「預かったものだからな」
バルドは当たり前のように答えた。けれど、僕には少し気になることがあった。
「でも……どうしてその壺を調べてたの?」
バルドは壺を見下ろした。
「こいつを預かってから、何度か見てみたんだがな。どうにも分からんことが多い」
僕も近づいて、壺を覗き込む。道端でアリエスが拾ったときと、形は何も変わっていない。
ただ、前に見たときより、ほんの少しだけひびが深くなっているように見えた。
指でなぞれば、そこから何かが内側へ続いているような。そのわずかな変化のせいか、僕には以前よりもずっと不思議なものに見えた。
「今日、町の職人にも聞いてみようと思ってた」
「職人さんに?」
「この町には、俺より長く土を扱ってる奴もいるからな」
バルドは壺を指先で軽く回した。
「何か分かるかもしれんと思って」
「それで、外にいたんだ」
「ああ」
バルドが頷く。僕は黙って壺を見る。
「……直せそう?」
アリエスが聞いた。その声には、少しだけ期待が混じっていた。
バルドはすぐには答えなかった。壺を持ち上げ、ひびの部分を明かりにかざす。
「……直そうとはしたんだがな」
「した?」
「ああ」
バルドはひびを眺めたまま言った。
「手を入れられなかった」
「どうして?」
アリエスが尋ねる。バルドは少しだけ眉を寄せた。
「……おかしいんだ」
「何が?」
バルドは答えなかった。ただ、壺をじっと見ていた。その目は、器を眺めている職人の目とは少し違っていた。何かを警戒している。そんな目だった。
「詳しい話は、こいつを見せながら話す」
バルドが言った。
そして、作業台の上へ壺を置いた。僕たちは自然と、その周りに集まった。ブルナも、少し離れたところから壺を見ていた。
バルドは壺のひびを指で示す。
「こいつはな――」
そこで、一度言葉を切る。
「普通の壺じゃない」
その言葉が、静かな工房の中に落ちた。




