63話 『もこもこした探し物』
僕たちは、さらに町の中を歩いた。
さっきから何度も同じような道を通っている気がする。それでも、見落としている場所があるかもしれないと思って、角を曲がるたびに周りを見た。
「アリエス……」
名前を呼ぶ。返事はない。
僕は足を止めずに歩いた。隣ではブルナも黙っている。二人連れとも、ほとんど同じところを見ながら歩いていた。
そのときだった。少し先の通りから、聞き覚えのある声が聞こえた。
「んーとね。白くて、羊で、もこもこしてて――」
明るい声だった。僕の足が止まる。
「……え?」
顔を上げる。通りの向こうの人混みの中に、大きな体が見えた。バルドだった。そして、その隣に。金色の髪が見えた。
「……アリエス」
声が出た。
アリエスは、バルドの隣で何かを話していた。手を動かしながら、いつものように勢いよく話している。
その姿を見た瞬間、胸の奥に張りつめていたものが、ふっとほどけた。
「……よかった」
思わず呟く。アリエスがこっちを見る。
「あ」
目が合った。一瞬だけ、アリエスの動きが止まる。
「ラッサル!」
次の瞬間には、いつものように声を上げた。その声を聞いて、僕はもう一度、息を吐いた。
「……アリエス」
足が自然に動く。近づいていくと、アリエスが僕の顔を見た。
「どうしたの?」
「どうしたのって……」
僕は言葉に詰まった。
ずっと探していた。どこにいるのか分からなくて、不安だった。もしかしたら何かあったんじゃないかって、何度も考えた。
でも、目の前のアリエスは。
「……怒ってないの?」
気づけば、そんな言葉が口から出ていた。アリエスは少しだけ目を丸くした。
「え?」
「いや……」
僕は視線を逸らした。
「さっき、喧嘩したから……」
「あー」
アリエスは少し考えるような顔をした。それから、あっさりと言った。
「もういいよ」
「……え?」
「だって、もう終わったことだし」
アリエスはそう言って、いつものように笑った。
その笑顔を見た瞬間、胸の奥が少し熱くなった。やっぱり、いつものアリエスだった。
怒っていない。僕を責めてもいない。さっきまでのことを、ずっと引きずっているわけでもない。アリエスは、もう前を向いている。
「……そっか」
それしか言えなかった。アリエスは僕の顔を見て、首を傾げる。
「ラッサル、なんか変」
「えっ……普通だよ」
「変だよ」
「変じゃないって」
アリエスが笑う。
その笑い声を聞いていると、さっきまで胸の中にあった不安が、少しずつ消えていった。僕は、ようやく肩の力を抜いた。
「……ほんとに、よかった」
今度は、ちゃんと聞こえるくらいの声で言った。アリエスが僕を見る。
「ん?」
「……無事でよかった」
「そんなに心配してたの?」
「してたよ」
即答すると、アリエスは少し驚いたような顔をした。それから、ふっと笑った。
「そっか」
短い言葉だった。でも、その声はどこか嬉しそうだった。
アリエスは、それ以上何も聞かなかった。どうして僕が探しに来たのかも、途中で何をしていたのかも。それから、隣にいるブルナへ視線を移した。
「ブルナも一緒だったんだ」
「……うん」
ブルナが小さく頷く。
「もしかして、二人で探してくれたの?」
「……うん」
アリエスは少しだけ目を細めた。
「ありがと」
ブルナは何か言おうとして、口を開きかける。けれど、その前にアリエスが笑った。
「じゃ、帰ろっか」
「……え?」
僕は思わず聞き返した。
「工房に?」
「うん。だって他に行くとこないし」
あまりにも自然に言うから、僕は少しだけ呆気に取られた。でも。それがアリエスだった。
悩んで、立ち止まって、ずっと同じところにいるより。決めたら、もう次へ進む。さっきまで喧嘩していたことも、今はもう過ぎたことになっている。
その姿を見て、僕はようやく思った。大丈夫だ。アリエスは、ちゃんとアリエスのままだ。
そのとき、隣にいたバルドが僕たちを見て、少し笑った。
「何があったか知らんが、仲良さそうで何よりだ」
「……バルド」
僕は改めてバルドを見る。どうしてアリエスと一緒にいるんだろう。何があったんだろう。聞きたいことは、いくつもあった。けれど、そんなことより。
僕はもう一度、アリエスを見た。
金色の髪が、町を吹き抜ける風に揺れている。いつもの赤い服。いつもの顔。いつもの声。それを見ているだけで、胸の奥に残っていた不安が、静かに消えていった。
そのとき、ふとアリエスが僕の手元を見た。
「……あ、それ!」
「え?」
アリエスが僕の手に顔を近づける。
「それ、私の!」
「ああ……」
僕は手のひらを開いた。さっき拾ったペンダント。さっき道に落ちているのを拾ってから、ずっと持っていた。
「落ちてたから拾ったんだ」
「え、どこに!?」
「道の端に」
アリエスは僕の手の中のペンダントを見つめた。それから、ほっとしたように笑った。
「ふー、よかった。探してたの!」
「探してたんだ」
「うん。途中でなくなってるのに気づいて。でも、どこでなくしたか全くわかんなかったから」
アリエスは僕からペンダントを受け取った。
「ありがとう、ラッサル」
「……うん」
アリエスは紐を持ち上げて、自分の首にかける。
白い羊が、赤い服の胸元に戻った。町を吹く風が金色の髪を揺らす。その隙間から、羊のペンダントが小さく揺れた。白い毛並みのような形。その一部が光を受けて、きらりと光る。
「いいね、それ」
僕が言うと、アリエスが顔を上げた。
「でしょ」
それだけ言って、アリエスはペンダントを指先で軽く触った。いつもの場所に戻ったそれを見ていると、さっきまでのことが少し遠く感じられた。
僕は、もう一度アリエスを見る。そこには、いつものアリエスがいた。
「じゃ、帰ろっか」
「うん」
アリエスが歩き出す。僕とブルナ、それからバルドも、その後を追った。アリエスの胸元で、白い羊が歩くたびに小さく光っていた。




