↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
62/78

62話 『土の上の落とし物』

 まずは工房の近くを探した。いつも人が集まっている店の前。大きな窯のある工房。細い路地。広い通り。


「おーい、アリエスー!」


 僕は歩きながら、何度も周りを見た。……いない。


「――あの、すみません」


 近くを歩いていた男の人に声をかける。


「ん?」


「女の子を見ませんでしたか?」


「女の子?」


「金色の短い髪で、赤いワンピースを着てる」


 男の人は少し考えてから、首を横に振った。


「さあ。見てないね」


「そうですか……ありがとうございます」


 頭を下げて、すぐに次の通りへ向かった。


 少しして、今朝三人で立ち寄った化石卵の店の前に来た。近くにいた店員に声をかける。


「すみません」


 店員は僕を見て、すぐに思い出したようだった。


「あなた方は、今朝の――」


「……あの。金色の髪の女の子、見ませんでしたか?」


「あの時、一緒にいらした方ですよね」


「はい、そうです……!」


「ごめんなさい。この辺りでは見てないですね」


「そうですか……ありがとうございます」


 普段の僕なら、こんなふうに知らない人に何度も話しかけたりしない。


 人に声をかけるだけでも、少し考えてしまう。何を言えばいいのか分からなくなって、結局黙ってしまうことだってある。


 でも、今はそんなことを気にしていられなかった。


 アリエスがどこにいるのか、心配だった。怒っているかもしれない。どこかで一人になっているかもしれない。もしかしたら、もう町の外へ出てしまっているかもしれない。


 考えるたびに、胸の奥が苦しくなった。また歩く。通りの角を曲がる。人の多い場所に出る。


 僕は周りを見回した。ふと、朝に器を売っていた通りが目に入る。


「……あっちも、見てみよう」


 アリエスが戻ってきているかもしれない。そう思って、僕たちは朝に器を売っていた場所へ向かった。だけど、金色の髪も、赤いワンピースも見えなかった。


「ラッサル……」


 後ろからブルナの声がする。


「なに?」


「もう少し、ゆっくり探しても……」


「でも、早く見つけないと」


 自分でも驚くくらい、言葉が早く出た。ブルナが黙る。


 僕はそのまま歩いた。顔を上げて、一人ずつ見ていく。違う。違う。違う。似た色の服を見つけるたびに、足が止まりそうになる。でも、近づけば別の人だった。


「……アリエス」


 名前を呼ぶ。返事はない。


 少し先の角を曲がる。そのときだった。道の端に、きらりと光る小さなものが落ちているのが見えた。僕は足を止めた。


「……ん?」


 土の上に、細い紐のようなものが見える。近づいてみると、それは小さなペンダントだった。


 拾い上げる。掌の上で、細かな金属の飾りが揺れた。


 丸みのある白いガラスで象られた、小さな羊のペンダント。そのモコモコとした毛並みは、よく見ると静かにゆらめく炎の形をしていた。


「……これ」


 見覚えがあった。アリエスがいつも身につけているものだ。胸元で揺れているのを、見たことがある。どうしてここに落ちているんだろう。


 僕はペンダントをそっと握った。


「……あっちへ行ったんだ」


 きっと、アリエスがここを通った。そう思うと、胸の奥が少しだけ強くなる。


 さっきまで何も分からなかった。どこにいるのかも、無事なのかも分からなかった。でも、これはアリエスがここにいた証拠だ。


「……まだ、近くにいるかもしれない」


 僕はペンダントを握ったまま、歩き出した。


 さっきよりも足が速くなる。あの時、アリエスは一人で歩いていた。今も、どこかで一人でいるかもしれない。だったら、早く見つけないと。


 僕は前を向いて、通りを走るように進んでいった。


 それから、僕たちはさらに先へ進んだ。ペンダントが落ちていた道を、そのまま辿っていく。角を曲がる。細い路地を抜ける。大きな通りに出る。


「アリエスー!」


 何度も名前を呼んだ。


 けれど、返事はなかった。人の姿はたくさんある。店の前で話している人もいる。荷物を運んでいる人もいる。道の向こうを歩いていく人もいる。


 それでも、金色の髪は見えなかった。


「……いないね」


 ブルナが小さく呟いた。


「うん……」


 僕は周りを見回した。さっき見つけたペンダントが、確かにアリエスがここを通ったことを教えてくれた。でも、それだけだった。


 どこへ向かったのか。どれくらい前なのか。今、どこにいるのか。何も分からない。


「……もう少し先かもしれない」


 僕はそう言って歩き出した。ブルナも後ろからついてくる。けれど、しばらく歩いても、アリエスは見つからなかった。


 町の端まで来た。来た道を少し戻って、別の通りを探す。それでも、いない。


「……アリエス」


 もう一度、名前を呼んだ。返事はなかった。胸の奥が、少しずつ重くなっていく。


 最初は、ただ怒ってどこかへ行っただけだと思っていた。


 そのうち戻ってくるだろう。町のどこかで座っているかもしれない。少し時間が経てば、何事もなかったみたいに帰ってくるはずだ。そう思っていた。


 でも、時間が経っても帰ってこない。探しても、見つからない。


「……ラッサル」


 ブルナが僕の名前を呼んだ。


「なに?」


 振り返る。ブルナは、さっきから何度も周りを見ていた。その顔は、最初に工房を出たときよりも青ざめている。


「……もし」


 ブルナが言葉を止めた。


「もし、アリエスに……何かあったら」


「……っ」


 僕は答えられなかった。考えないようにしていたことだった。――魔物。その言葉が頭に浮かぶ。


 この世界では、魔物は決して珍しいものじゃない。


 僕自身、それによって大切なものを失った。だからこそ。アリエスが一人で歩いていると考えるだけで、胸の奥が冷たくなった。


「……それは――」


 ――大丈夫だよ。


 そう言おうとした。でも、声が出なかった。本当に大丈夫なのか。僕には分からない。


「どうしよう」


 ブルナが小さく呟いた。その声は震えていた。


「私……」


 ブルナが自分の手を見る。


「私のせいだ……」


「え?」


「アリエスが出ていったの……私のせいだ」


「違う」


 僕はすぐに言った。


「ブルナのせいじゃない」


「でも……」


「違うよ」


 もう一度、言う。けれど、ブルナは首を横に振った。


「私が、あんなこと言わなければ――」


「……」


「アリエスが怒ることもなかった。ラッサルだって、あんなふうに追いかけることにはならなかった」


 ブルナの声が小さくなる。


「だから、私のせい」


 僕は何も言えなかった。確かに、アリエスとブルナは喧嘩した。でも、それだけが原因じゃない。そう思いたかった。


 僕の中には、別の考えがあった。


 あのとき。アリエスが走っていったとき。僕は追いかけた。でも、途中で戻った。自分で戻ると決めた。それは、間違っていたとは思いたくない。


 だけど。


「違うんだ」


「……え?」


「ブルナのせいじゃない」


 僕はもう一度言った。


「僕があの時、追いかけなかったからだ」


「……ラッサル」


「僕が、途中で戻ったから……」


 言葉にすると、胸の奥が苦しくなった。


 もし、あのまま追いかけていたら。アリエスのそばにいられたら。何か変わっていたのだろうか。僕には分からない。でも、今ここにいないという事実だけが残っている。


「僕が……もっとちゃんと追いかけてたら」


「違うよ」


 今度はブルナが言った。僕は顔を上げた。


「ラッサルは、私のところに戻ってきてくれた」


「でも、僕は……」


「私……嬉しかった」


 ブルナの声は震えていた。それでも、ちゃんと言葉にしようとしていた。


「ラッサルのせいじゃない」


 僕たちは、しばらく何も言わなかった。


 どちらも、自分のせいだと思っていた。ブルナは、自分がアリエスを傷つけたから。僕は、自分がアリエスを最後まで追いかけなかったから。


 でも、どちらが悪いのかなんて、今は分からない。ただ。


「……アリエス」


 僕はもう一度、名前を呼んだ。返事はない。

風が、通りを抜けていく。土の匂いがした。その向こうに、町の音が聞こえる。

 

 僕はペンダントを握りしめた。まだ、近くにいるかもしれない。そう思いたかった。


「……探そう」


 僕が言うと、ブルナが頷いた。


「うん」


 二人で、また歩き出す。不安は消えなかった。胸の奥には、嫌な予感が残っている。それでも。


 今は、立ち止まっているわけにはいかなかった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。