62話 『土の上の落とし物』
まずは工房の近くを探した。いつも人が集まっている店の前。大きな窯のある工房。細い路地。広い通り。
「おーい、アリエスー!」
僕は歩きながら、何度も周りを見た。……いない。
「――あの、すみません」
近くを歩いていた男の人に声をかける。
「ん?」
「女の子を見ませんでしたか?」
「女の子?」
「金色の短い髪で、赤いワンピースを着てる」
男の人は少し考えてから、首を横に振った。
「さあ。見てないね」
「そうですか……ありがとうございます」
頭を下げて、すぐに次の通りへ向かった。
少しして、今朝三人で立ち寄った化石卵の店の前に来た。近くにいた店員に声をかける。
「すみません」
店員は僕を見て、すぐに思い出したようだった。
「あなた方は、今朝の――」
「……あの。金色の髪の女の子、見ませんでしたか?」
「あの時、一緒にいらした方ですよね」
「はい、そうです……!」
「ごめんなさい。この辺りでは見てないですね」
「そうですか……ありがとうございます」
普段の僕なら、こんなふうに知らない人に何度も話しかけたりしない。
人に声をかけるだけでも、少し考えてしまう。何を言えばいいのか分からなくなって、結局黙ってしまうことだってある。
でも、今はそんなことを気にしていられなかった。
アリエスがどこにいるのか、心配だった。怒っているかもしれない。どこかで一人になっているかもしれない。もしかしたら、もう町の外へ出てしまっているかもしれない。
考えるたびに、胸の奥が苦しくなった。また歩く。通りの角を曲がる。人の多い場所に出る。
僕は周りを見回した。ふと、朝に器を売っていた通りが目に入る。
「……あっちも、見てみよう」
アリエスが戻ってきているかもしれない。そう思って、僕たちは朝に器を売っていた場所へ向かった。だけど、金色の髪も、赤いワンピースも見えなかった。
「ラッサル……」
後ろからブルナの声がする。
「なに?」
「もう少し、ゆっくり探しても……」
「でも、早く見つけないと」
自分でも驚くくらい、言葉が早く出た。ブルナが黙る。
僕はそのまま歩いた。顔を上げて、一人ずつ見ていく。違う。違う。違う。似た色の服を見つけるたびに、足が止まりそうになる。でも、近づけば別の人だった。
「……アリエス」
名前を呼ぶ。返事はない。
少し先の角を曲がる。そのときだった。道の端に、きらりと光る小さなものが落ちているのが見えた。僕は足を止めた。
「……ん?」
土の上に、細い紐のようなものが見える。近づいてみると、それは小さなペンダントだった。
拾い上げる。掌の上で、細かな金属の飾りが揺れた。
丸みのある白いガラスで象られた、小さな羊のペンダント。そのモコモコとした毛並みは、よく見ると静かにゆらめく炎の形をしていた。
「……これ」
見覚えがあった。アリエスがいつも身につけているものだ。胸元で揺れているのを、見たことがある。どうしてここに落ちているんだろう。
僕はペンダントをそっと握った。
「……あっちへ行ったんだ」
きっと、アリエスがここを通った。そう思うと、胸の奥が少しだけ強くなる。
さっきまで何も分からなかった。どこにいるのかも、無事なのかも分からなかった。でも、これはアリエスがここにいた証拠だ。
「……まだ、近くにいるかもしれない」
僕はペンダントを握ったまま、歩き出した。
さっきよりも足が速くなる。あの時、アリエスは一人で歩いていた。今も、どこかで一人でいるかもしれない。だったら、早く見つけないと。
僕は前を向いて、通りを走るように進んでいった。
それから、僕たちはさらに先へ進んだ。ペンダントが落ちていた道を、そのまま辿っていく。角を曲がる。細い路地を抜ける。大きな通りに出る。
「アリエスー!」
何度も名前を呼んだ。
けれど、返事はなかった。人の姿はたくさんある。店の前で話している人もいる。荷物を運んでいる人もいる。道の向こうを歩いていく人もいる。
それでも、金色の髪は見えなかった。
「……いないね」
ブルナが小さく呟いた。
「うん……」
僕は周りを見回した。さっき見つけたペンダントが、確かにアリエスがここを通ったことを教えてくれた。でも、それだけだった。
どこへ向かったのか。どれくらい前なのか。今、どこにいるのか。何も分からない。
「……もう少し先かもしれない」
僕はそう言って歩き出した。ブルナも後ろからついてくる。けれど、しばらく歩いても、アリエスは見つからなかった。
町の端まで来た。来た道を少し戻って、別の通りを探す。それでも、いない。
「……アリエス」
もう一度、名前を呼んだ。返事はなかった。胸の奥が、少しずつ重くなっていく。
最初は、ただ怒ってどこかへ行っただけだと思っていた。
そのうち戻ってくるだろう。町のどこかで座っているかもしれない。少し時間が経てば、何事もなかったみたいに帰ってくるはずだ。そう思っていた。
でも、時間が経っても帰ってこない。探しても、見つからない。
「……ラッサル」
ブルナが僕の名前を呼んだ。
「なに?」
振り返る。ブルナは、さっきから何度も周りを見ていた。その顔は、最初に工房を出たときよりも青ざめている。
「……もし」
ブルナが言葉を止めた。
「もし、アリエスに……何かあったら」
「……っ」
僕は答えられなかった。考えないようにしていたことだった。――魔物。その言葉が頭に浮かぶ。
この世界では、魔物は決して珍しいものじゃない。
僕自身、それによって大切なものを失った。だからこそ。アリエスが一人で歩いていると考えるだけで、胸の奥が冷たくなった。
「……それは――」
――大丈夫だよ。
そう言おうとした。でも、声が出なかった。本当に大丈夫なのか。僕には分からない。
「どうしよう」
ブルナが小さく呟いた。その声は震えていた。
「私……」
ブルナが自分の手を見る。
「私のせいだ……」
「え?」
「アリエスが出ていったの……私のせいだ」
「違う」
僕はすぐに言った。
「ブルナのせいじゃない」
「でも……」
「違うよ」
もう一度、言う。けれど、ブルナは首を横に振った。
「私が、あんなこと言わなければ――」
「……」
「アリエスが怒ることもなかった。ラッサルだって、あんなふうに追いかけることにはならなかった」
ブルナの声が小さくなる。
「だから、私のせい」
僕は何も言えなかった。確かに、アリエスとブルナは喧嘩した。でも、それだけが原因じゃない。そう思いたかった。
僕の中には、別の考えがあった。
あのとき。アリエスが走っていったとき。僕は追いかけた。でも、途中で戻った。自分で戻ると決めた。それは、間違っていたとは思いたくない。
だけど。
「違うんだ」
「……え?」
「ブルナのせいじゃない」
僕はもう一度言った。
「僕があの時、追いかけなかったからだ」
「……ラッサル」
「僕が、途中で戻ったから……」
言葉にすると、胸の奥が苦しくなった。
もし、あのまま追いかけていたら。アリエスのそばにいられたら。何か変わっていたのだろうか。僕には分からない。でも、今ここにいないという事実だけが残っている。
「僕が……もっとちゃんと追いかけてたら」
「違うよ」
今度はブルナが言った。僕は顔を上げた。
「ラッサルは、私のところに戻ってきてくれた」
「でも、僕は……」
「私……嬉しかった」
ブルナの声は震えていた。それでも、ちゃんと言葉にしようとしていた。
「ラッサルのせいじゃない」
僕たちは、しばらく何も言わなかった。
どちらも、自分のせいだと思っていた。ブルナは、自分がアリエスを傷つけたから。僕は、自分がアリエスを最後まで追いかけなかったから。
でも、どちらが悪いのかなんて、今は分からない。ただ。
「……アリエス」
僕はもう一度、名前を呼んだ。返事はない。
風が、通りを抜けていく。土の匂いがした。その向こうに、町の音が聞こえる。
僕はペンダントを握りしめた。まだ、近くにいるかもしれない。そう思いたかった。
「……探そう」
僕が言うと、ブルナが頷いた。
「うん」
二人で、また歩き出す。不安は消えなかった。胸の奥には、嫌な予感が残っている。それでも。
今は、立ち止まっているわけにはいかなかった。




