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【第三章 器のかたち】 五十三話 『職人の誇り』

 目を覚ますと、頬に朝の光が当たっていた。


「……ん」


 少しまぶしい。僕は目を細めて、しばらく布団の中で動かなかった。まだ眠気が残っている。


 体を起こすと、昨日の夜のことをぼんやりと思い出した。器を直していた。冷たい粘土の感触が、まだ指先に残っているような気がした。


「アリエス――」


 隣を見る。アリエスはまだ眠っていた。昨日は遅くまで起きていたから、もう少し寝かせておいてもいいだろう。そう思って、僕は音を立てないように布団から出た。


 工房のほうを見ると、ブルナはもう起きていた。作業台の前に立っている。


 昨日の夜、僕たちが直していた器は、作業台の端に置かれていた。ひびの入ったところにはまだ薄く跡が残っている。


 ブルナはそれを一度見てから、別の場所へ視線を移した。床には、昨日焼き上がった器が並べられていた。


「おはよう」


 僕が声をかけると、ブルナが振り向いた。


「……おはよう」


 いつもの声だった。


「もう準備してるの?」


「うん。今日、町で売るから」


 そう言って、ブルナは器を一つ持ち上げた。


 白っぽい色の、小さな器だった。光の当たるところまで少しだけ移動し、表を見る。裏返して底を見る。最後に縁を指でなぞってから、器を別の場所へ置いた。


「これは売る」


 次の器を手に取る。同じように、表を見る。裏を見る。指で縁をなぞる。


「これは……売らない」


「え?」


 僕が近づく。見たところ、さっきの器とほとんど変わらない。


「どこか悪いの?」


「ここ」


 ブルナが器の縁を指で示した。よく見ると、ほんの少しだけ色が違っている。


「傷……?」


「うん。小さいけど」


 僕には言われなければ気づかなかった。ブルナは、それを売らない器のほうへ置いた。


 その横には、すでに何個か器が並んでいた。売るもの。売らないもの。どうやら最初から場所を分けているらしい。


 そこへ、後ろから大きなあくびが聞こえた。


「んん……」


 振り返ると、アリエスが眠そうな顔で立っていた。髪も少し乱れている。


「おはよ……」


「おはよう、アリエス」


 ブルナが言う。アリエスはまだ半分眠ったまま、床に並んだ器を見た。


「これ、今日売るの?」


「うん」


「なんで分けてるの?」


「傷があるのは売れないから」


 アリエスはしゃがみ込んで、売らないほうに置かれた器を覗き込む。


「でも、これも使えるでしょ?」


「使えるよ」


「じゃあ売ればいいじゃん」


 ブルナは少しだけ考えるように器を見た。


「傷があるものを出したら、次から来てくれなくなる」


「そうなの?」


「うん」


「そんな小さい傷なのに?」


「小さいから大丈夫、とは限らないから」


 ブルナは器を持ち上げた。


「買った人が家で使うときに、ここが気になったら嫌でしょ」


「うーん。でも、だったら安くすれば?」


「それでも嫌だと思う」


「ブルナの気にしすぎじゃない?」


「……そうかもね」


 そう言いながらも、ブルナは売らない器を売るほうへ戻すことはしなかった。


「ねえ、これは?」


 アリエスが別の器を手に取った。


「それは売る」


「じゃあこれは?」


「売る」


「この小さいのは?」


「……売らない」


「なんで?」


「少しだけ歪んでるから」


「えー、分かんないよ」


「僕も分からない」


 僕が言うと、アリエスが振り向いた。


「だよね! 分かんないよね!」


「……うん」


 僕たちのやりとりに、ブルナは少しだけ口元を緩めた。


「でも、作った本人には分かるよ」


 その言葉に、僕は器を見た。


 丸くて、白くて、何の変哲もない器だった。だけど、ブルナは僕たちには見えないところまで見ているらしい。


「じゃあ、これも売らないの?」


「うん」


「もったいないなあ」


 アリエスはそう言いながらも、器を元の場所へ戻した。そのあと、ブルナは売る器を一つずつ丁寧に布で包み、箱に詰めていく。


 準備が終わるころには、朝の光が工房の中まで届いていた。


「そろそろ行こうか」


 ブルナが言った。アリエスはすぐに立ち上がった。


「うん!」


 僕も箱を持つ。思ったより重い。


「これ、全部売るの?」


「うん」


 ブルナが答える。


「売れなかったら?」


「持って帰る」


「もったいなー!」


「いいの」


 その答え方に迷いはなかった。僕たちは工房を出た。

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