五十一話 『三つの器、三つの形』
それから、どれくらい時間が経ったのか分からない。陽が落ちて、工房の中へ差し込む光が少しずつ赤くなっていく。窯の熱も、少しずつ落ち着いてきた。
「そろそろいいか」
バルドが窯を確認する。
「出すぞ」
「ほんと!?」
アリエスがすぐに近づく。
「近づきすぎるなよ。まだ熱いからな」
「分かってるって!」
「ほんとかよ」
バルドが苦笑する。やがて、三人の器が窯から出された。焼かれる前とは、少し色が違っていた。表面が固くなっていて、触れると乾いた感触がする。
「おお……」
アリエスが目を輝かせる。
「ちゃんと器になってる!」
「当たり前だろ」
「でも、なんか嬉しい!」
アリエスは自分の器を両手で持ち上げた。
「見て、ラッサル!」
「うん。ちゃんとできてる」
「ラッサルのも!」
「僕のも……」
僕は自分の器を持ち上げた。少し歪んでいる。でも、思っていたより悪くない。
「……よかった」
思わず、そんな言葉が出た。
「ブルナのは?」
アリエスが振り返る。ブルナは自分の器を手に取った。
「……」
何も言わない。ただ、器をゆっくり回している。僕も横から覗き込む。
「……え、綺麗――」
思わず呟いた。形が整っている。縁も揃っているし、厚さもほとんど変わらない。焼き上がった器は、作っているときよりもその違いがはっきり分かった。
「……いい出来だ」
バルドが言った。ブルナは少しだけ目を伏せる。
「ありがとう」
その声は、いつもと変わらなかった。それから、バルドが三つの器を並べた。
「せっかくだ。ちょっと使ってみるか」
「使えるの?」
「ああ。熱いものを入れたりするのは、まだ様子を見たほうがいいがな」
アリエスが自分の器を嬉しそうに見る。
「じゃあ、何入れる?」
「水でも入れてみるか」
「いいね!」
それぞれの器に少しずつ水を入れてみる。
僕の器は大丈夫だった。ブルナの器も、何も問題ない。アリエスの器も、ちゃんと水が入っていた。
「ほら!」
アリエスが嬉しそうに笑う。
「ちゃんとできたよ!」
「そうだね」
僕も笑う。でも――しばらくして。アリエスの器を見ていたブルナが、ふと手を伸ばした。
「……待って」
「え?」
その声に、僕も器を見る。さっきまで何もなかった表面に、小さな線が入っていた。
「これ……」
ブルナが器を持ち上げる。その線が、少しずつ伸びていく。
「ひび?」
僕が呟いた。
「うそ……」
アリエスの顔から、笑顔が消える。ひびは細い線になって、器の縁から下へ向かって走っていた。やがて、小さな音がした。器の一部が、わずかに欠ける。
「あ……」
アリエスが息を呑む。ブルナが器を両手で支えた。でも、もう遅かった。ひびはさらに広がっていく。
「なんで……」
アリエスの声が小さくなる。そして、次の瞬間。器がいくつかの欠片に分かれて、ブルナの手の中に落ちた。
「……」
アリエスが固まった。僕も何も言えなかった。
さっきまで、ちゃんと器だった。自分で作って。焼いて。やっと使えるようになったと思ったのに。今は、いくつもの欠片になっている。
「壊れちゃった」
アリエスが呟く。その声は、いつもよりずっと小さかった。
「私、ちゃんと作れなかったのかな」
「……」
ブルナは答えない。欠片を一つずつ確認している。
「土が、ちゃんと馴染んでなかったんだと思う」
「……え?」
ブルナは欠片を見ながら続けた。
「こねるときに、中に残ってた空気とか。土の硬さとか。たぶん、どこかに無理があった」
「じゃあ……私が急いだから?」
「それだけじゃないよ」
ブルナは静かに首を振った。
「初めてなら、こういうこともある」
「でも……」
アリエスが自分の手を見る。
「せっかく作ったのに」
「うん」
ブルナはそれ以上、何も言わなかった。責めることもしなかった。ただ、欠片を一つずつ拾っていく。
その姿を見ていると、胸の奥が少しだけ痛くなった。壊れた器。昨日も、似たようなものを見た。
でも――昨日とは、少し違う。今度は、誰かが壊そうとしたわけじゃない。ただ、自分たちで作ったものが、うまくいかなかった。
「また作ればいい」
バルドが窯を掃除しながら言った。
「え?」
「そうだね。土はまだあるし」
ブルナもそう言って頷く。アリエスが顔を上げる。
「……うん」
その顔にはまだ寂しさが残っていたけれど、さっきより少しだけ落ち着いていた。
僕は三人の器を見た。僕の器。ブルナの器。そして、欠片になったアリエスの器。同じ粘土から作ったのに、こんなにも違う。その違いが、少しだけ不思議だった。
そして――僕は、作っているときのブルナの手を思い出していた。
ずっと同じ動きだった。急がず、迷わず、何度も同じように土を押していた。あのときは、ただ丁寧なんだと思っていた。でも、今になって見ると――少し違う気もした。
僕は床に落ちた小さな土の欠片を拾った。




