5話 『遺された約束』
「ねぇ、ラッサル。そういえば、どうしてこんな崖の上にいたの?」
アリエスは、眉をひそめて僕の顔を覗き込む。僕は少し間を置き、視線を地面に落とした。
「……わからない。気づいたら、ここにいたんだ」
声が少し震えた。息を吐くたびに、あのときのことがよぎって、落ち着かなくなる。
「気づいたらって、そんなことある?」
アリエスの声は心配そうだったけど、ほんの少し興味も混じっているみたいだった。
笑うたびに肩を軽く震わせ、髪の毛をそっと耳にかける。目が合うと、朝の光でその目がきらっとして、見ているだけで少し安心した。
「魔物から逃げてたんだ。……お姉ちゃんと二人で」
なんとか言葉を絞り出す。その瞬間、思い出したくない光景が脳裏に浮かび、胸がぎゅっと締め付けられた。
「お姉さんは、どこ?」
アリエスが目を見開いた。声に力がこもる。僕は視線を落とし、地面のひび割れに目をやった。
「もう、いない」
「え?」
アリエスは不思議そうな目で僕を見た。
「……殺されたんだ。魔物に」
そう言うと、彼女の瞳がわずかに潤んだ。
「……っ」
アリエスはしばらく黙ったあと、小さく息を吐いて目を伏せた。悲しそうなのに、無理にこらえてるみたいだ。
それからゆっくりと口を開く。
「それって、どんな魔物だったの?」
「……大きくて、うるさくて……。長い槍を持ってた」
声が少し震えた。あのときのことがよぎって、指先が少し冷たくなった。
「そっか。怖かったよね……」
アリエスの声は少し震えていた。でもすぐに顔を上げて、まっすぐ僕を見た。
「でも、それでも――私たちは前に進まなきゃいけない。お姉さんや、命を落とした人たちの分まで」
僕は目を細め、言葉を探す。どうやって気持ちを形にすればいいのか迷った。
すると、アリエスはにっこりと微笑んだ。朝の光のせいか、やけにまぶしく見えた。
「アリエスは、どうして魔物と戦ってるの?」
自然と口から言葉が漏れた。アリエスは少し目を伏せた。
「それはね――。昔、おばあちゃんと約束したから」
「おばあちゃん?」
「うん。魔物がいない世界を作るって、約束したの」
「おばあちゃんも、魔法使いなの?」
つい気になって、余計なことまで尋ねてしまう。
「うん。すごい魔法使いだったんだ。今はもういないけど」
アリエスの悲しげな瞳の中に、小さな光が揺れている。
「だから、私、魔物を全部倒すの。おばあちゃんのため――ううん、この世界の、みんなのために!」
小さく笑うその顔には、少しだけ不安が混じっているようにも見えた。
「全部……って、魔物って一体じゃないの?」
思わず口に出す。僕は目の前でリラを殺した、あいつしか知らない。まさか他にもいるなんて、想像もできなかった。
アリエスは少し考えるように目を細め、髪をさっと耳にかける。
「うん。私も、正確な数はわからないけど。でも、たくさんいるのは間違いない」
「……そんなにいるんだ……」
思わず声が大きくなった。怖さと焦りで、体が少し震える。するとアリエスは、手を胸に当てて、真剣な顔で言った。
「心配しないで。魔法使いみんなが集まれば、きっとどんな魔物も倒せるはずなの」
彼女の瞳がきらりと輝く。
「その魔法使いたちって、どこにいるの?」
僕はそのまま聞いた。正直、少し現実味がなくて、どう受け取ればいいのか分からなかった。
アリエスは肩をすくめて、揺れる髪を手でかき上げた。朝の光が当たって、少しだけまぶしい。
「うーん……正直、はっきりした場所は分かってないの」
「えっ」
思わず声に、驚きと不安が混ざった。
「でも、探さないと始まらないから」
「……どうやって探すつもりなの?」
僕が聞くとアリエスは笑みを浮かべ、短く息を吐いた。
「わかんない。まっでも、少しずつでも手がかりを集めるしかないよね!」
僕は少し考えて、視線を足元に落とした。
「なるほど。じゃあ、とりあえず行くしかないのか……?」
「そういうこと!」
アリエスが手を振って、笑顔で応えた。それを見ていたら、さっきまでの変な力みが抜けた。
「これから、よろしくね。ラッサル」
「……うん」
僕は深く息を吸い、差し出された手を軽く握り返した。小さなぬくもりが指先から伝わってくる。
不安な気持ちが、少しずつ落ち着いていくのを感じた。




