4話 『灰色の決別』
アリエスがぱっと手を差し出す。
「だから、ラッサル、お願い。一緒に、魔法使いを探して!」
「えっ!?」
その声に、胸がわずかに跳ねた。差し出された手は、小さく震えている。その震えを見て、目を逸らせなかった。
「私だけじゃ足りなくて。誰かの力が欲しいの」
明るい声なのに、どこかに不安が滲んでいる。風が吹き抜けて、赤土の匂いがふわっと鼻に入った。砂が舞って、目が少し細くなる。
「なんで……僕……?」
「私、一人だと突っ走っちゃうから。だから、あなたみたいに用心深い人がいてくれると助かるの」
差し出された手の震えが、じんわりと心に触れる。
「……でも、僕は……」
思わず情けない言葉が漏れた。何もできなかった自分が、誰かの力になるなんて思えなかった。それでも、アリエスは迷わず首を振った。
「ラッサルじゃないとだめなの」
「っ……!」
そんなことを言われたのは初めてだった。何もできなくて、逃げることしかできなかった僕に、そんな価値があるとは思えない。
……それでも。頭の奥で、あの夜の光景がちらついた。逃げても、結局追いつかれた。
このままなら、きっと同じことを繰り返す。あのときみたいに、また何もできないまま終わってしまう。――それだけは、嫌だった。
「……何もできないけど、いいの?」
弱々しい声しか出せず、涙をこらえるのが精一杯だった。アリエスはまっすぐな瞳で僕を見つめる。
「大丈夫。そばにいてくれるだけで、私、進めるから」
「……でも――」
返事をしようとして、喉が詰まった。
怖い。――だけど、逃げたくない。今まで逃げ続けていた自分を、ここで終わらせたいと思った。震える手を、なんとか前に伸ばす。
「怖いけど」
一度、唇を噛んだ。
「……行くよ。逃げてばかりは、もう嫌だから」
アリエスの顔がぱっと明るく弾ける。
「ほんと!? ありがとう、ラッサル!」
そのまま手を握られ、勢いよく引っ張られる。
「え、あっ、ちょっ――」
朝の光で赤い地面が明るくなって、二人の影が足元で揺れていた。さっきまで全部灰色だったのに、少しだけ景色が戻った気がした。
崖の下には、火の国の街が広がっていた。赤や橙の屋根が、いくつも重なるように見える。
「あんなとこに、街が……」
煙突の煙が、途切れることなく空に伸びている。ひとつだけじゃない。あちこちで、同じように白い煙が立ち上っていた。
通りには人の姿が見えた。小さいけど、動いているのは分かる。誰かが走り、誰かが何かを運び、誰かが立ち止まらずに手を動かしている。不思議と、止まっている人が見当たらなかった。
声が重なって、遠くからでもざわざわと届いてくる。怒鳴る声も、笑う声も、全部混ざっているのに、どこか勢いだけは揃っていた。
まるで、街全体が前に進もうとしているみたいだった。




