三話 『あなたには、光がある』
僕は周囲を見回した。焦げた地面も、荒れた岩も、朝日で少しだけ普通に見えた。
「……お姉ちゃん……」
かすれた声は、朝の静けさに吸い込まれるように消えた。
言葉を口にした瞬間、胸がぎゅっと締めつけられる。暗闇も、焦げた地面も、リラの姿も、もうどこにもない。分かっているのに、それでも探そうとしてしまう。
アリエスがそっとしゃがみ、僕を見つめる。表情は柔らかいのに、目だけは鋭い。触れられたくないところまで見られている気がした。
でも、それでも不思議と逃げたい気はしない。
「ラッサル。あなたには、光がある」
「……え?」
言葉が出なかった。――光。何も持っていないはずの僕に、そんなものがあるなんて思ったこともなかった。
「ちゃんと見えてるよ。きれいな光」
彼女の言葉を聞いたとたん、さっきまで冷たかった指先が、少しだけ温かくなった。消えたと思っていた何かが、まだ残っている気がした。
喉の奥につかえているものを、なんとか言葉にしようとした。
「そんなの……僕には……」
言い終える前に、アリエスが静かに声を重ねた。
「あるよ。だって、見えてるから――」
その瞳が一瞬、強く光った気がした。少しの揺らぎもなく力強い視線が、胸に突き刺さる。冗談じゃないとすぐにわかった。そんなふうに言われたのは初めてだ。少なくとも、覚えている限りでは。
震えていた手のひらが、いつの間にか止まっていた。
アリエスはふと空を見上げ、何かを思い出すように息を吸った。金色の髪が朝の光を受けてキラリと輝く。
「私、伝説の魔法使いを探して旅をしてるの。……魔物を止めるために」
その言葉を聞いた瞬間、僕は心臓がわずかに早くなるのを感じた。魔物。リラを奪ったあいつのことだろうか。
それから――伝説の魔法使い。……そんなの、本当にいるんだろうか。胸がざわついて、うまく息ができない。
「……魔法使いって?」
僕は思わず問い返す。アリエスの言葉を聞いて、驚きと少しの期待が入り混じった。すると、彼女の表情がぱっと引き締まった。こっちを見る目が、やけに真剣だ。
「えっとね。白羊と、金牛と……それから――まあ、色々!」
アリエスは言葉を紡ぐたび、指先で小さな火の粒を弾いた。火花はほんの短い瞬間だけ空中に舞い、ふわりと消えていく。聞いたことない名前のはずなのに、妙に引っかかる。
「……昔ね」
アリエスが、ふと思い出したみたいに言った。
「本で読んだことがあるの。この世界には、火の国だけじゃなくて、他にもいくつか国があるらしくて」
指先で小さな火を弾く。その仕草はいつも通り軽い。
「そういう場所に、それぞれ特別な魔法使いがいるって書いてあったの」
ちゃんと覚えているというより、印象に残っている部分だけ拾っている感じだった。
「でね。その人たちが集まると、すごく大きな力になるんだって」
風が抜けて、髪が揺れる。
「世界を守れる、とか……そんな感じだったと思う。まあ、うろ覚えなんだけどね」
肩をすくめて、そのまま前を向く。
「でも、なんかそこだけは覚えてるんだよね」
少し間を置いてから、続ける。
「だったら、探すしかないじゃん? 見つかるかどうかは、そのあとで考えればいいし」
僕は、少しだけ迷ってから口を開く。
「……その魔法使いたちって、もう会ったことあるの?」
「ないよ」
即答。
「一人も?」
「うん、まだ」
風が通り抜ける。
「でもさ。会ったら絶対すごいと思うんだ」
アリエスが軽く笑った。
「だから、早く会いたい」
そのまま続ける。
「どんな人たちなのか、ちゃんと見てみたいしさ」
その声は明るいのに、どこか急いでいるみたいだった。
「……そうなんだ」
小さく返す。
「前向きだね」
思わず、口に出ていた。
「ん?」
「いや……」
少しだけ言葉に詰まる。
「どんな人か分からないのに、迷わないんだなって」
視線を少し落とす。
「怖くないの?」
一瞬だけ、間が空く。
「怖いよ」
アリエスはあっさり言った。
「でも、止まってても何も変わらないし」
そして、くるっと前を向く。
「だったら、動いたほうが早いかなって」
その言い方は軽いのに、迷いがなかった。
僕は何も言えずに息を吐く。自分には、まだそんなふうには考えられないと思った。分からないまま進むことに、迷いがない。それが少しだけ、不思議に思えた。




