【第一章 炎の少女】 二話 『朝陽のなかの少女』
風がやわらかい。草が揺れる音がする。――息を吸った瞬間、体が急に重くなった。瞼を動かすと光が差し込み、ぼやけた人影がひとつ揺れた。
「……ラッサル!」
誰かが呼ぶ声が聞こえる。
「ねぇ、ラッサルってば!」
目を開けると、崖の縁から少女が身を乗り出していた。
短い金髪が柔らかく揺れ、橙色に染まる光が輪郭を縁取る。赤い服の裾が揺れるたび、目が引き寄せられた。胸元の白いファーが朝の光をやわらかく弾く。
その姿を見た瞬間、息が止まった。
「あ、やっと起きた! もう、心配したんだから!」
「……っ」
似てる。あのときの、リラに……。光に包まれた、あの姿。闇の淵で見た、変わってしまう瞬間――。
気がつくと、僕は自分の右手首を、肉に爪が食い込むほどの強さで 掴んでいた。
あの夜、リラの手を掴み損ねた、僕の右手だ。思い出したくない記憶が一気に押し寄せて、うまく息ができなくなる。
だけど――目の前の少女が灯す光は、あの白銀の冷たさとは少し違った。
眩しく揺らめいていて、見つめるだけで、さっきまで強張っていた指が少し緩んだ。触れたら火のぬくもりに変わりそうなくらい、あたたかい光だった。
「……君は、誰?」
知らないはずなのに、なぜか心が震えた。彼女を見ていると、なんだか落ち着かない。怖いわけじゃない。むしろ、どこか懐かしい。なんだろう、この感覚……。
ふと少女と目が合った。すると彼女は、迷いのない、明るく澄んだ声で答えた。
「私はアリエス、火の魔法使い。あなたを助けに来たの」
赤いフリルがふわりと揺れ、小さな火花みたいに舞った。
そのとき、気がつく。さっきまで浅かった息がちゃんと吸える。彼女がそばにいるだけで、呼吸が少し楽になった。
「……どうして、僕のこと知ってるの?」
言葉が震え、喉の奥で引っかかる。初めて会ったはずなのに、どこかで触れた匂いがかすかに残っている気がした。思わず視線を逸らすと、アリエスが首を小さくかしげた。
「あれ? 変だね。会うのは初めてのはずなのに」
彼女はそう言ってパッと笑った。朝日を受けて、その笑顔がやけに明るく見えた。
「ま、いっか! ラッサルはラッサルだし」
その一言で、さっきまで変に早かった鼓動が少し落ち着いた。温かい風が頬を撫でる。砂ぼこりが舞って、目が少し痛む。
僕は深く息を吸い込み、アリエスの瞳を見つめた。緊張がゆっくりと解け、体全体に熱が広がっていくのを感じる。
「もう大丈夫だから、安心して」
アリエスの声は驚くほど優しかった。はっきりしているのに、押しつける感じもない。赤い衣の裾が揺れるたび、視界がちらつく。
リラの時とは違う、あたたかな光。理由は分からないのに、目をそらせなかった。




