45話 『煤(すす)と土の職人』
しばらくして、道の向こうから一人の男の人が歩いてきた。
作業着のような服を着ている。日に焼けた肌に、煤や土の跡が残っていた。髪は少し長めの濃い茶色で、額にかかっている。歩き方はゆっくりしているのに、足取りには迷いがなかった。
僕たちとすれ違う、その直前だった。
「……その壺」
男の人が足を止めた。その手を見た瞬間、僕は息を呑んだ。あのパイの老婆と同じ――いや、それ以上に深く土と煤に汚れ、鍛え上げられた、岩のような職人の手。
「これ?」
「ああ」
男はアリエスが抱えている壺を見る。鋭いというより、じっと物を見る目だった。壺そのものを見ているというより、その傷の奥に何かあるか確かめるみたいだった。
「ちょっと見せてみろ」
「うん」
アリエスが壺を差し出す。男は受け取ると、表面のひびをじっと眺めた。
「……ひびが入ってるな」
「そうなの」
「どこで拾った?」
「さっき、屋台の近くで」
「そうか」
男は壺を裏返したり、角度を変えたりしながら眺めている。
「これ、直せる?」
アリエスが聞く。
「見てみんと分からん」
「そっか……」
アリエスが少しだけ肩を落とす。すると男は壺をアリエスに返した。
「工房に来い」
「え?」
「そこで見てやる」
アリエスの顔がぱっと明るくなった。
「ほんと?」
「ああ」
「じゃあ、行こう!」
アリエスが僕を見る。
「うん」
僕たちは男の後について歩き出した。少し歩いたところで、男が振り返る。
「そういや、名乗ってなかったな」
男は頭をかいた。
「俺はバルドだ」
「バルドさん?」
「ああ」
アリエスが笑う。
「私はアリエス。こっちはラッサル」
「よろしくな」
バルドはそれだけ言って、また前を向いた。
その先に、大きな煙突の立った工房が見えてきた。白い煙が、静かな空へゆっくり伸びている。
僕たちは、バルドの後について歩いていた。町の奥へ進むにつれて、工房の数が増えていく。鉄を打つ音や、窯の火が燃える音が近くなってきた。
「ねぇ、バルドさん」
アリエスが歩きながら声をかけた。
「なんだ?」
「この町に、魔法使いっている?」
バルドが少しだけ振り返った。
「魔法使い?」
「うん」
アリエスが頷く。
「私たち、魔法使いを探してるの」
「……本当にそんなのいるのか?」
バルドは少しだけ眉を上げた。
「いるよ」
アリエスが答える。
「私がそうだもん」
「お前が?」
「うん!」
アリエスが胸を張る。バルドは少しのあいだ、何も言わずにアリエスを見ていた。
「じゃあ、そっちもか?」
バルドが僕を見る。
「え?」
「魔法使い」
「僕は違うよ」
僕は首を振った。
「僕には、魔法なんてないから……」
「そうか」
バルドはそれ以上聞かなかった。
アリエスも、僕のことを魔法使いだとは言わなかった。ただ、少しだけ僕を見てから、前を向いた。
しばらく歩く。やがて、前のほうに大きな煙突が見えてきた。
「俺の工房は、あそこだ」
バルドが指差す。
その先に、石造りの大きな建物が見えていた。開いた扉の向こうから、何かを動かす音が聞こえている。
バルドはそのまま工房へ向かっていった。僕たちも、その後を追った。




