三十八話 『火の国って、いいね』
「ねぇ、あれじゃない?」
アリエスが指を伸ばす。
「え? どれ?」
「ほら、ちょっと右の、少し揺れてるやつ」
そう言った後、わずかに首をかしげる。
「あー……いや、違うかも」
近くで、別のランタンが、同じように揺れていた。
「じゃあ、あっち?」
「それは色が濃すぎる気がする」
「うーん」
二人で、しばらく空を追いかける。でも、結局わからなかった。
「ま、いっか」
アリエスが言う。
「どうせ、もう混ざってるし」
「そうだね」
どれが自分たちのでも、同じ空にある。そう思うと、不思議と落ち着いた。
「あの中にさ」
アリエスが、ぽつりと言う。
「レオンのも、あるよね」
「……うん、あると思う」
どれか一つ。きっと、同じ火の色。強がった手で支えて、ちゃんと空を見上げて――。
ランタンは、もう高い。空のあたたかい層の中で、ゆっくりと遠ざかっていく。心の奥に残っていたざわつきが、少しずつほどけていく気がした。
「火の国って、いいね」
気がつくと、言葉が出ていた。自分でも少し驚くくらい、まっすぐな言い方だった。
アリエスはすぐには何も言わなかった。ほんの一瞬だけこっちを見て、それからまた空に視線を戻す。
「うん」
それだけだった。でも、ちゃんと受け取られた気がした。夜なのに、少しも寒くなかった。火が、空に残っている。しばらくのあいだ消えずに。
ランタンは、もうだいぶ高いところまで行っていた。赤と橙の光が薄くなって、いつの間にか、星の中に混じっているみたいに見える。
さっきまで自分たちのを探していたのに、今はそれもどうでもよくなっていた。ただ、空を見上げているだけでいい。
やがて、ランタンの数が減っていく。一つ、また一つ。夜に溶けるみたいに、光が消えていった。
「消えちゃったね」
アリエスが、少し寂しそうに言った。空は、だいぶ暗くなっていた。
そのかわり、星がはっきり見える。さっきまでは、火の方ばかり見ていたから気づかなかった。小さな光の粒が、空いっぱいに散らばっている。
「きれい……」
アリエスがそっと呟く。
「……うん」
言葉が、少し遅れて出る。風が吹く。昼の熱が抜けて、砂が少しだけひんやりする。でも、冷たくはなかった。
「ね」
アリエスが、伸びをしながら言う。
「今日も、ここで寝よっか」
「うん、いいね」
自然にそう答えていた。驚きも、迷いもない。気がつけば、すっかり野宿にも慣れていた。
岩のそばに腰を下ろして、そのまま仰向けになる。背中に、地面の感触が伝わってくる。思っていたより、あったかい。
アリエスも、すぐ隣に寝転んだ。砂を少し払ってから、両手を頭の後ろに組んでいる。
「今日はさ」
彼女が言う。
「よく燃えた日だったね」
「……うん」
戦いのこと。ランタンのこと。全部まとめて、そう言える気がした。しばらく、二人とも黙る。風の音と、遠くの街の気配だけが聞こえる。
星を見ていると、まぶたが重くなってきた。瞬きがゆっくりになり、アリエスの声が少し遠く感じる。
「ラッサル」
「……なに?」
「おやすみ」
「……おやすみ」
星の光がにじむ。どれがどの星だか、わからなくなる。砂の感触だけが、まだはっきりしていた。昼の名残みたいな、やさしい温度。
……このままずっと、アリエスと……。考えが、途中でほどける。風の音も、遠ざかっていく。空を見上げたまま、意識がゆっくり沈んでいった。




