↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
38/61

三十八話 『火の国って、いいね』

「ねぇ、あれじゃない?」


 アリエスが指を伸ばす。


「え? どれ?」


「ほら、ちょっと右の、少し揺れてるやつ」


 そう言った後、わずかに首をかしげる。


「あー……いや、違うかも」


 近くで、別のランタンが、同じように揺れていた。


「じゃあ、あっち?」


「それは色が濃すぎる気がする」


「うーん」


 二人で、しばらく空を追いかける。でも、結局わからなかった。


「ま、いっか」


 アリエスが言う。


「どうせ、もう混ざってるし」


「そうだね」


 どれが自分たちのでも、同じ空にある。そう思うと、不思議と落ち着いた。


「あの中にさ」


 アリエスが、ぽつりと言う。


「レオンのも、あるよね」


「……うん、あると思う」


 どれか一つ。きっと、同じ火の色。強がった手で支えて、ちゃんと空を見上げて――。


 ランタンは、もう高い。空のあたたかい層の中で、ゆっくりと遠ざかっていく。心の奥に残っていたざわつきが、少しずつほどけていく気がした。


「火の国って、いいね」


 気がつくと、言葉が出ていた。自分でも少し驚くくらい、まっすぐな言い方だった。


 アリエスはすぐには何も言わなかった。ほんの一瞬だけこっちを見て、それからまた空に視線を戻す。


「うん」


 それだけだった。でも、ちゃんと受け取られた気がした。夜なのに、少しも寒くなかった。火が、空に残っている。しばらくのあいだ消えずに。


 ランタンは、もうだいぶ高いところまで行っていた。赤と橙の光が薄くなって、いつの間にか、星の中に混じっているみたいに見える。


 さっきまで自分たちのを探していたのに、今はそれもどうでもよくなっていた。ただ、空を見上げているだけでいい。


 やがて、ランタンの数が減っていく。一つ、また一つ。夜に溶けるみたいに、光が消えていった。


「消えちゃったね」


 アリエスが、少し寂しそうに言った。空は、だいぶ暗くなっていた。


 そのかわり、星がはっきり見える。さっきまでは、火の方ばかり見ていたから気づかなかった。小さな光の粒が、空いっぱいに散らばっている。


「きれい……」


 アリエスがそっと呟く。


「……うん」


 言葉が、少し遅れて出る。風が吹く。昼の熱が抜けて、砂が少しだけひんやりする。でも、冷たくはなかった。


「ね」


 アリエスが、伸びをしながら言う。


「今日も、ここで寝よっか」


「うん、いいね」


 自然にそう答えていた。驚きも、迷いもない。気がつけば、すっかり野宿にも慣れていた。


 岩のそばに腰を下ろして、そのまま仰向けになる。背中に、地面の感触が伝わってくる。思っていたより、あったかい。


 アリエスも、すぐ隣に寝転んだ。砂を少し払ってから、両手を頭の後ろに組んでいる。


「今日はさ」


 彼女が言う。


「よく燃えた日だったね」


「……うん」


 戦いのこと。ランタンのこと。全部まとめて、そう言える気がした。しばらく、二人とも黙る。風の音と、遠くの街の気配だけが聞こえる。


 星を見ていると、まぶたが重くなってきた。瞬きがゆっくりになり、アリエスの声が少し遠く感じる。


「ラッサル」


「……なに?」


「おやすみ」


「……おやすみ」


 星の光がにじむ。どれがどの星だか、わからなくなる。砂の感触だけが、まだはっきりしていた。昼の名残みたいな、やさしい温度。


 ……このままずっと、アリエスと……。考えが、途中でほどける。風の音も、遠ざかっていく。空を見上げたまま、意識がゆっくり沈んでいった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。