↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
35/61

【第七章 空飛ぶランタン】 三十五話 『火の名残』

 レオンの足音が、路地の向こうで一つ曲がって、消えた。それだけなのに、体の力が一気に抜けて、膝がぐらついた。


 火の粉が、まだ地面に点々と残っている。赤く瞬いて、すぐに暗くなる。


「……ラッサル」


 名前を呼ばれて、はっとする。アリエスが、すぐ横に立っていた。


「大丈夫?」


「……うん」


 自分の声が思っていたより細くて、ちょっと嫌になる。


 アリエスは何も言わず、僕の肩に、軽く自分の肩を当ててきた。その重みで、少しだけ力が抜ける。気づけば、ずっと息が浅かったみたいだ。


 砂の匂いがする。そこに焼けた布の匂いと、香辛料みたいな刺激のある匂いが混ざって、鼻の奥がつんとした。喉が渇いていることにも、今さら気づく。


「……行っちゃったね」


 アリエスが、前を見たまま言う。


「うん」


 それしか返せなかった。背中の向こうから、まだ何か来るんじゃないかって――そんな考えが、勝手に浮かぶ。そんなこと、あるわけないってわかってるのに。


「怖かった?」


 不意に聞かれて、言葉に詰まる。


「……うん」


 正直に言うと、喉の奥が少し熱くなった。


「すごく」


「そっか」


 アリエスは、あっさりうなずいた。


「私も」


 少し遅れて、アリエスが言った。それだけで、少し楽になる気がした。


 路地の壁に、ひび割れた影が伸びている。昼の熱が、石の中に残っているみたいで、近づくとじんわり温かい。火はもう消えているのに、その名残だけが、まだそこにある。


「……さっきまで、あそこにいたんだ……」


 走って、叫んで、逃げたくて、それでも立っていた。


「……ラッサル」


「なに?」


「ちゃんと、行ったね」


 アリエスが言う。


「逃げなかった」


「……うん」


 ほんとは逃げたかったけど、それは口にしなかった。アリエスは、僕の袖を少しだけつまむ。


「それでいいんだよ」


「……そう、かな」


「うん」


 彼女は、地面に残った黒い跡を見下ろす。


「火ってさ。消えそうでも、そこにあったなら、それで本物だから」


「本物……」


 その言葉が、胸の奥に残った。自分の火が本物だったのかは、まだよくわからない。でも、あの瞬間、足が動いたのは事実だ。それだけは、今でも覚えている。


「……ありがとう」


 小さく言う。


「え?」


「一人だったら……たぶん、動けなかった」


 アリエスは、一瞬だけ目を丸くして、それから笑った。


「なにそれ。じゃあ、おあいこだね」


「……おあいこ?」


「うん。私も、ラッサルがいたから、頑張れたし」


 そう言って、また肩をぶつけてくる。さっきより、少しだけ強めに。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。