【第七章 空飛ぶランタン】 三十五話 『火の名残』
レオンの足音が、路地の向こうで一つ曲がって、消えた。それだけなのに、体の力が一気に抜けて、膝がぐらついた。
火の粉が、まだ地面に点々と残っている。赤く瞬いて、すぐに暗くなる。
「……ラッサル」
名前を呼ばれて、はっとする。アリエスが、すぐ横に立っていた。
「大丈夫?」
「……うん」
自分の声が思っていたより細くて、ちょっと嫌になる。
アリエスは何も言わず、僕の肩に、軽く自分の肩を当ててきた。その重みで、少しだけ力が抜ける。気づけば、ずっと息が浅かったみたいだ。
砂の匂いがする。そこに焼けた布の匂いと、香辛料みたいな刺激のある匂いが混ざって、鼻の奥がつんとした。喉が渇いていることにも、今さら気づく。
「……行っちゃったね」
アリエスが、前を見たまま言う。
「うん」
それしか返せなかった。背中の向こうから、まだ何か来るんじゃないかって――そんな考えが、勝手に浮かぶ。そんなこと、あるわけないってわかってるのに。
「怖かった?」
不意に聞かれて、言葉に詰まる。
「……うん」
正直に言うと、喉の奥が少し熱くなった。
「すごく」
「そっか」
アリエスは、あっさりうなずいた。
「私も」
少し遅れて、アリエスが言った。それだけで、少し楽になる気がした。
路地の壁に、ひび割れた影が伸びている。昼の熱が、石の中に残っているみたいで、近づくとじんわり温かい。火はもう消えているのに、その名残だけが、まだそこにある。
「……さっきまで、あそこにいたんだ……」
走って、叫んで、逃げたくて、それでも立っていた。
「……ラッサル」
「なに?」
「ちゃんと、行ったね」
アリエスが言う。
「逃げなかった」
「……うん」
ほんとは逃げたかったけど、それは口にしなかった。アリエスは、僕の袖を少しだけつまむ。
「それでいいんだよ」
「……そう、かな」
「うん」
彼女は、地面に残った黒い跡を見下ろす。
「火ってさ。消えそうでも、そこにあったなら、それで本物だから」
「本物……」
その言葉が、胸の奥に残った。自分の火が本物だったのかは、まだよくわからない。でも、あの瞬間、足が動いたのは事実だ。それだけは、今でも覚えている。
「……ありがとう」
小さく言う。
「え?」
「一人だったら……たぶん、動けなかった」
アリエスは、一瞬だけ目を丸くして、それから笑った。
「なにそれ。じゃあ、おあいこだね」
「……おあいこ?」
「うん。私も、ラッサルがいたから、頑張れたし」
そう言って、また肩をぶつけてくる。さっきより、少しだけ強めに。




