三十一話 『追いつかなきゃ』
何度か角を曲がって、祭りの灯りが見えなくなった頃だった。
急に、足が鈍った。……息がうまく吸えない。喉が焼けるみたいに痛い。心臓だけが先に行って、体がついてきていない。
「……っ、は……」
思わず足が止まる。膝に手をついて、無理やり息を押し込む。
その瞬間――間に合わなかったときの光景が、頭に浮かんだ。手を伸ばしても届かない距離。目の前で、何かが壊れる瞬間。何もできずに、立っているだけの自分。
「……無理だ……」
今から行っても、間に合わないかもしれない。行ったところで、何もできないかもしれない。……また、あの時と同じになるかもしれない。
足が、一歩だけ後ろへ下がる。まだ、戻れる。何も見なかったことにして、祭りの明かりの中に戻ればいい。アリエスと祭りを楽しめば――。そう思った瞬間だった。
「……っ、やめろ……!」
かすれた声が、風に混じって届いた。顔を上げる。暗い闇の奥から、押し殺したみたいな叫びがもう一度響く。
「っ! この声……」
さっきまでの考えが、吹き飛んだ。
『――弱かったら、守れねぇ』
あのまっすぐな声だけが、耳の奥で消えずに残っていた。少年の小さな背中が、記憶の底で鮮やかに揺れた。見送るしかなかったあの瞬間。あのときの感じが、まだ残っている。
足が、自然と前を向いた。怖い。息も整わない。それでも――
「……行かなきゃ」
今度は止まらなかった。
「弱いままじゃ……嫌だ」
火がきらめく通りを抜けて、街の端へ向かう。祭りの灯りはまだ届いているのに、進む先だけが少しずつ影を帯びていく。
みぞおちが、重くなる。砂を蹴る音が、少し離れた場所で響く。喉は乾き、息は声にならない。それでも、足だけが勝手に前へ出た。
闇がふっと揺れた。風が止まる。一瞬、音が消えた。その奥で――
「……来んな!」
叫び声が響いた。押し殺した悲鳴みたいな叫びだった。胸がざわつく。
「……あの子……」
確信なんてない。だけど、昼間のあの背中が、暗闇の奥に浮かんだ。息を吸う。少しだけ、恐怖が引いた。迷っていた足が、前へ動く。
アリエスの声が胸の中で小さく灯る。
『震えるってことは、燃えてるってこと』
体の奥に、わずかな熱を感じた。弱くても、確かにそこにある火だ。
「……僕、燃えてる」
砂を蹴る。夜気が揺れる。息が荒い。追いつかなきゃ。その言葉だけが、頭の中に残っていた。――弱い。そんな声が、頭の奥に残る。
「そんなの……知ってる」
その言葉が口からこぼれて、少しだけ楽になる。目の奥が熱い。指先は冷えているのに、不思議と内側で灯った小さな火だけは消えなかった。
「それでも、行くんだ」
その一言だけを抱えて、闇の奥へ飛び込む。火の国の喧騒が、後ろへすっと遠ざかっていく。
路地は昼の熱が嘘みたいに冷たかった。湿った砂の匂い。石壁に滲んだ煤。空気はひっそり沈んでいて、自然と息が浅くなる。
「うっ……やめっ!」
また、どこかで声が跳ねた。その響きに心臓がひゅっと縮む。
「……やっぱり、この声……!」
反射的に足が速くなる。昼間の、あの強がっていた少年の輪郭が、胸にちらっと浮かんだ。確かめるまでもない。叫びは確かに、この先にある。




