二十八話 『火は、追い込むと逃げる』
人の流れに押されるみたいに、次の通りへ出た。少し暗くなった分、火の明かりが目につく。
広場にはもう火が回りきっていた。屋台の鍋は次々と沸き、香辛料の匂いが空気を重くする。笑い声も太鼓も混ざって、どこもかしこも騒がしい。
その一角、酒樽の前で大人たちが肩を組んで笑っていた。
「やっぱりよ、火の国だよなぁ!」
赤ら顔の男が、杯を振り上げる。
「初火町は特にな。最初に火が回る場所は違うわ」
別の男が、焼き串をかじりながらうなずく。
「そうそう。勢いってのは、最初に出るとこで決まんだよ」
「他の国行ったことあるけどよ、こうはならねぇんだよ」
隣の男が笑うと、もう一人が即座に言い返す。
「当たり前だ。他の国には勢いと熱が足りねぇ。火の回り方も、人の回り方もだ」
なんとなく、他の国を嫌っているような言い方に聞こえて、胸につっかかる。
「ねぇ」
少し迷ってから、アリエスに聞く。
「火の国の人たちは、他の国の人たちとあんまり仲良くないの?」
アリエスは一瞬、首をかしげた。
「うーん……仲が悪いっていうより、あんまり関わらない感じかな」
「え、どうして?」
「なんか、考え方というか、価値観が違うみたい」
アリエスは肩をすくめる。
「でも、どこも、自分のところが一番って思ってるのは同じかも」
そう言って、アリエスは笑った。
――価値観が違う。そう言われても、いまいちよくわからない。考えてみると、僕にはアリエスや火の国の人たちが持っているような、はっきりとした価値観がない。
「ねぇ、あそこ、なんか気になる」
アリエスが指さしたのは、低い台が並んだ屋台だった。金属の皿の中央で、親指ほどの小さな炎が、静かに揺れている。派手じゃない。でも、近づくと、ちゃんと熱がある。
「火当てだよ」
屋台の人が言った。
「息を吹いて、火を円の中に留めるだけ。消えたら失敗な」
台の上には、浅い円形の枠。火は、その外で揺れていた。先に挑戦していた子どもが、思いきり息を吹いた。炎が流れて、ぱっと消える。
「あーっ!」
「強すぎだって!」
笑い声が起きる。屋台の人が、慣れた手つきでもう一度火をつけた。
「火はな、追い込むと逃げる」
次は、アリエスだった。少し緊張した顔で、火の前に立つ。
「よし……」
頬をふくらませて、そっと息を送る。炎が揺れ、円の縁まで近づく。
「おっ」
「いいぞ」
一瞬、円の中に入った――ように見えた。でも、次の瞬間、ふっと外に流れて、消えた。
「あー……!」
アリエスが肩を落とす。
「惜しいなぁ」
屋台の人が言った。
「今の、かなりよかったぞ」
周りの人も、うんうんと頷いている。
「ほんと惜しかったね」
「あとちょっとだった」
「くそー……」
アリエスは悔しそうに笑った。
「次、ラッサル行ってみる?」
「……えっ、いや、僕は」
「まあまあ、そう言わずに、チャレンジ、チャレンジ!」
台の前に立つと、火が思ったより近い。熱が、じんわり伝わってくる。失敗しても、別にいい。そう思ってるのに、自然と呼吸が整っていく。
落ち着け……そう思って、一度息を止める。それから、ゆっくり吐いた。
炎が、ふらっと揺れる。消えそうで、でも消えない。円の中へ――静かに、収まる。揺れながら、留まった。
「……お?」
屋台の人が、目を細める。鈴が、ちりん、と鳴った。
「おお」
「すげ」
「兄ちゃん、上手いな」
屋台の人が笑った。
「慎重派だろ?」
僕は、少しだけ驚いた。
「……たぶん」
「へぇ」
アリエスが言う。
「ラッサルって、こういうの得意なんだね!」
照れくさくて、何も言えなかった。屋台を離れて歩きながら、周りを見る。火の体験に、子どもたちが列を作っている。失敗して、笑って、また挑戦している。
「ねぇ、ラッサル。次、どこ行く?」
「……もう少し歩こう」
火の明かりが、通りを照らす。笑い声が重なる。その中で、僕は一度だけ、後ろを振り返った。……あの時の少年がいたような気がして。
でも、ただの勘違いだった。ぶつかったときの声が、ふと頭に浮かぶ。
『……姉ちゃんには、おれしかいねぇんだ』
震える声。でも――
『――だから、おれは強くなる』
その言い方に、迷いはなかった。……少しだけ、息が詰まる。同じ言葉を、僕は一度も口にできなかった。




