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十八話 『ひとりじゃない』

 通路を抜けて、壁際の広い石段に腰を下ろす。袋の中で、色砂がかすかに擦れる音がした。


「……思ったより、集まったな」


 袋の中を覗く。香木の乾いた香りが鼻をくすぐり、集めた鉱石の重みが腕に伝わってくる。


「でしょ?」


 アリエスは満足そうに頷いた。


「これだけあれば、みんなにもわけてあげられるかも」


 アリエスは袋を持ち上げて言う。


「やっぱり、アリエスはすごいね」


 素直に言うと、彼女は少しだけ照れたように視線を逸らした。


 神殿の中は静かだった。でも、完全な無音じゃない。どこか遠くで、低く、ゆっくりとした振動が続いている。火山が眠ったまま呼吸をしているみたいな、そんな音。


「ねえ、ラッサル」


 アリエスが石段に並んで座る。


「さっきより、顔色いいよ」


「……そう?」


「うん。最初は、ずっと力入ってたもん」


 自覚はなかったけど、言われて初めて気づく。息が深くなっている。肩も、手も、ちゃんと自分のものに戻ってきている感じがした。


「怖くなかったわけじゃないけど……」


 少し考えてから、続ける。


「アリエスがいたから、なんとかなった」


 アリエスは一瞬きょとんとして、それから小さく笑った。


「それ、私のセリフ」


「え?」


「だって、私一人だったらさ」


 彼女は神殿の奥をちらっと見た。


「あのまま、戻れなくなってたかも」


「……そうなの?」


「うん。ラッサルが止めてくれたから、やめとこって思えた」


 意外で、言葉が出てこなかった。役に立っている実感なんて、今までほとんどなかったから。


 火の結晶が、ぱち、と小さく音を立てる。その音に紛れて、胸のあたりがじんわりと温かくなる。


「……そっか」


 それだけ言って、少し笑った。


「うん!」


 アリエスは明るく言って立ち上がる。


「さ、帰ろ! 火口が機嫌いいのも、今のうちだよ」


 僕たちは出口へ向かって歩き出す。神殿を出ると、外の熱気が一気に押し寄せてきた。火口から立ち上る蒸気が風に流され、白い筋となって空へ溶けていく。


「やっぱ外、暑い……」


「中が変に落ち着いてたからね」


 歩き出すと、黒く焼けた地面がまた靴底に伝わってくる。振り返ると、裂け目の暗さだけが、少し濃くなっていた。


 帰り道の空気は、行きよりも少し柔らかい。同じ景色のはずなのに、見え方が違う。


「町に着いたら、冷たいの飲もうよ。朱火《しゅか》ソーダとか!」


「いいね。それを励みに頑張れそうだよ」


 笑い合いながら歩く。


 途中、岩陰からヒトカゲが顔を出した。僕らを見ると慌てて逃げていく。火の国の生き物たちは、相変わらず活発だ。


 振り返ると、神殿は蒸気の向こうに消えていた。あの中で感じた違和感は、もうここからはわからない。――たぶん、何かが眠っている。でも、それを確かめるのは、今じゃない。


「ねえ、ラッサル」


 アリエスが、少しだけ振り返りながら言った。


「なんかさ、今日――楽しかったね」


 その言い方は、確かめるみたいでも、もう答えを知っているみたいでもあった。


「うん」


 短く頷くと、アリエスはぱっと表情を明るくする。


「じゃあさ、また来ようよ」


 迷いのない声だった。


「今度はもっとちゃんと準備してさ。あの奥も、見に行こう」


 一瞬だけ神殿の方を見て、それからくるっと前を向く。


「だから――」


 ぐっと拳を握って、笑った。


「早く魔法使い見つけて、魔物もどんどん倒さないと!」


「そうだね」


 さっきより、少しだけ自然に言えた気がした。


 アリエスは満足そうに頷いて、また歩き出す。火口から吹き上がる風が、背中を押す。


 振り返ると、あの裂け目の奥が、ほんのわずかに光ったように見えた。怖さは消えていない。それでも、ひとりじゃないと思えた。


 今日集めた素材の重みを確かめながら、僕たちは町へ向かって歩き出した。

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