15話 『……呼ばれてる』
火口の縁に沿って回り込むと、少し先に大きな黒い岩の塊が現れた。
最初はただの岩壁にしか見えなかった。だけど、近づくにつれて、それが不自然に立ち上がっているのがわかる。
それは、大きな岩山をそのまま無理やり削って作ったみたいな、不思議な形をしていた。
表面には溶岩が流れて固まったようなゴツゴツとした荒々しさがあるのに、全体の形は、まるできれいなピラミッドみたいに整っている。
自然にできたものなのか、誰かがわざと作ったのか、見れば見るほど不気味で、奇妙な場所だった。
「……着いたよ」
アリエスがそう言って、顎で前を示す。
「え?」
言われて、もう一度その岩の塊を見る。
「あれが神殿」
さらっとした声だった。
「……あれって――」
思わず周りを見る。でも、それらしい建物は見当たらない。そこでようやく、目の前の黒い岩の塊がそれだと気づいた。
「……静かだね」
アリエスが声を落とす。
言われて気づいた。さっきまで耳にまとわりついていた地鳴りも、蒸気の音も、この場所だけやけに薄い。代わりに残っているのは、自分の呼吸の音だけだった。
神殿の正面らしき場所には、大きな裂け目がぱっくり口を開けていた。扉の代わりみたいに見えるけど、中は暗くて、奥がまったく分からない。
立っているだけなのに、なぜか少しずつ体が前に引かれていく気がする。視線を逸らそうとしても、すぐにそこへ戻ってしまう。
ふと足元を見ると、赤い砂の中に、小さな光が混じっているのが見えた。何かの欠片みたいだった。琥珀色に光っていて、火の中に埋まっているみたいに、かすかに揺れている。
「……なんだろう、これ」
しゃがみ込んで拾い上げると、指先にじんわりと温もりが伝わった。危ない感じはしない。ただ、妙に生きているみたいな温度だった。
「それ、飾り用の鉱石だよ」
アリエスは周囲を見ながら、さらっと言う。
「やっぱり、この辺りが一番いいのが落ちてる」
そう言いながらも、視線は何度も神殿のほうへ向いている。いつもより、少しだけ落ち着きがない。
僕は拾ったそれを袋に入れながら、つい神殿のほうを見てしまう。裂け目の奥の暗さが、さっきより少しだけ違って見えた気がした。気のせいだと思うのに、目が離れなかった。
「……呼ばれてる」
アリエスが、じっと神殿を見つめたまま言った。
「え? 呼ばれてるって……誰に?」
「わかんない。でも、なんか体が勝手に引っ張られるんだよね」
アリエスはそう言って、自分の胸元に拳をあてた。
僕も自分の胸に手を当ててみる。だけど、心臓の音以外は何も聞こえない。暗い裂け目を見つめても、ただ不気味なだけで、引き寄せられるような感覚はどこにもなかった。
アリエスには何かが見えていて、火を持たない僕には何も届かない。その決定的な違いが、急に冷たく胸に刺さった。
アリエスは短く息を吐いて、神殿を見上げた。
「火口の奥の神殿ってね、昔から、試す場所って言われてるの」
「試す?」
「入る人じゃなくて」
少し言いにくそうにしてから、続ける。
「中に入った火を、かな」
その言葉が、頭の中で離れなかった。
ふと裂け目の縁を見ると、赤い刻印みたいなものがあった。円の中に細い線が重なっていて、妙に目を引く。これが入口だ、と直感した。
近づくと、空気の質が変わる。焼けるような暑さじゃない。体の奥に染み込んでくるような温度だった。朝、目が覚めたときに感じた空気に、少しだけ似ている。
「……同じだ」
火の町の朝と、この神殿。場所は違うのに、感覚だけが重なっていた。
「ラッサル」
アリエスが、すぐ隣に立つ。肩がかすかに触れた。
「中、暗いよ」
「うん」
「足場も、たぶんよくない」
「……うん」
ただ思いついたことを口にしているだけみたいだった。止めようとか、怖がらせようとか、そういう意図は感じない。それなのに、余計に現実味があった。
裂け目の奥から、かすかな音がした。風でも地鳴りでもない。一定のリズムもなく、ただ途切れ途切れに続いている。呼ばれている、と言い切るには曖昧なのに、そうとしか思えない何かがあった。
袋の中で、拾った石同士が軽く触れ合って、小さく音を立てる。
その音が耳に入った瞬間、さっきまで頭の端に引っかかっていた感覚が、急にはっきり輪郭を持った。気のせいにしてしまうには、きっともう遅い。
「行こう」
アリエスはそう言うと、迷いなく裂け目の中へ足を踏み入れた。
少し遅れて、僕もその背中を追う。
中は思ったより暗くなかった。外の光が残っているせいか、それとも奥から別の光が漏れているのか、境目が曖昧だった。




