十四話 『従わぬ火の気配』
「行ってきます!」
外に出ると、朝の火の町が広がっていた。空気はもう熱を含んでいて、息を吸うだけで少し喉が乾く。
赤土の道の先、立ち上る湯気の向こうに、火口の影がぼんやりと見えた。
不安はあるのに、足は止まらなかった。どこか落ち着かない感覚だけが、体の内側に残っている。朝の光の中で、小さな火がまだ消えずに揺れていた。
初火町を離れてしばらく歩いていると、ふと空気が変わった。さっきまでとは違う。やわらかく包まれる感じじゃなくて、まっすぐ肌に当たってくる。
「ここから先、ちょっと足元悪いかも」
アリエスが振り返って、そう言った。
「たぶん、なんか崩れやすいとこあるから気をつけて」
道はいつの間にか、赤土から黒く焼けた岩に変わっていた。ところどころに走った亀裂の隙間から、白い蒸気が細く立ちのぼっていた。硫黄の匂いがして、息を吸うと喉の奥が少しひりつく。
「……結構くるね」
思わずそう言うと、アリエスがくすっと笑った。
「でしょ。火口の近くって、だいたいこんな感じなんだよ」
歩くたび、靴底越しに地面の熱がじんわり伝わってくる。
最初は気のせいだと思っていたけど、何度か踏みしめるうちに、それが少しずつ無視できなくなっていく。心臓の音に合わせるみたいに、熱がわずかに跳ね返ってくる。
「……生きてる、みたいだ」
町で見てきた火とは、どこか違っていた。暖炉の火とも違うし、鍛冶場のとも違う。
町の火は、全部人の手の中にあった。でもここは、そうじゃない気がする。隠そうともせず、従う気配もない。ただ、そこにある。
「大丈夫?」
アリエスが歩調を落とす。
「うん……でも、ちょっと暑さが」
「じゃあ、少しだけ」
アリエスが指先を地面に向ける。すると、足元の岩がぼんやり白く光って、熱が少し引いた気がした。
「ありがとう」
「うん。たぶんこれで、しばらくは大丈夫なはず」
彼女は軽い調子で言う。
「この辺、下に溶岩流れてるから、暑いんだよね」
「……今、普通に怖いこと言わなかった?」
「だって、そういう場所だし」
アリエスが笑う。その瞬間、熱風の中で、一瞬だけ肌を刺すような、冷たい風が吹いた気がした。――っ。心臓が跳ねる。直後、ぐ、と足元がわずかに沈む。
「っ……!」
反射的に足が止まる。すぐ横の岩が、音もなく崩れていった。白い蒸気に紛れて、そのまま下へ消える。
「……今、揺れた?」
「うん。ちょっとね」
アリエスはあまり気にしていないみたいで、そのまま先へ進もうとする。
一歩置くたびに、ほんの少しだけ足元を確かめているようには見えたけど、それも癖みたいなものなのかもしれない。
僕はその後ろを追いながら歩く。邪魔にならないように、それだけを考えていた。昨日の香辛料屋のお兄さんの声が、ふいに頭をよぎる。
『行ったまま帰ってこないって噂もある』
冗談みたいな言い方だったのに、今になると妙に引っかかった。
前を見ると、地面の向こうが急に開けている。火口だ。大きな円のくぼみの縁から、白い蒸気が何本も立ちのぼっている。
空が少し曇ったみたいに見えた。その奥で、赤い光がゆっくり揺れているのが見える。
「……すごい」
自然と言葉が漏れる。
「だよね」
アリエスは火口を見たまま、軽く言った。
火口の縁に立っているだけなのに、その奥から視線を引かれるような感じがした。
そのとき、足元でまた小さな揺れが走った。岩肌の一部が音もなく崩れ、砂と一緒に滑り落ちていく。
「急ごう」
アリエスが言う。
「ここ、長くいる場所じゃないし」
足早に進みながら、さっき感じた火の感覚がまだ残っているのに気づく。町で見た火とは違うはずなのに、どこか重なっている感じがする。怖いのかどうかさえ、うまく言葉にできない。
それでも、足は止まらなかった。火口の奥から吹き上がる熱風が、背中を押すように流れてくる。その先に何があるのかは見えない。
ただ、戻るという選択肢が遠くなっていく感じだけが、はっきりしていた。




