断罪のプリンは食べられない
紗季にかけられた「悠人との黒い関係疑惑」は、俺が駅のホームで別れるギリギリまで必死に訴えかけることでどうにか晴らすことができた。
ホームの階段をゆっくり上がり、出発時刻を待ってる電車に乗り込む。肉体的にも、精神的にも重くなった身体を座席に預ける。なんだか今日は、いつものサークル練習の倍以上に疲れた気がする。
バッグに入れっぱなしのスマホを取り出し、画面を確認するとまもりからのメッセージ通知が目に入る。嫌な予感を覚えつつ、パスコードを入力してメッセージアプリを起動する。
『今日の晩御飯、サラダ巻きしか勝たん!』
もちろんいつもの自撮り写真も添えられてる。相変わらず顔面クオリティの高いことよ......ってよく見たら、これ俺んちのテーブルだね。はい不法侵入。
『勝手に入んなって。今から帰る』
端的かつ簡素なメッセージを送るとすぐに既読マークが付いた。どんだけ暇なんだよこいつ、これだからスマホ依存症の人間は恐ろしい。
『遅い。善人のせいでお腹空いた、プリン買ってきて』
「お前、暇やろ!自分で買いに行けや!」と心の中でツッコミを入れつつ、お断りの文章を考えているとまもりから唐突に画像が送られてきた。
俺のスマホの画面には「紗季と俺の2ショット写真」が表示されていた。
…えっ、どういうこと?悠人から?いや、それにしても早すぎる。まだ10分も経ってないだろ、この写真が撮られてから。
『期間限定のやつね、駅の向こうのコンビニ』
まもりの圧力に屈した俺は、静かにスマホの画面をオフにしてため息をついた。
◇
自宅の最寄り駅に到着した俺は、その足で自宅と逆方向にあるコンビニに立ち寄った。
自動ドアをくぐり明るい店内を見渡して、お目当てのデザートコーナーに向かう。すぐに期間限定のPOPが目に入り、無事にまもりが指定したプリンを確保できた。
ついでに、晩飯もここで買っていくか。まもりから送られてきたサラダ巻きの写真を見て、俺もサラダ巻きの口になっている。
たまには弁当以外も悪くない、お財布的には割高になって痛いけど。そろそろ俺もバイト始めるべきか、いや大学3年生からバイトってむしろ無謀か?
意味のないことをうだうだ考えつつ、暇そうな店員が操作するレジで会計を済ませる。
『プリン、無事確保』
レジ袋を開いて写真を撮って送信する。先日から「既読無視が多い!」とご立腹な様子なので、こういう所でポイント稼ぎをしておこう。
意味のない自撮り写真に返信するよりは、こういう業務連絡の方が返しやすいし。そんな打算的な考えを巡らせながら、慣れない風景の帰路を足早に進んでいく。
◇
「だから、悠人のいたずらだって」
「キモすぎ、腕組んでるじゃんキモっ」
帰宅して早々、俺のベッドを陣取るまもりから「例の2ショット写真」について詰められる。まぁ分かってましたよ、プリン一個くらいじゃこのワガママ姫は収まらないってね。
帰宅後の着替えをキッチンの陰で済ませ、レジ袋からサラダ巻きを取り出しながら腰を下ろす。
「戦犯は悠人なんだよ。2ショ撮れ、って言ったのも悠人だし」
これに関しては「バカ正直に動いた紗季」にも原因はある気はする。が、まぁ紗季ってそういう奴だし。まっすぐで人を疑わない、言葉の裏を読もうとしない。清々しさみたいな、清涼感のある気持ちよさがある。
「善人の顔、キモいし」
それは言わないで、自分でも思ってるから。急に、紗季が、来たので。
相変わらずスマホを弄りつつ、俺のベッドを我が物顔で占領するまもり。お腹が空いたと言ってたのに、テーブルのプリンには見向きもしない。すぐ食べないなら冷蔵庫にしまった方がいいぞ。
まもりからの誹謗中傷まがいなクレーム?も一旦落ち着いたので、俺は目の前のサラダ巻きに集中する。この絶妙な色合いとサイズ感、海苔とマヨネーズの風味に食欲をそそられる。不機嫌なまもりは一旦置いといて、いまは食欲を満たしてしまおう。
「善人はさ...」
3つ目のサラダ巻きに箸を伸ばしかけた頃合いで、黙り込んでいたまもりが口を開いた。まもりの言葉の続きを待ちながら、俺はサラダ巻きを口に放り込む。
ゆっくりと咀嚼しても間に合うほどの沈黙を挟んで、まもりは静かに口を開いた。
「...まだ、好きなの?あの女のこと」
いつもより抑揚のない声で、問いかけられたまもりの言葉。「こらこら、あの女なんて言わない」とごまかすのは、無し...なんだろうなぁ。
ポツンと残された最後のサラダ巻きを見つめながら、つい1時間前に別れたばかりの紗季のことを思い浮かべる。
高校の時に恋人だった紗季は、今も「あの頃の延長線上」で俺に接してくれようとしている。
よく「男は名前を付けて保存、女は上書き保存」って言うけども、俺はまさにその通りの人間だなぁ、と痛感する。
ゲームみたいに「続きから遊ぶ」って選択肢が、なかなか簡単に選べない。忘れられないような楽しい記憶も、ちょっとだけ胸が痛む記憶も。できれば永久保存で心の奥の方に置いておきたい。
女々しい、と思う。臆病、なんだと思う。
これは自虐ではなく、純粋にそう思っている。
実際に交友関係も狭い方だし、同じ学科の友人とかに対して踏み込むこともほとんどない。もし悠人とまもりが居なかったら、俺は孤独でおかしくなっていたかもしれない。
そんな人間が、離れていった元恋人のことを。
まだ好きだ、なんてこと。
「あるわけないだろ。俺には悠人とまもりだけで、十分だよ」
スッと、当たり前に、いつもどおりの声で答える。何一つ嘘はなく、誇張もなく、それは俺の素直な気持ちでしかなった。
「...ふーん、キモ」
辛辣な言葉だけを残して、こちらに背を向けてしまうまもり。こいつ......ちょっとは語彙力を鍛えなさいよ。
「プリン、食わないのか?腹減ってたんだろ?」
テーブルの上に取り残されたプリンが、少しだけ汗をかいて佇んでいる。そろそろ機嫌直さないと、俺が食ってしまうぞ?
「......明日食べる。冷蔵庫入れといて」
...じゃあ、今日買ってくる必要なかったやん!わざわざ遠回りして買ってきたんですけど?
喉まで上がってきた文句をグッと飲み込み、だいぶ乾燥してしまった最後のサラダ巻きを口に放り込む。
「......善人。あの女と密会した、罰」
まもりはベッドから起き上がり、俺の背後からヌッと腕を伸ばしてきた。俺の目の前に差し出されたスマホの画面には、イマドキなお洒落なカフェ?の写真が表示されていた。
「ここ、善人のおごりね」
カフェの詳細を確認する暇もなく、すぐにスマホを引っ込めてベッドに戻るまもり。一瞬見ただけなので詳しくは分からないが、かなりデートっぽい雰囲気のあるカフェに見えたが......
ポコンッと、テーブルの上の俺のスマホがメッセージ通知を告げる。
『来週、二人で行くから』
まもりの方に顔を向けると、視線を感じたまもりはサッと壁の方に顔を逸らした。目の前にいるんだから、もっとリアルのコミュニケーションを取りましょうね。
「明後日もカフェ行って、来週もカフェ行くのか?」
明後日の日曜には、悠人と3人でいちごスイーツを食べに行く予定だ。以前に「連続でカフェに誘うとかモテない」って言ってたじゃないですか、まもりさん。
「嫌ならいい......バーカ」
まもりはそう言い放つと、ボスンっと枕に顔をうずめる。いや、それ俺の枕です。さすがにちょっと恥ずかしい。
「はいはい、わかったわかった」
仕方ない、と俺は大げさに両手を広げながら肩をすくめる。
「じゃ、来週は二人でカフェデートしましょう」
俺の言葉に反応してバッと枕から顔を上げたまもりは、真っ赤な顔でこちらをにらみつけた。
「ち、違うし!デートじゃないし!めっちゃウザい!」
まもりは感情的に声を荒げ、さっきまで顔をうずめていた枕を俺に向かって投げつけた。
ナイススローで飛んできた枕を、俺は顔面で受けてキャッチする。視界を奪った枕を下ろすころには、まもりは俺に背を向けてしまっていた。
そっとベッドに枕を戻して、ついでにプリンを手に取って冷蔵庫に向かう。少し汗をかいたプリンの容器の冷たさを感じつつ、俺は少し苦笑いをこぼした。
その後、バイト上がりの悠人から「事情聴取のため、向かいます」とのメッセージが届いた。
今夜はカオスになるぞ、極まりそう...
幼馴染(♀)は口悪系あまのじゃくに落ち着きそう。




