正妻感が否めない part2
爽やかな土曜日の朝、うっすらと聞こえてくる物音で目が覚める。
―トントントンっ
寝ぼけたままベッドから身体を起こして、重い瞼をこすりながら大きなあくびをした。
「あ、善人。起きた?おはよー」
キッチンの方から聞こえる中性的で澄んだ声。菜箸を片手にこちらを振り返ったのは、エプロン姿の悠人だった。
「......おはよ。そっか、悠人は昨日泊まったのか」
悠人に届かない声量で独り言をこぼしながら、俺は昨夜のことを思い出す。
不貞腐れてベッドを占領し続けるまもり、そこにバイト上がりで駆けつけた悠人。
もちろんあの後も話題の中心は「2ショット写真事件」について。相変わらずまもりは怒り狂い、それを悠人が煽るという悪循環は、まもりの終電の時間ギリギリまで続いた。
悠人が参加した時点で「あ、これは無理だ」と察した俺は、どうにか平謝りで時間切れに持ち込むことで敗北を回避した。謝ってる時点で負けている気もするが、気にしたら負けだと思う。
いまだにベッドから動かない俺をよそに、悠人はテキパキと朝食の準備を進める。勝手知ったる俺の家と言わんばかりに、キッチンを動き回る悠人の姿はもはや美しさすら感じる。
「善人、そろそろ顔洗ってきて。朝ごはん、もうできちゃうよ」
トーストが乗った皿をテーブルに運んできた悠人は、おかんみたいな台詞を残してすぐにまたキッチンに戻っていった。
◇
「「いただきます」」
テーブルに並べられた悠人お手製の朝食に手を付ける。良い香りのするトースト、色鮮やかなスクランブルエッグ、カリカリに炒めたベーコンに、簡単なサラダまで用意されている。
「なんか久しぶりだな、悠人と朝飯たべるの」
トーストにかぶりつきながら、前回の記憶を辿るがはっきりと思い出せない。まず、悠人が俺の家に泊まるのもご無沙汰な気がする。
「そうだね。一人暮らし始めた最初の頃は、毎週のように泊まってた気もするけど」
俺よりちょっとだけ少なめに盛り付けられた朝食を、綺麗な所作で食べ進める悠人。こいつが俺の部屋で朝食を取っていると、なんだか場違い感がすごいな。
テレビから流れる朝の情報番組をBGM代わりに、もくもくと朝食を食べ進める。ひと心地つく頃には時刻は9時をまわっていた。
「ごちそうさま。おいしかった、洗い物やっとくわ」
悠人が食べ終わったタイミングで声をかけ、空いた皿を手にキッチンに向かう。悠人は柔らかい笑顔で俺を見上げ、「ありがと」とだけ小さく呟いた。
両手に皿を持ちながらキッチンに移動すると、水切りかごには悠人が洗ってくれたのであろう調理器具が並べられていた。料理しながら洗い物もする、これが家事力なんだよなぁ。
悠人の手際の良さに感心しつつ、俺は無言で二人分の洗い物を進める。
ふと、背後に悠人の気配を感じた。
特に隠す気もなさそうな足音は徐々に大きくなり、俺のすぐ後ろでピタッと途切れる。
トンっ、っと俺の背中に悠人が軽く寄りかかる。華奢な悠人の身体であれば、洗い物をするには全く支障はない。
「どうした?何かあったか?」
洗い物の手は止めずに、背中に寄りかかる悠人に問いかける。肩越しに振り返ってみるが、俯いた悠人の表情は確認できない。
「......昨日。篠宮さんとは、どうだったの?」
俺のTシャツを摘まみながら呟く悠人。ゆっくり洗い物の手を止めて、昨日の紗季との一件を思い返す。
「...さすがに2ショット写真は、かなり焦った、かな」
練習中のドリンクの差し入れだけでも十分驚いたけど、あれはギリギリ友人の範囲内で収まっていたと思う。でも帰りのアレはちょっと、友人のそれではない気がする。
「...そっか。なんか僕、余計な事しちゃったかな?」
摘まんだTシャツを引っ張りながら、少しおどけた調子で笑う悠人。
「余計、っていうか。まぁ、意外ではあったかなぁ」
いままので悠人の「アンチ紗季っぷり」を見ている俺としては、わざわざ練習の差し入れを依頼して、さらには連絡先も交換して情報共有するなんて......想像すらできなかったわけで。
あ、皿を洗い終わってしまった。タイミングが悪いな、ついでにシンクの掃除でもするか。
黙り込んでしまった悠人の返事を待ちつつ、シンク掃除用のスポンジを手に取る。水回りって、毎日掃除してもすぐ汚れてしまうよなぁ。
「もっとこまめに掃除しないとなぁ」なんて考えながら手を動かしていると、黙り込んでいた悠人が口を開く。
「はぁ...僕もそろそろ、善人離れしないとなぁ」
ふいに首筋に当たった悠人の吐息に、思わず首をすくめてしまう。やめてください、その色気成分が多めのため息。
パパっとシンク掃除を終わらせて、ハンドソープでしっかり手を洗う。悠人は相変わらず黙ったままで、まだ俺の背中から離れる気はなさそうだ。
「別に、いいんじゃね?無理して離れなくても」
俺の背中から離れようとしない悠人に、できるだけ飾らずに自分の気持ちを伝える。
「俺、悠人の朝ごはん。食べられなくなるのは......ヤだし」
最後の方は少しだけ恥ずかしくなって、冗談っぽくごまかしてしまう。ハンドソープの泡を洗い流し、タオルでしっかり水気を拭き取る。
ふと、Tシャツを引っ張る感覚が消えたので、俺は悠人の方に身体を向ける。振り向いた俺と向かい合った悠人は、少しだけ頬を赤く染めて俯いていた。
「善人も、僕離れ。しないとだね」
ゆっくり顔を上げた悠人は、少し照れながらゆっくり後ろに下がる。ガラス窓から差し込む光に照らされた悠人は、踊るようなステップでクルっと俺に背を向ける。
「さて、そろそろ帰ろうかな。バイト前に家にも寄りたいし」
リビングに向かう悠人の背中を見送りながら、キッチンにひとり取り残された俺は小さく息をついた。
なんだこの可愛い幼馴染は。だが男だ。




