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デートのつもり

「あれ?今日は菅原の彼女、来てないの?」

「いやだから、彼女じゃないって」


本日はハンドボールサークルの土曜練習。


普段はキャンパスの屋外練習コートでやってるが、毎週土曜日は市営の体育館を借りて練習している。やはり屋外の人工芝だと、どうしても足元のグリップが効かないんだよな。体育館のあのキュッ、と止まる感覚には程遠い。


左手の小指から順番にテーピングを巻きながら、いつもよりもテンションの高いサークルメンバーと雑談を交わす。やはり体育館での練習って特別だ、ワクワク感が半端ない。


「今日は試合形式でやるから、アップ早めに終わらすぞー!」


先輩の一声でサークルメンバーが動き出し、貴重な体育館練習が始まった。


◇


「速攻!ディフェンス、カット!」


体育館の床を蹴る音が響き渡る中、ゴールキーパーから前線に放られたボールを見上げる。美しい放物線を描くその軌跡は、少し外に膨らみながら駆け上がる俺に見事に繋がった。


勢いをそのままに右足を一歩踏み出し、次の左足で力強く踏み切る。最高到達点で一度フェイントを入れ、動きに釣られたキーパーの脇を狙った絶妙なコースにシュートが決まる。


「菅原!ナイス速攻、スタート完璧じゃん!」

「キーパー、ナイスパス!ドンピシャだったわ」


肩で息をしながらチームのメンバーとハイタッチを交わす。中央にあるタイマーがゼロを示し、ちょうど今のがラストプレーとなった。


「じゃあ10分休憩、時間厳守で!」


ぞろぞろとサークルメンバーがロビーへ向かう中、俺は壁際に立てかけられたモップを手に取る。最後のプレーの滑り込んだ場所、めっちゃ汗ついちゃったから拭いとかないと。


週に1回の体育館練習なので、休憩中も休まずにシュート練習するメンバーもけっこう多い。着地で足を滑らせると、大事故に繋がりかねないからね。


◇


しっかりとモップ掛けを終わらせ、足早にモップを壁際に戻す。俺も少しシュート打ちたいけど、その前に一旦汗を拭いて水分補給かな。


(...あれ?財布に現金、入ってたっけ?)


普段はキャッシュレスの生活に慣れてるから、現金のみの自販機が恐怖で仕方がない。なんて不安になりながらロビーに向かうと、休憩スペースにポツンと座る紗季の姿が目に入る。


紗季はパッと顔を上げると、立ち上がって俺の方に駆け寄ってきた。


「おつかれ、善人。めっちゃ汗すごいよ」


肩に下げたバッグからハンドタオルを取り出して、遠慮がちに俺に差し出す紗季。そのサイズのハンドタオルでは、インナーを絞れそうなほどの大量の汗は吸い取れなさそう。


「いや、汚れるからいいよ。更衣室にタオルあるし」


断られたことにショックを受けたのか、悲しげな表情でハンドタオルをぎゅっと握りしめる紗季。


「あ、菅原のカノジョさん!」

「やっぱ今日も来てんじゃん、菅原」


ロビーを通るサークルメンバーから冷やかしの声が上がる。むきになって否定する方が悪手と判断し、ハイハイと適当に手を上げて応える。


…あれ?ちょっと待てよ。てか、なんで紗季は今日が体育館練習って知っているんだ?


俺から伝えていない以上、犯人はほぼ確実に悠人だ。真実はいつもひとつ。


「もしかして...今日も悠人の依頼?」


声をかけてきたサークルメンバーにペコペコとお辞儀を返していた紗季に問いかける。こっちに向き直った紗季は、俺の問いに首を傾げたまま3秒ほどフリーズしてしまう。


「...あ、違うの!私から柊くんに聞いたの、今日の練習のこと!」


突然のフリーズから解放された紗季は、両手をブンブンと振り回しながら悠人との密談を自白する。あ、普通に仲いいんですね、悠人ってめっちゃ紗季アンチだったのに。


「あっ」


何かを思い出したかのように、再びバッグの中身をガサゴソとあさりだす紗季。間を置かずにバッグから取り出したその手には、見慣れたスポーツドリンクが握られていた。


「...はい。これ、いつもの」


グッと胸の前に差し出されるペットボトルを受け取り、表面の冷たさを手に感じる。


「ありがと。今度、お金返すわ」


そういえば、昨日も飲み物を差し入れしてもらってたじゃん。細かい現金で返すのもアレだし、ギフトカードとかで返す方がいいかもな。


「別に、いらない。私がしたくて、してることだから」


表情を隠すように目を逸らす紗季。いやさすがに毎回奢られっぱなしは、恰好つかないんですが...


指先を弄りながら俯いていた紗季は、パッと顔を上げて俺をまっすぐに見つめる。


「じゃあ、今度さ。食事、おごってよ」


少し潤んだ瞳で見上げてくる。いや、そんな意気込んで言わなくても、お昼くらいなら奢りますよ。


「わかった。じゃあ来週、学食でいい?」


キャンパス内の喫茶店でもいいけど、学食の方が二人きり感が少ないから無難だと思う。変に噂になっても迷惑だろうし。


そんなことを考えながら紗季の様子を伺うと、あからさまに不満そうな表情を浮かべていた。


「...デートのつもり、だったんだけど」


口をとがらせて不貞腐れてみせる紗季。少し照れているのか、視線が落ち着かない様子。


いや、ちょっと待て。デートって...それは無しの約束なんじゃないのか?


明言したわけではないけど。決まり事なんて無いに等しいけど。元恋人の距離感って、こういうのじゃないはずだろ。


「キャンパスの喫茶店にしよう。デートは無し」


できるだけ感情が出ないように、でもはっきりと伝える。ここは譲れない、ここだけは越えちゃいけない。


予想外の返答に、目を見開いて驚いた表情を見せる紗季。なんだよ、1mmも断られるとは思ってなかったみたいな顔して。


「...そっか、わかった」


ゆっくり俯き、少し震えた声で答える紗季。


「来週、楽しみにしてるね」


そうこぼす紗季の表情は、あの日の笑顔にとても良く似ていた。


線引きはしっかりと、境界線の内と外。

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