許すまじ幼馴染
昨日はあの後も、めちゃくちゃカオスなお茶会が繰り広げられていた。
時間が経って調子を取り戻したまもりに、紗季との昼食の一件を掘り返されて延々と責め立てられた。悠人のバイト上がりの時間で解放されるかと思ったら、そのまま悠人が席に乱入してきたせいで、まもりはさらにヒートアップしてもう誰も止められない。
『あの女はやめとけ』『まもりよりはマシでしょ』
『イカれホモ野郎は黙れ』『ふふ、嫉妬してる顔も可愛いね』
などと、俺を完全に置き去りにして盛り上がる幼馴染たち。最終的に悠人が間を取り持ってくれて『紗季と二人で会うなら要報告』ということになった。いや、それは俺の勝手だろ。
そんなこんなで昨日の疲れの影響でがっつり寝てしまい、今日はゆっくりした朝を過ごしている。幸い、今日は午後からの2コマ講義とサークル練習のみ。今から支度しても十分に間に合う時間帯だ。悠人も同じ講義を取っていたはずだから、昼前に合流して一緒に飯でも食うか。
さっそくスマホを手に取り、悠人に送るメッセージを考えながら支度を始めた。
◇
「毎日違う女とお昼を食べてる善人って、悪い男だよね」
悠人はわざとらしいため息をつきながら、正面で学食を頬張る俺を睨みつける。口に物を入れた絶妙なタイミングで、人聞きの悪い発言をしやがるとは良い性格をしている。もちろん口を開くとお行儀が悪いので、しっかりと飲み込むまでは無言の圧力で睨み返してやった。
「否定しない、ってことは肯定として捉えるね」
おいこら、口から米粒飛ばしながら否定してやろうか!
ひとしきり俺をからかって満足したのか、淀みのない所作で食事を再開する悠人。別に金持ちの家ってわけじゃないのに、どこか気品に満ちているよな。顔が良いと立ち振る舞いも自然と美しくなるものなのか?まもりとの扱いの差はこういうところに出るよな、うん仕方ない。
「善人、今日サークル練習だったよね?」
「そうだよ。いつも通り16時から」
可もなく不可もない学食を平らげ、一息つきながら周りを見渡す。今日は早めに来たのもあって席は空いているし、多少ゆっくりしても問題はないだろう。
「僕、今日もバイトなんだ。寂しいかもだけど、一人で頑張ってね」
わざとらしく肩を落としてしょんぼり顔の悠人。いや、普通に一人で練習行くから。まずもって、悠人はサークルに入ってすらいないし。
「なんか最近、めっちゃバイト入ってるじゃん。なんか欲しいものでもあんの?」
今月に入ってからはバイトを理由にして、何度か誘いを断られたのを思い出す。悠人はちょっと困ったような顔で、両手で包み込んだコップに目を落とす。
…なんだ?思ったより深刻な話なのか?
「んー、内緒にしとく。もう少ししたら話すから、心配しないで」
誤魔化すように笑って、話はこれまでと言わんばかりに悠人はコップの中身を飲み干した。
◇
何事もなく午後の講義を終え、悠人と並んで講義棟を後にする。
「やっぱり、最初の方だけ見ていこうかなぁ」
スマホで電車の時間を確認しながら、眉を寄せて考え込む悠人。いや、そこまでして見るもんでもないだろ。
サークル練習の集合時間には少し早いが、暇なメンバーは早めに集まって各自でアップしているはず。このまま向かったら、時間的にはちょうど良さそう。
「あっ」
悠人が唐突に声を上げて立ち止まる。俺もつられて足を止め、数歩分離れた位置で立ち止まる悠人を振り返った。「あー...」とぼやきながら頭をかく悠人は、やけに目線が落ち着かない様子だ。
「ごめん、やっぱりバイト行くね!練習、頑張って」
俺の返事も待たずに「バイバイっ」と手を振りながら、悠人はキャンパスの出口ではなく図書館の方に早足で駆けていった。悠人の不可解な行動に首を傾げつつ、さっきより少しだけ重い足取りでコートへと向かった。
◇
「お疲れーっス」
「おー、善人!今日は珍しく一人じゃん」
「あ、菅原! 柔軟、手伝って~」
予定通り少し早めに練習コートに入ると、既に5、6人のサークルメンバーが集まっていた。コートの端のベンチに荷物を置き、それぞれのペースでアップしているメンバーの輪に加わる。
「今日1コマ目が休講でめっちゃラッキーだったわ」
「バイトがめっちゃ忙しくてしんどすぎ」
「昨日見た動画、めっちゃおもろかったんだけど」
ゆっくりと身体を伸ばしながら、取るに足らない話題でゆるい雑談を交わす。
こういう時間もサークル活動の醍醐味だな、と感じる。このくらい距離感の緩い会話って、いい息抜きにもなるし。悠人とまもりとの会話が肉料理だとするなら、こっちは軽食?って感じ。たまにサンドイッチが無性に食べたくなる時もある、人間だもの。
「あれ? あそこにいるの、菅原の『彼女さん』じゃね?」
柔軟を終えて先にシュート練習をしていたメンバーが、練習コートの入口を見ながら問いかけた。前屈を中断して顔を上げると、確かに悠人っぽい人影が入り口付近で談笑している姿が見えた。
「隣は誰だ? あんまり見たことないな……彼氏さん?」
いや、悠人の彼氏は俺だろ。あ違うか、まずあいつは男だ。
ニヤニヤしながら俺の方を見てくるサークル仲間を無視しながら、悠人が話してる相手の方を注視する。が、ちょうどフェンスに隠れていて顔までは確認できない。
柔軟を終えて立ちあがる頃には、悠人はすでにキャンパス入口の方に向かって歩き始めていた。もしかしたら、友人と立ち話をしてただけかもしれない。悠人にだって俺の知らない交友関係があるだろうし。
「おーい、そろそろ練習始めるぞー!」
先輩の掛け声でそれまでの思考は消え去り、サークル練習が始まった。
◇
「ふぅ、きっつ……やばい、体力落ちたかも」
人工芝のコートに大の字で倒れ込み、心地良い疲労感に身を任せる。
久々の速攻練習で、身体の至るところが悲鳴を上げているのを実感する。高校の時に比べると練習量が落ちているのは分かっていたが、さすがに少し走り込みをした方がいいかもしれない。
(あ、今日悠人いないから飲み物ないわ。買いに行くの、だるいな……)
俺は今、悠人の存在のありがたみを痛いほど噛み締めている。
次会ったら、改めて日頃の感謝を伝えよう、と固く決意した。なんてことをぼんやり考えていると、コートの入口のフェンスが開く音が聞こえた。
(あ、誰かが飲み物を買いに行ったのかな?一緒に飲み物を頼めばよかった~、しくったな)
後悔先に立たず、ということで飲み物はもう諦めることにした。あとはダウンして片付けるだけだから、もう少しの辛抱だ。
水分補給の欲求を何とか瞑想してごまかそうとしていたら、ふと誰かが近づいてくる気配を感じた。遠慮がちに近づいてくる足音は、ちょうど俺の頭の近くで止まった。
「……善人。あの、よかったら、これ」
急に名前を呼ばれて目を開けると、目の前には飲み慣れたいつものスポドリ。それを差し出す手を辿ると、そこには紗季がちょこんとコートに座り込んでいた。
「は、えぇ!?」
驚きのあまり過剰な勢いで飛び起きてしまう。急に起き上がった俺に驚いたのか、少しよろけた様子の紗季だったが、差し出したスポドリを無言でさらに俺へと近付けてくる。
「......ありがとう。いただきます」
状況は全く飲み込めていないが、とりあえずシンプルに感謝だけを伝えた。
紗季が差し出すボトルを受け取り、乾いた喉に一気に流し込む。自分が思った以上に、身体は水分を欲していたようだ。半分ほどを一気に飲み干すと、やっとひと心地ついて紗季に向き合う。
「......すごい飲んでる。もう一本、買ってこようか?」
「いや、大丈夫! 腹たぷんたぷんになるし」
……非常に気恥ずかしい。
お互いコートに座り込んで向かい合っているこの状況。離れているサークル仲間の生温かい視線をひしひしと感じる。ホントにこれ、どういう状況なの?
「……柊くんがね、代わりに差し入れしてくれって」
照れているのか少し俯いて表情を隠しながら、紗季は事情を説明してくれる。悠人の野郎、昨日までバリバリの紗季アンチだったくせに。手のひらをクルックルさせやがって……!
「なんか悠人が余計なこと頼んで、ごめん。時間、大丈夫か?」
もうだいぶ日も傾いてきている。悠人の悪ふざけにこれ以上付き合わせるのは、さすがに心苦しい。
「だ、大丈夫! 善人の練習してるところ、見たかったし……っ」
言いながら自分の失言に気づいたのか、紗季は顔を真っ赤にしながら再び俯いてしまう。こっちまで照れてしまうからやめてほしい。これ絶対、あとでサークルの奴らに冷やかされるやつだ。
「……えっと。最後まで、見ていっても、いい?」
そんな瞳で懇願されたら断れないって。男ってのはそういう生き物だから。
「あー、あと30分くらいで終わると思う。帰り、送るよ」
紗季の視線に耐えきれず、立ち上がって身体を伸ばしながら答える。紗季も立ち上がり、軽く服を払って顔を上げた。
「……わかった。じゃあ、最後まで見てる」
まだ少し赤みを残したまま、優しく微笑みかけてくる紗季。これ以上の直視は限界だ。俺は軽く手を振って紗季と別れ、ダウンを始めるためにメンバーの元に向かった。
案の定、この後サークルメンバーからイジられまくった。
許すまじ悠人、絶対に許すまじ。
紗季回のはずだったのに、悠人の策士回になってしまった。
やはり強いぞ、この幼馴染(♂)。




