この、しょんぼりさんめ!
まったくパンの味に集中できなかった紗季との昼食を終え、午後イチの講義がある紗季は講義棟に戻っていった。まだ午後の講義まで1コマ時間があるので、無難に自習室で暇つぶしをすることにした。
自習室の椅子に身体を預けて、ふとポケットのスマホを手に取ると、まもりからメッセージが入っていた。
『今日のランチ! めっちゃ美味しそう』
恒例のお弁当の写真、そしてキメキメの自撮り写真も送ってきてる。いや、弁当の写真だけで十分だろ、どっちにしろ通信料の無駄遣いだけど。
てかこいつ、俺と同じくらい寝不足のはずでは?元気すぎでは?と疑問を抱きつつ、『こっちはぼっち飯でしたわ〜』と適当に返信した。
……あ、いや待てよ?
よくよく考えたら、さっきまで紗季と一緒に食べてたんだから、これぼっち飯と違うじゃん。訂正する間もなく『ぼっち乙!w』と煽られたので、俺は脳死で余計なメッセージを送ってしまう。
『ごめん、実は紗季と食べてたわ』
『は?』
あ、即レスで一文字。これは...マジで切れてるやつか?
なぜか「浮気バレして必死に取り繕うクズ男」みたいな立ち位置になってしまっている?
とりあえず、なんとか状況説明を試みてみるか......いやね、昼ぼっちだったから、売店向かったら紗季と会って、せっかくだし一緒に食べようと...
...て、ちょっと待て、俺が誰と昼飯を食べようが、俺の勝手では?
『てかさ、まずはまもりを誘うべき』
『いや、別キャンパスだし遠いだろ』
あ、思わず正論パンチで返してしまった。ほんと脳死で返信するの良くないな。
さすがに正論過ぎる返信が効いたのか、しばらくまもりからの返信が途切れた。
暑くもないのに、嫌な汗が背中を伝う感覚。なんでこんな昼食ひとつで機嫌悪くなるんだよ、うちの幼馴染は...
ピコン。
『まもりとも一緒にご飯食べるべき』
『今日、晩御飯おごって。それで許してあげる』
矢継ぎ早の連投。なんで俺が悪者やねん! という理不尽さに、心の中でツッコミながらも「まぁ、まもりだしなぁ」と苦笑する。
あ、せっかくだから、悠人のバイト先に突撃するか。久しぶりに働いてる悠人を冷やかしに行くのも面白そうだ。
-----------------------------------
眠気と戦いながらも午後の講義も無事に終え、足早にまもりとの待ち合わせ場所へ向かう。
悠人のバイト先は、ちょうど俺とまもりのキャンパスの中間あたり。ここから電車で20分くらい、約束の時間には余裕で間に合いそう。
キャンパスから最寄り駅に向かう道中、さっきまでより足取りが軽くなっている気がした。
なんやかんやで、俺もあいつらと一緒にいる時間を楽しみにしてるんだな。
正直、まもりはかなり面倒くさい奴だけど、やっぱり幼馴染ってのは簡単に切れる縁じゃない。何より「作ろう」と思っても、そう簡単に作れるものでもないし。
……もう少し、俺離れしてほしいんだけどね、まもりも。ついでに悠人も。
遅延もなく目的の駅に到着し、時間を確認すると約束の10分前だった。
どうせまもりは遅れてくるだろうから、先にお店に向かうことにした。駅のすぐ向かいにある白地に青のロゴの看板、コーヒーが美味しくて逆写真詐欺で有名なチェーン店のカフェ。
――カランコロン。
「いらっしゃいませー」
出迎えてくれた店員さんに待ち合わせの旨を告げて、入口から一番近い窓際の席に座る。
チラっと店内を見渡したが、悠人の姿は確認できなかった。悠人はホール担当のはずなので、働いてたらすぐに分かるはずだが...
とりあえず、いつものでっかいカフェラテでも頼んで、まもりを待つとするか。
注文用の呼び出しベルに手を伸ばそうとしたタイミングで、無駄に整った顔立ちの店員がニヤニヤしながら近寄ってきた。
「やぁやぁ。バイト中に彼氏と会えるなんて、僕は幸せ者だなぁ」
「おい、自分の職場で彼氏発言はやめなさい」
「あれ?僕に会いに来てくれたんじゃないの?......もしかして、他の女とデート?」
他の女って聞こえが悪いな。あとデートじゃない、強制おごりイベントだ。とりあえず無視しておこう。
俺からの返答がないと分かると、悠人はスッと表情を変えて仕事モードに切り替わった。
「いつものでいい?すぐ持ってくるよ」
こちらの返答も聞かずに、手際よくハンディ端末を操作していく。こういう時と場合によってメリハリを付けられる悠人の切り替え力は、素直に尊敬できるんだけどね。
「ご注文、以上で承りますね」
ハンディの入力を終え、無駄のない所作で踵を返していく悠人。
……あ、と小さな声を漏らし、悠人は再びこちらを振り返った。座っている俺の耳元まで顔を近付ける。
「......昨晩はお楽しみでしたね」
俺だけに聞こえる声量でボソッと耳打ちされた一言。後ろめたいことは何もなかったが、不覚にも熱くなってしまった頬を隠すように、勢いよく窓の外に視線を逸らした。
いや、昨晩ってことは、まもりのことだろ?別に何もなかったですけどね!めっちゃゲームしただけだし、ちゃんと終電で帰らせたからね!
「...うるせ、さっさと仕事に戻れ!」
にやにやと見下ろしているであろう悠人を視界に入れることなく、軽く手を振って追い払った。昨日の今日でまもりから情報がリークされるとは...幼馴染'sの連絡網は侮れない。
「それでは失礼いたします」と仕事モードの悠人が去るタイミングで、ちょうどスマホが振動した。画面を確認すると、まもりからのメッセージのようだ。
『ごめん遅れる』
あぁ、知ってた。まもりが約束の時間通りに来たら、むしろ熱を疑うまである。『了解、もう先に入ってるわ』とだけ返信しておく。
相変わらず遅刻癖があるまもり。将来、まもりの彼氏になる人はいろいろ大変だろうなぁ、と余計なお世話を妄想しているうちに、悠人が注文した飲み物を運んできた。
「お待たせしました。でっかいカフェオレです」
指先までしっかり伸びたお手本のような所作で、でっかい容器に並々注がれたカフェオレをテーブルに置く悠人。
美形な上に、細身でスタイルもいいからこういう接客も様になる。天が二物を与えてる、神様これ配分ミスってるよたぶん。
「ちなみに確認だけど、あとで来るのはまもりだよね?」
悠人はそのまま引き返すと思いきや、立ち止まってオフモードに切り替わったみたいだ。今はちょうど店内も閑散としている時間帯だし、多少の雑談なら許されるんだろう。
「そうだよ、それ以外ないだろ」
俺がカフェでお茶する相手なんて、悠人かまもりくらいしかいない。その前者がこうして目の前で働いているんだから、答えは一択のイージー問題なわけだ。自分で言ってて、少し悲しくなってきた。
「ふふ、ならよかった。てっきり、昨日逃げ出した臆病者と密会してるのかと思って」
「.........」
悠人のあまりにも鋭い洞察力に、返す言葉に詰まってしまった。いや、すでに昼に密会?しちゃってるから、あながち間違いでもないんだが。
「紗季のこと、そうやって敵視するのはやめろって」
「敵視?僕は別に、篠宮さんのことなんて、ぜんっぜん気にしてないよ」
大げさに両手を広げて、不満そうに口をとがらせる悠人。全然気にしてない人は「ぜんっぜん」なんて言葉は使わないのよ。
「冗談抜きで、やめろよ。紗季も結構、気にしてたみたいだし」
「......ホントに密会してたんだ、あの女と」
呪詛のように呟いた悠人を見上げると、いつもの冷たい光を帯びた瞳に見つめ返された。まず「あの女」というワードはやめようね、ドロドロの愛憎劇が始まりそうで恐ろしい。
「紗季は悪い奴じゃない。たしかに昔、いろいろあったけど。今は普通に友達だよ」
普通に友達、というのは少し語弊があるかもだけど。なにせ今日の昼まで、まともに会話もできてなかったし。
「......わかったよ。少しやりすぎた、今後は控えるよ」
わかりやすく肩を落として、しょんぼりのご様子の悠人。
そこまで凹まれると、こっちが悪いことした、みたいな感覚になるからやめてほしい。
「ありがと、引き止めてすまん。まもりが来たら、また呼ぶわ」
「うん。それじゃ、ごゆっくり」
悠人はその場で軽く会釈をして、次の瞬間には100点満点の営業スマイルになっていた。あれ?さっきのしょんぼりさん、もしかすると演技だった説あります?
そしてこの後、まもりはめちゃくちゃ遅刻した。
重い幼馴染(♂)、はたして需要はあるのだろうか...




