プロポーズ返し
「あ、善人は浮気してもいいよ」
小難しい単語が並ぶ書類を一通り説明し終えた悠人は、あっけらかんとした態度で言い放った。
「どうやっても、『同性愛』ってマイノリティだからさ」
呆気にとられる俺を置き去りにして話を進める悠人。どこか寂しさを感じる笑みで、淡々と紡いでいく。
「僕のこと、無理して好きにならなくていいし」
テーブルの資料を見つめたままの悠人の瞳が、わずかに揺れる。
「善人が好きな人と結ばれる。それが、僕にとって一番嬉しい」
あどけない少女のような笑顔を浮かべる悠人の姿に、ふと懐かしい記憶がよみがえる。
『僕がついてる。善人は何も気にしなくていいんだよ』
目の前の悠人の姿が、あの日の悠人の姿と重なる。
忘れかけていた胸の痛みに、変化を恐れる己の弱さを自覚する。
いつでも優しくて、どこまでも寄り添ってくれる。
すべてを包み込むほどに、大きくなっていた悠人の愛情。
あまりにも日常に溶け込んでいて、その存在に気付けていなかった。
「...そろそろ、何か言ってくれないと。僕もちょっと、不安なんだけど」
あまりの放置プレイにしびれを切らした悠人は、もじもじと居心地悪そうに不満をこぼす。
「一応、これ...プロポーズのつもり、なんだけど」
悠人はそう言い切ると、ギュッと握った手を膝にのせて縮こまった。
…困った。いや、こんなの想定外すぎるだろ。
まもりの時は「返事は保留」でどうにか助かったけど、悠人は明確な返事を求めている。
「えーっと。まずはありがとう。俺のためにこんなにたくさん用意してくれて」
目の前に広げられた書類たち。昨日の今日でこれだけ揃えるのは、少なくとも簡単なことではないはず。
「俺も、悠人と一緒にいる時間は大切だよ」
こんなにも大きくなっていた悠人の感情。自分の鈍感さに情けなくなる。
「正直、パートナーとして今すぐ悠人を選ぶ、ってのは考えられない」
なるだけ素直な言葉で、情けない自分なりにできる最大限の誠意をもって。
「それでも、これからも一緒にいたい、って気持ちは何一つ変わらない」
悠人の気持ちに見合うほどの大きさではないかもしれない。不釣り合いで、とても不格好な感情。
「なんていうか、その...」
「こんな情けない俺だけど、また朝ごはん、作ってください」
言葉がまとまらず、最後はよくわからないプロポーズみたいになってしまう。
「......ぷっ」
音が発した方に目を向けると、悠人が肩を揺らしながら必死に笑いをこらえていた。
「くくくっ......あーっははは!」
我慢できずにカーペットに倒れこんで笑い転げる悠人。腹抱えて笑う人、初めて見たかも。
異様な光景に呆気に取られる俺をよそに、ひとしきり笑い終えて満足した様子の悠人がテーブルを支えにして座りなおす。
「ふふっ...ごめんね。まさか、善人にプロポーズされるとは思ってなくて」
嬉しそうな顔をして恥ずかしそうにこぼす悠人。あ、やっぱりさっきのはプロポーズとして捉えられますよね。
「...でも、安心した。やっぱり、善人は優しいね」
先ほどの笑い泣きで潤んだ瞳がきらきらと輝く。いつの間にか、窓から差し込む光が明るいものに変わっていた。
「パートナーなんて気持ち悪い、って捨てられちゃうかと思った」
冗談っぽくつぶやく悠人。いつもどおりの空気にこっそり安堵する。
◇
時計を確認すると、サークル練習の時間が近付いていた。市営体育館まではそれなりに距離があるので、そろそろ準備しないといけない。
大事な話も一区切りついたので、いそいそと立ち上がって支度を始める。干しっぱなしの練習着を手に取り、収納ケースからはタオルを取り出す。
いざ着替えようと寝巻のTシャツを脱いでいると、ふと悠人の視線を感じた。
「えーっと...見られてると、着替えにくいんですが」
ジーッと見つめてくる悠人に向けて抗議の言葉を放つ。いつもより視線に熱を感じるのは、俺の気のせいであってほしい。
無言のまま、テーブルに肘をついて見上げる悠人。目線は外さないまま、悠人はゆっくりと口を開いた。
「やっぱり善人って、悪い男だね」
このあと、めちゃくちゃ着替えを観察された。もうお嫁にいけないかも。
準にゃん世代だから、男の娘はほとんどノーマルという認識




