早くデートがしたいから
いつもよりも重く感じる空気の中、俺は悠人と共に午後の講義を終えた。
ノートと筆記用具を片付けながら、悠人が思い出したようにつぶやく。
「あ、そうだ。しばらく練習の差し入れは、篠宮さんにお願いするね」
さきほどの『幼馴染やめる宣言』から、まだ半日も経っていない。
...正直、ショックを隠しきれない。
追撃のように俺との距離を置こうとする悠人の発言に、ただただ情けない気持ちになる。
(幼馴染って、こんなに簡単に終わっちゃうのか......)
「ん、わかった」とだけ返事をすると、手を振って去っていく悠人の背中を見送った。
◇
「菅原、おつかれ!また明日なー!」
「あ、篠宮さんもおつかれーっす!」
練習終わりに週末の話題で盛り上がるサークル仲間と挨拶を交わして、紗季と共に練習コートを後にした。
「今日もありがと。ほんと無理しなくていいからな」
隣で機嫌良さそうに歩く紗季に向けて、本日何度目かの感謝を伝える。
紗季自身が悠人から依頼されているとはいえ、遅くまで紗季を拘束するのは普通に申し訳ない。
「ううん、全然大丈夫!」
ぶんぶんっと音が聞こえるほど、大げさに手を振って否定する紗季。
「むしろ柊くんの仕事、奪っちゃっていいのかなぁって...」
いや、お金出ないから仕事じゃないんだけどね。もちろん、差し入れの飲み物代はあとで奢って返してるけど。
ふと、意識して考えないようにしていた悠人のことを思い出してしまう。
隣に並ぶ紗季に気付かれないように、俺は小さく息をついた。
正直、悠人の『幼馴染やめる宣言』は相当ショックだった。
もちろん、まもりの時もショックだったけど。どちらも比べることはできない、大切な幼馴染だし。
でも実際には、まもりの時よりも今回の方が落ち込んでいるわけで。明確に、自覚できるほどには。
自分が思ってた以上に、俺は悠人に精神的な部分で頼ってたのかもなぁ。
「あのさ。何か...あった?」
キャンパスの出口に差し掛かる頃合いで、紗季は大きく踏み出して俺の顔を見上げる。急に近い距離で見つめ合う形になり、お互いにサッと顔を逸らしてしまう。
「善人。あんまり、元気なさそうだから」
そっぽ向いたまま話しかけてくる紗季。
表情は見えなくても、その優しい声色だけで心配してくれていることが伝わってくる。
「…んー、ちょっとね。情けない話なんだけど」
この1週間でまもりと悠人から、立て続けに『幼馴染やめる宣言』を受けた旨を伝える。
「え、ちょっと待って......柊くんも!?」
静かに俺の話を聞いていた紗季は、唐突に大きな声を上げる。
自分の声の大きさに驚いたように、紗季は口に手を添えながら「ごめんっ」と小さくこぼす。
「ということで、急に幼馴染を二人も失ってしまいまして」
なるだけ軽く聞こえるように、冗談っぽく笑ってみた。上手く笑えてるかは、あんまり自信がない。
「それは、なんというか。悲しい、ね...」
言葉を選ぶように慎重に話す紗季。歩道が少し狭くなり、紗季との距離が少し近付く。
「じゃ、じゃあさ!私と...遊び行こうよ!」
いつもより1トーンほど明るい声色で提案してくる紗季。
近い距離で見上げられた紗季の顔に、不覚にもドキッとしてしまう。
「この前、出掛ける約束も...したし」
紗季も距離が近いことに気が付いたのか、照れながらサッと顔を前方に戻す。
出掛ける約束、おそらくこの前のキャンパスの喫茶店での約束かな。
「えーっと。明後日とか、日曜日だし......どうかな?」
あ、その日は確か...まもりとおしゃれなカフェに行く予定が入っていたはず。
いやでも『幼馴染やめる宣言』があったから、さすがにこれは無効扱いになるのか?
かといって、勝手に予定をキャンセルしていいわけではない。一応、まもりに確認するまではそのつもりで動こう。
「ごめん。その日は、まもりとカフェ行く予定で...」
いまのところ、希望的観測だけど。キャンセルになるかもだけど。
数歩ほど無言で進んだ後、感情の読めない声でぽつりとつぶやく紗季。
「えっと。それって......もしかして、デート?」
あー、たしかに。これはデートになるのか。
行き先はデートスポットっぽいカフェだし。約束した時に、ノリとはいえ『二人でデート行こう』って言っちゃった気はする。
「でも、幼馴染やめる、って言われる前に約束したから」
幼馴染という関係がない以上、一緒に出掛ける、ってのはどうなんだろうな。
「やっぱなしで、って言われるかも」
情けない表情をうまく隠せず、笑ってごまかす。
やっぱ、まもりの方もショック大きいわ。なんか、しんどい。
「......」
「......」
しばらく沈黙が続き、遠くにぼんやりと駅が見えてくる。
なんだか重い空気になってしまった。
無関係な紗季まで巻き込んでしまって、非常に申し訳ない。
どうやって空気を変えようかな、とぼんやり空を見上げる。
もやもやとした思考が邪魔をするばかりで、何もいい案は思い付かない。
少しだけ歩くペースがゆっくりになった紗季が、そっと閉ざしていた口を開く。
「じゃあ、さ。明日、土曜の練習終わりに...」
立ち止まって、胸に手を当てる紗季。勇気を振り絞るように、振り向いた俺を見つめて言葉を続ける。
「......デート。したい、です」
緊張で震える声を必死に抑える紗季。顔を伏せたまま、静かに俺の返答を待つ。
断る理由は...何もない、よな。
もう、紗季との関係の清算は済んだから。また、ここから始めればいいだけ。
「...土曜だと時間、短くなっちゃうけど、いいのか?」
土曜は昼から体育館でサークル練習だから、その後だと長くても3時間くらいしか時間は取れない。
「大丈夫!早く、その……デート、したいから」
ぱぁっと明るい表情に変わった紗季、最後の方はもごもごと口ごもってしまう。
早い方がいい?まぁ、先手必勝、逃げ先行が有利、とは言うけどもね。
「わかった。じゃあ土曜は、デート...しますか」
さすがに、面と向かってデートに誘うのは照れてしまう。俺は紗季の返事を待たずに、駅の方に身体を向ける。
「うん!ありがと...楽しみにしてるね」
背中越しに聞こえる弾んだ紗季の声に、さっきまでのもやもやが晴れていく気がした。
弱ってる相手につけこむ、これ正攻法




