ずっと一緒に
「雨、止まないなぁ。帰る頃には止んでるといいけど」
朝から降り続く雨のせいで、いつもより濁ってみえる窓越しの景色。
「......」
俺が放った渾身の天気の話題は、スマホを弄るまもりによって軽やかに無視された。
こいつ......俺が玄人だったら、天和上がってたぞ。
先週ぶりに訪れた悠人のバイト先は、ピークタイムでもないのになかなかに混み合ってる。
おそらく雨の影響か。駅から近いこの店舗は、雨が売り上げに繋がるタイプのお店のようだ。
「お待たせしました。でっかいカフェオレのお客様?」
たぶん同世代くらいであろう店員さんから、注文していたドリンクを受け取る。
一緒に注文していたアイスココアは、正面に座るまもりの前に静かに置かれた。
「ごゆっくりどうぞ」
一礼して小走りに奥に消えていく店員さん。チラっと店内を見渡してみるが、悠人の姿は見当たらない。
でっかい容器を持ち上げてカフェオレを口に含む。飲み慣れた味にホッと一息つき、目の前の不機嫌モードのまもりに目を向ける。
案の定、怒っている様子。「泣いちゃうかも...」と心配していた悠人の予想は見事に外れたようだ。
『悠人のカフェ。奢って』
今日の昼にまもりから送られてきた短いメッセージ、おそらくは先日の紗季の件だろう。
まもりが口を利かないつもりなら、むしろこちらとしては好都合だ。向こうから攻められる前に先制攻撃を仕掛けよう。
「まもり。紗季のことだけど、今度いs」
「聞いてないんだけど」
ぴしゃりと俺の言葉を遮るまもり。
...え、こわ。ガチで切れてます?こわいなぁ。
再び、目の前に鎮座するでっかい容器に手を伸ばして、渇いてもない口を湿らせる。
「......」
「......」
沈黙だけが二人の間に落ちる。先ほどの反省を活かして、俺は大人しくまもりの言葉を待つ。
ふと横目で店内を見渡すと、ちょうど通路の奥から歩いてくる悠人と目が合った。
苦笑いする俺、不機嫌なまもり。それを見た悠人は呆れた表情を浮かべる。
大げさに肩を落として息をつくと、俺に向かって「ふぁいと」と口パクの声援を残して去っていった。
まぁ、応援されたところで、今の俺に出来ることは待つことだけなんだがな。
やっと顔を上げたまもりは、目の前のカップに手を伸ばす。
ゆっくりアイスココアを楽しんでから、音を立てずにカップをテーブルに戻す。
さらにたっぷり間を置いた後、ようやくまもりの口が開かれる。
「......私は許さないから」
はっきりとした拒絶の言葉で、まっすぐに見つめてくるまもり。
その瞳には感情的な色はなく、ただまもりの強い意志だけが感じられる。
「だって逃げたじゃん。善人は、悪くないのに」
まもりはつらそうな表情を浮かべながら俯くと、ギュッと口を噤む。
『―大丈夫。善人は悪くないよ』
泣きながら掛けられた言葉。
肩に感じた体温。
背中に当てられた手の温かさ。
今でも、あの日のすべてを、鮮明に思い出せる。
いつだって俺の味方でいてくれた。
悠人とは違う距離感で、幼馴染として常に俺を支えてくれていた。
まもりが『許さない』のは、『俺を守るため』だから。
「ありがとう、まもり。もう大丈夫だから」
あの日、怖がって引いてしまった境界線。
そこから、やっと一歩を踏み出せた程度だけど。
「俺も、少しは強くなったから」
それでも、俺にとっては大きな一歩だ。
ゆっくりと顔を上げたまもりは、いまにも泣き出しそうな表情をしていた。
…...あぁ、まもりはあの日のまま、俺に寄り添ってくれていたんだな。
それは同時に、あの日からずっと『まもりを縛っていたこと』に他ならない。
『嬉しい』と『申し訳ない』が混ぜ合わさった感情に胸がざわつく。
噤んだ唇がそっと開き、まもりの想いがこぼれ落ちる。
「...私は、逃げたりしないもん。善人と、ずっと一緒にいるもん」
まもりは涙ぐんだ瞳を隠すこともなく、真っ直ぐに俺を見つめてくる。
「そうだな。俺も、まもりと一緒にいたい」
飾り気のない言葉でまもりに応える。こういう時、余計な言葉はノイズにしかならない。
…あ、待ってこれ。なんだかプロポーズみたいになっちゃってるな。
俺からの突然のプロポーズ?に気付いたまもりは、頬を赤く染めながら顔を伏せてしまう。
そんなまもりの姿を見つめながら、冷静にまもりとの関係を考える。
……正直、まもりとの関係は『友達の延長線上』でしか想像できない。
恋人のそれとは、何かが根本的に違う気がする。
小さい頃からの付き合いだから?長い時間を一緒に過ごしたから?兄妹みたいな感覚?
おそらく一番の要因は、一緒にいると『安心する気持ち』が圧倒的に大きいから、かもしれない。
『ずっと一緒』なんて関係は、友達でも恋人でも難しい。
それを成し遂げるには『幼馴染』という立場が、一番適しているのかもしれない。
「ありがとう、まもり」
ひねりのない言葉で、再び感謝を伝える。
これ以外に伝える術がないのが、少しだけもどかしい。
まもりも、悠人も、本当に俺を大切にしてくれる。自分のことを二の次にして、当たり前のように俺を優先してくれる。
今更だけど、もっと感謝しないとなぁ。
「......今回は許してあげる。善人がいいなら、勝手にすればいいし」
いつもの不愛想な顔に戻ったまもりは、不機嫌そうに窓の外に顔を向けた。
そうだよ、俺たちは幼馴染なんだから。
真面目な話もいいけどさ、やっぱりバカな話をしてた方が健全なんだよ。
「そうだな。まもりもそろそろ、彼氏でも作ればいいよ」
―ピキッ
と、音が鳴った気がした。嫌な予感がして顔を上げると、まもりが感情のない笑顔でこちらを見ていた。
「...へぇ~。そんなこと言うんだ、善人」
あ、これはやばい。恐ろしいほどに目が笑ってない、なんとかしないと。
「いや、まもりはひいき目に見ても可愛いし!うん、断るやつなんていないだろ」
ほとんど脊髄反射で早口にまくしたてる。結果的におべっか使っただけみたいになったが。
…まぁ、嘘はついてない。まもりは顔だけは良い、ってのは事実だし。
まもりは張り付けていた笑顔を消して、少し考えるような素振りを見せる。
どうやら、初期消火には成功したようだ。まもりにバレないように、小さく胸をなでおろす。
ふぅ、と小さく息をつくまもり。
「...あのさ」
俯いたままの状態で声をかけてくるまもり。テーブルの下で指を弄りながら、もごもごと言葉を濁す。
意を決したように顔を上げたまもりは、俺の目をまっすぐ見つめながら口を開いた。
「私。幼馴染、やめるね」
遠くで呼び出しベルの音が聞こえる中、俺は何も言えずにまもりを見つめ返すことしかできなかった。
動き出したひとつの関係は、波紋のように水面を揺らす




