君と彼と彼女の関係
キャンパス内の喫茶店を後にした俺と紗季は、そのままの流れでサークル練習に向かう。
「私も運動用の服とか、買おうかなぁ...」
昨日より少しだけ近い距離を歩く紗季は、雲が多い空を見上げながらつぶやく。
…紗季はおそらく、このままサークル練習を見学する気満々だろうなぁ。
さすがに、紗季と同伴で練習に向かうのは避けたい。いや、だって絶対にイジられるじゃん。
かといって、喫茶店でのあんな会話の後で「やっぱり見学は来ないで」とは、とてもじゃないが切り出しにくい。
「えーっと。紗季はこのまま見学に来る......感じ?」
否定的な文脈にならないように言葉を選びながら、やんわりと紗季に問いかける。
こちらを見上げるようにして顔を向けた紗季は、可愛らしく首をかしげて真っ直ぐに見つめ返す。
「うん、一緒に付いていくつもりだけど...ダメ?」
あ、ダメですね。それ反則です。心の中で手に持ったイエローカードを高く掲げておいた。
「いいけど、覚悟だけしといてね」
キョトンとした顔で俺を見つめる紗季を横目に、俺はすべてを諦めて無敵となった。
この後、盛大にサークルメンバーにイジられた。
◇
「じゃ、またね。今日はありがと」
「うん。帰り、気を付けて」
騒がしく音を立てる駅の改札内。通行人の邪魔にならない隅の方で、紗季と向かい合って別れの挨拶を交わす。
紗季は名残惜しそうに微笑みながら、小さく手を振ってホームへの階段に足を向けた。サークル練習の程よい疲れを感じながら、ぼんやりと遠ざかる紗季の背中を見送る。
…さて、帰りますかね。なんだか今日は長い一日だった。
紗季とは反対方向のホームに向かって足を進める。疲れて重くなった身体に力を込めて、1つ飛ばしで階段を駆け上がる。
勢いよくホームに到着したものの、残念ながらまだ電車は来ていないようだ。いつもの乗車口に向かいながら、バッグの中のスマホを手にする。
『お邪魔してるよ。部屋の掃除しとくね』
悠人からのメッセージに、今日はまだまだ長くなりそうだなぁ、と嫌な予感がした。
◇
「善人、今日の密会はどうだったの?楽しかった?」
ベッドにちょこんと腰掛ける悠人は、半額弁当と向き合う俺の背中に問いかけた。てか、もう密会じゃないよね?隠せてないからね。
「楽しかったよ。いろいろと...昔話もできたし」
悠人のからかうような質問に、俺はごまかさずに答える。あの頃の話となれば、悠人も当事者の一人だし。
俺のことを心配してくれてるのが分かるから。俺も誠意をもって返すべきだ。
悠人はベッドに預けていた上半身を起こすと、前かがみになりながら俺の顔を覗き込んでくる。
「...そっか。昔話、ちゃんとできたんだ」
整った顔立ちで優しく微笑んでくる悠人。正面から向き合うと勝てない気がしたので、そっと横目で見つめ返す。
「今度、出掛けることになったよ。デートしてくる」
突然の俺のデート宣言に、悠人は珍しく驚いた顔を見せる。すぐに柔らかい表情に戻った悠人は、スッと身体を引いて再びベッドに倒れこんだ。
ちょうど食べ終わった半額弁当の容器を、テーブルの上に放置されていたポリ袋に戻す。
「......善人。なんかちょっとだけ、男らしくなったね」
寝返りをうって背中を向けた悠人は、少しだけ寂しそうにつぶやく。
「俺からデートに誘った」とは一言も言ってないけど、悠人は何となく察したのかもしれない。まぁ、俺が自発的に『デート』って言葉を使うってだけでも、悠人から見れば心境の変化は明らかなのかもしれない。
「...善人って、やっぱり浮気者だね」
悠人はそう言いながら、ふふっと笑みをこぼす。『やっぱり』と言われるほど、前科はなかったと思うんだがなぁ...
テーブルに置かれたリモコンを手にして、垂れ流していたテレビのチャンネルを変える。月曜日は大した番組やってないんだよなぁ、とぼんやり考えながら適当にザッピングする。
ゆっくりとベッドから身体を起こして、俺の隣に降りてくる悠人。
「まもり...たぶん泣いちゃうよ?」
肩が触れ合うほどの距離。耳元でささやくのはやめてください、ビクッてなるんで。
「いや、どっちかというと怒り狂うだろ。まもりは」
脳内でまもりの姿を想像してみても、泣いてる姿はあまり浮かんでこない。
たぶん、つい先日の「今日買った服を着て密会したら殺すから」の良い笑顔が鮮明に残ってる影響もあるとは思う。
「わかってないねぇ、善人は」
悠人はわざとらしいため息をつきながら、テーブルに置かれたペットボトルに手を伸ばす。
(......たしかに。わからないことだらけ、だなぁ)
あの日、自分を守るために引いていた境界線は跡形もなく消え去った。
『これから紗季との関係がどうなっていくか?』なんて、正直自分でも想像できていない。
ペットボトルを傾けて喉を潤した悠人は、静かに俺の肩に首を乗せてきた。
「僕も。そろそろ、決めないとなぁ...」
普段よりもずっと近い悠人との距離に、思わず身体が固くなってしまう。
この距離感だと何を言っても間違いな気がして、消極的に押し黙ることを選んでしまう。
…なんか童貞みたいなムーブだな、俺。うーん、恰好つかない。
そこからゆっくり10秒ほど経った後、悠人は俺の肩から静かに頭を離した。
重さと熱を失った右肩の感覚。テレビから流れる雑音が少し遠くに聞こえる。
「よし!とりあえず、まもりに報告だけしとくね」
先ほどの数十秒が幻だったかのように、悠人はいつもの調子で明るく語りかける。
うん、これでいい。いつもの悠人に、いつもの俺。それだけでいい。
「なるべく言葉を選んでくれよ。誤解がないように」
まぁ誤解もなにも、どうやってもデートではあるんだけど。あとは、まもりが暴動をおこさないように祈るのみだ。
――ピコンッ
心の中で手を合わせる間もなく、テーブルに置かれたスマホから無慈悲な通知音が聞こえた。
そろそろ動かしましょう、物語を




