喫茶店での告白
気だるい月曜日の空気が漂う講義室。定刻通りに1コマ目の講義が終わり、ぞろぞろと移動を始める学生の流れを横目に、ゆったりとノートと筆記用具を片付ける。
この土日はサークル練習に外出と続いたため、なんだか休んだ気がしない週末だった。
講義室の固い椅子から立ち上がり、あくびを噛み殺しながら次の講義へと向かう。
悠人とは午後から合流予定なので、今日は2コマ目もソロ活動になりそうだ。そろそろ幼馴染ズ以外の友人も作るべきかもなぁ、ぼっちは寂しいもんな...
ぼんやりしながら講義室を出ると、ロビーで佇む紗季の姿が視界に入る。
すぐにこちらに気付いた紗季は、一直線に俺の方へと駆け寄ってくる。
「紗季、おはよ。次、ここで講義あんの?」
出てきたばかりの講義室を指さしながら紗季に問いかける。
「おはよう。いや、そうじゃないんだけど...」
挨拶を返しながら、肩にかけていたバッグからスマホを取り出す紗季。
「あのさ。善人の連絡先、教えて...欲しいんだけど」
スマホを差し出しながら、遠慮がちな上目づかいで懇願する紗季。差し出されたスマホ画面には、メッセージアプリのQRコードが表示されていた。
「その......喫茶店に行く予定も、相談したいし」
あ、サークル練習の差し入れのお返しの件か。デートの話をお断りしたので、一緒に喫茶店の話も流れたのかと思ってた。
「喫茶店。俺は今日でもいいけど、どうする?」
「私も大丈夫だよ。善人にまかせる」
連絡先を交換する間に、二つ返事で承諾する紗季。昼時は混雑するから午後の講義が終わってからがいいかもな。
「じゃ、また後でね。楽しみにしてる」
待ち合わせの約束を交わし、俺と紗季はお互いに別々の講義室に向かって歩き出した。
◇
午後から合流した悠人と3コマ目の講義を一緒に受け、あっという間に紗季との待ち合わせの時間が近付く。
「で、今日は篠宮さんとデートすると。いや悪い男だねぇ、善人は」
大げさな身振り手振りで俺をからかってくる悠人。昨日はお前が途中退席したのが悪いんだろ、冤罪だ。
「まもりに報告しとこ。善人くん、とっかえひっかえしてますよ、と」
言いながらまもり宛のメッセージを入力する悠人。また詫びおごりになりそう、もう私の財布のライフはゼロよ。
「俺、もう行くわ。悠人、また明日な」
遊び相手がいなくなって残念そうな表情を浮かべる悠人に手を振りながら、講義室を出て待ち合わせ場所のロビーに向かう。
今いる2階から1階に下りればすぐの距離なので、どうにか遅れることはなさそうだ。
小走りで1階に繋がる階段を下る。無事にロビーに到着して辺りを見渡すが、紗季の姿は見当たらない。
ポケットのスマホを取り出してみるが、特に紗季からの連絡はない。もうちょっと待ってみるか。
スマホをポケットに戻そうとしたタイミングで、息を切らした紗季がロビーの玄関側から駆け寄ってくる。
「遅れて、ごめん。ちょっと、講義が、長引いちゃって」
肩で息をしながら謝罪する紗季。いつも整えられた綺麗な髪が珍しく乱れている。
「大丈夫。俺も今来たところだから。一旦、休憩するか?」
ロビーのソファを指差しながら紗季に問いかけるが、紗季は首を振って「大丈夫」と答える。
「あー、ごめん。俺、トイレ行ってくるわ。ちょい待ってて」
紗季の返事を待たずに講義棟のトイレに足を向ける。背後から「...ありがと」と紗季の声が聞こえた気がした。
◇
「私、ここの喫茶店に来るの、1年の頃以来かも」
窓際の席に座った紗季は、物珍しそうに店内を見渡す。
キャンパス内にあるこの喫茶店は、席数は10席程度の小さなカフェである。軽食からデザートまで取り揃えてあるが、昼食としてのヘビーユーズは難しい。まぁ、金銭的にね。
店内は2席ほど埋まっている程度で、ゆっくりとした時間が流れている。
「善人はケーキ、頼まないの?」
メニュー表をめくりながら、顔を上げてこちらを伺う紗季。さっきまで乱れていた髪は綺麗に整えられており、いつも通りの紗季って感じだ。
「この後、サークル練習あるから。飲み物だけでいいや」
紗季は「そっか、残念」と呟いて、メニュー表をそっと閉じた。
店員にアイスティーとチーズケーキのセットを注文し、静かな時間が訪れる。
大きな窓の外に顔を向けると、講義棟と研究棟の間から綺麗な青空が見えた。午前中は曇っていたけど晴れてよかった。ハンドボールの屋外練習は、雨が降るとマジで終わるから。
「...あのさ。今日も練習、見に行ってもいい?」
俯きがちに、目を合わせずに問いかける紗季。ちょっとだけ表情が固いように見える。
んー、これはさすがに。はっきりと伝えるべき、かもなぁ。
たぶん、紗季のそれは『友人の距離』ではない。ここから先は、さすがに踏み込むべきではないと思う。
『それ以上を望む』って、そんなに軽い話じゃない。
ひとつ大きく息をついて、俺は最適な言葉を選びながらゆっくり口を開く。
「俺は、紗季と友達でいたい、と思ってる」
普通に話して、当たり前に昼飯食べて、たまにこうやってお茶して。それ以上は、正直望んでいない。
たぶん『元恋人』というラベルに囚われてるんだと思う。女々しいことに。悲しいくらいに。
「......私、来月。誕生日なんだ」
唐突に切り出す紗季。いや、それは知ってるけど、元恋人だし。
「......その、誕生日プレゼント。欲しいな、って」
話の流れがまったく読めない。こっそりと紗季の顔色を伺うが、表情はいたって真剣そのものだった。
「えーっと。あんまり高くないモノなら、全然プレゼントするけど」
貧乏学生なので手加減してほしい。そろそろバイトでも始めるべきかなぁ。
「お待たせしました」
絶妙なタイミングで店員が注文の品を運んでくる。とりあえず、冷えたアイスティーに口を付けてお茶を濁す。
向かいに座る紗季は意を決したように顔を上げると、ゆっくりと口を開いた。
「......チャンスが欲しい、です」
絞り出すように、こぼれた一言。
「もう一度、善人と。友達以上になれる......チャンスを」
俯きながら言い切った紗季の肩は、小さく震えていた。
長くなったので切ります。続きはまた後日...




