82. 通力協力!
コーディアとミレイナは宿屋の部屋で待っていたが、朝になってからというもの、二人の間に言葉はほとんどなかった。
互いに、自分と同じくらい張りつめているのがわかっていたからだ。
ミレイナはベッドの端に腰掛け、爪を噛みながら、何度も落ち着きなく時計へ視線を走らせていた。
「お前だけは情報収集と伝令に慣れてる。もし何かおかしいって気づいたら、すぐザヒールへ知らせを送れ。援軍を出せるかもしれないからな」
出発前、アレクにそう言われたせいで、彼女の肩にはさらに重圧がのしかかっていた。
一方のコーディアは、じっとしていられない。
部屋の中を何度も行ったり来たりし、窓辺へ駆け寄っては外をのぞき、かと思えば壁にもたれて、手をこすり合わせながら俯いていた。
昼が近づく頃には、二人の不安は限界まで膨れ上がっていた。
肩を並べて窓辺に立つと、大神殿区の大門がよく見える。
不意に、コーディアが口を開いた。
「……ミレイナ。情報調査局の仕事って、戦場での死者についても調べたりするの?」
あまりに突然の質問に、ミレイナは首をかしげた。
「どういう意味?」
「その……もし兵士が戦場で死んでも、魔獣に殺されたんじゃなかったら……情報調査局って、そういうのも調べるのかなって」
「なんでそんなことを?」
「えっと……戦場では、味方を誤って殺しちゃうこともあるって聞いたことがあって……そういう話、聞いたことない?」
ミレイナは少し考え込んでから答えた。
「味方の誤殺は聞いたことないかな。少なくともザヒール軍じゃ、そうそう起きないと思うよ。四国一の精鋭軍だもん。でも、別の制度なら知ってる。特殊情況処決権っていうの」
「特殊……何?」
コーディアは戸惑ったように目を瞬かせる。
「特殊情況処決権。ザヒール皇帝トーレン・マラキが、前線の指揮官に与えている特別な権限だよ。軍法会議を通さなくても、兵士を処刑できる権利」
まるで法令でも暗唱するように、ミレイナはすらすらと言った。
コーディアは言葉を失った。そんな権利が、どうして必要なのか理解できない。
そんな彼女の様子に気づいたのか、ミレイナは微笑んで、ぽんと腕を叩いた。
「たしかに残酷に聞こえるかもしれないけどね。実際には命令違反とか、反乱を起こした兵士なんかを処分するために使われるの。
軍の規律を守って、ちゃんと命令に従う兵士たちを守るための制度だから、すごくいい法律なんだよ」
コーディアは返事をしなかった。ただ窓の外を見つめ続け、しばらくしてから、小さく言った。
「……私、みんなの様子を見てくる」
宿屋を飛び出した彼女は、そのまま大神殿区の大門へ向かって走った。
頭の中はぐちゃぐちゃで、息が詰まりそうだった。
大神殿区の市はちょうど終わりを迎えようとしていて、大勢の商人たちが門の内側で衛兵の検査を受けていた。門の外には、野次馬たちがぎっしりと集まっている。
コーディアは落ち着かない様子で辺りを見回した。自分が何を探しているのかさえ、よくわからない。
その時、ふと我に返る。
「しっかりしなさい……! 落ち着くのよ! 今は任務中なんだから!」
しゃがみ込み、自分に言い聞かせるように呟く。深く息を吸い込み、ゆっくり吐いてから立ち上がった。
みんな必死で任務をやってる。私だけ、気を散らしちゃだめ。
胸の奥のざわめきを無理やり押し込み、改めて門の方へ目を向けた。
すると、出口の近くにグレン、ソーン、フレデリックの三人が見えた。
衛兵が何か話しかけ、それから荷車の荷物を調べ始める。
しばらくして検査を通ったらしく、三人は荷車を押して門の外へ向かい始めた。
コーディアは駆け寄ろうとしたが、その時、後ろから別の衛兵が三人を呼び止めた。
まずい――!
胸の中で叫ぶ。
荷車の一番下には、逆さに伏せられた植木鉢。
そして、どこか様子のおかしい三人の表情。
直感が告げていた。あの植木鉢だけは、絶対に見せちゃいけない。
何かしなきゃ。
コーディアは地面を蹴った。一直線に飛び込み、グレンたちの荷車へ体当たりしたかと思うと、その勢いのまま衛兵へ突っ込む。
荷車はひっくり返りそうなくらい大きく揺れた。突然の乱入に、その場にいた全員が呆気に取られる。
ほんの数秒。だが、その数秒で十分だった。
フレデリックは身を滑り込ませて荷車と衛兵の間に立ち、倒れそうな荷車を支える。
グレンは足を伸ばし、逆さになった植木鉢を器用に引っかけて持ち上げた。
そしてソーンが素早くしゃがみ込み、その下に隠されていた黄の匣を取り出し、自分の服の中へ滑り込ませた。
「何しやがる!」
驚いた衛兵がコーディアを怒鳴りつけた。
「お願いです! 大教皇様にお会いさせてください! お願いします!」
コーディアは半狂乱になって叫んだ。
「誰かこの気違い女をつまみ出せ! 大教皇に会いたいだと!? そんなもん、お前が言えば会える相手じゃねえ!」
別の衛兵がすぐに駆け寄り、コーディアの髪を乱暴に掴んで門の近くまで引きずっていき、そこから門の外へと力任せに蹴り出した。
「失せろ!」
地面に転がったコーディアへ怒鳴りつける。
「頭のおかしい女だ」
フレデリックの後ろにいた衛兵も吐き捨てるように言い、服を整えると、荷車の下の植木鉢を一つずつ持ち上げて調べ始めた。
だが、下には何もない。
「行け」
衛兵が門の外を指差す。
グレンたちは急いで荷車を押し、今度こそ大神殿区を抜け出した。
三人は路地へ入るまで足を止めず、ようやく人目のない場所へ着いて大きく息を吐いた。
すると、反対側からコーディアも駆け込んできた。
「コーディア!」
グレンが嬉しそうに叫ぶ
「お前の機転のおかげだ! 危うく捕まるところだった!」
「みんな、大丈夫!?」
コーディアは息を切らしながら尋ねた。
「むしろ、そっちこそ大丈夫かよ?」
フレデリックが片目をつぶる。
ソーンはそっと服の裾をめくり、その隙間から黄の匣を少しだけ覗かせた。
四人は顔を見合わせ――
たまらず笑い出した。
◆ ◆ ◆
アレクは茂みの隙間から後ろをうかがい、不審な人影がついてきていないことを確かめると、仲間たちへ合図を送った。
それを受けて、一行は再びサマンとナディラの国境に広がる黒い森へと足を踏み入れる。
大神殿区の裏門から、庭師に変装したアレクとエリオが無事に脱出し、宿屋で全員が合流したあと、彼らはそのままザヒールへの帰路についた。
道中、誰もあまり口を開かなかった。みんな、とにかく一刻も早くサマンを離れたい一心だった。
黄の匣は交代で持ち運び、夜になって宿屋へ泊まる時も、七人全員が同じ部屋で休む。そして必ず二人が起きて見張りに立つ。
そんな張りつめた行軍を続けたおかげで、一行は思った以上の速さでサマン国境まで戻ってくることができた。
旅の途中、これといった異変は見当たらなかった。だが、アレクの胸の不安は消えない。
道すがら、ヘイゼルからの連絡や暗号が残されていないか、彼は細心の注意を払って探し続けていた。しかし、何も見つからなかった。
この沈黙が吉と出るか凶と出るかは分からない。
ヘイゼルが自分への疑いを避けるため、あえて連絡を絶っているのか。
それとも――サマンに捕まり、何一つ伝えられなくなっているのか。
ザヒールでは、サマンへ送り込んだスパイを守るために、ある決まりが設けられている。
スパイは情報を送ることができる。だが、ザヒール皇帝とごく一部の極秘関係者を除けば、軍の側から能動的にスパイへ連絡を取る手段は遮断されている。
その仕組みのせいで、今のアレクにはヘイゼルの安否を確かめる術がなかった。
ただ、推測することしかできない。
どうか、無事でいてくれ……。
アレクは心の中でそう願った。
グレンの言った通りだ。デイモンが研究室へ戻れば、黄の匣がすり替えられていることなど、すぐに気づくはず。
今ごろ大神殿区では、この件の捜査が始まっているに違いない。
もっとも、自分たちが大神殿区で行動していた間、ヘイゼルとは一度も直接接触していない。彼女に疑いがかかる可能性は、できる限り低くした……はずだ。
頼む……。どうか、お前だけは無事でいてくれ……。
そう祈っていた、その時だった。突如、前方を歩いていたフレデリックの叫び声が、アレクの注意を引き戻した。
「おーい! ナディラに戻ってきたぞー!」
ご覧いただきありがとうございます。
【更新スケジュールのお知らせ】
● 毎週 【日・月・火・木・金】18:10 更新
ぜひブックマークして、続きをお楽しみいただけると嬉しいです。
本作を気に入っていただけましたら、評価(★★★★★)やご感想、レビューなどをいただけると大変執筆の励みになります。




