↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
PR
82/84

81. 相次ぐ誤算

「あれ、あれってグレンとソーンじゃないか?」


エリオは目を細め、聖啓院の中央研究塔の外壁を見上げた。二つの人影が、石壁を伝って上へ上へとよじ登っている。


「どうやら、聖啓院の中は思ったほど順調じゃなかったみてぇだな」

アレクは眉をひそめた。


懐中時計を確認する。まだ二十分ちょっとしか経っていない。


グレンとソーンは外壁を登るぶん時間を食うだろうが、計画通りならデイモン・ウォーカーが昼食を終えて戻る前には、十分脱出できるはずだった。


やがて二人の姿が最上階の窓の向こうへ消える。

その光景を見て、アレクたちはようやく小さく息をついた。


しばらくその場で待ちながら、二人は雑草を抜くふりをして周囲を警戒していた。


ふと、エリオの目に、聖啓院へ向かって歩いてくる人影が映る。

目を凝らした次の瞬間、心臓が跳ねた。


「ブレイ団長、あれ……デイモン・ウォーカーじゃありませんか!?」

エリオが緊張した表情で指差した。


アレクもそちらを見る。


間違いない。

デイモン・ウォーカーが、一人で聖啓院へ戻ろうとしていた。


「くそっ! まさか予定より早く戻ってくるとは!」


アレクは低く毒づき、両手を口元へ添える。そして鳥の鳴き声そっくりの細長い口笛を吹いた。


一回。


二回。


三回。


その瞬間、遠くで鐘が鳴り始めた。鐘の音が口笛をかき消してしまう。


なんて間の悪い――。


アレクは焦る気持ちを抑え、辛抱強く鐘が鳴り終わるのを待つと、もう一度口笛を吹こうと手を口元へ運んだ。

だが、その頃にはデイモン・ウォーカーはすでに聖啓院の中へ入ってしまっていた。


「ねえ!」


背後から若い女性の声がした。

振り向くと、侍女服を着た娘が立っていた。


「ゲイリー教皇様がお部屋に香りのない花を飾りたいとおっしゃってて、裏庭で探してくるよう頼まれたんです」

侍女はにこりと笑った。


「か、香りのない花?」

アレクは一瞬、頭が追いつかなかった。


「そうなんです。前の花は香りが強すぎて、瞑想の邪魔になるって」

侍女は両手をこすり合わせながら言う

「面白いですよね? わたし、みんな香りのある花の方が好きだと思ってました」


……頼む、今だけは来ないでくれ。

アレクは心の中で頭を抱えた。


「花なら、こちらでゲイリー教皇様のところへお届けしますよ」

エリオが侍女に声をかけた。


「あら~、今すぐ持って行っちゃだめですか?」


「えっと……その、選ばないといけなくて。それに手入れも……そう、少し剪定してからお持ちします」

自分でもしどろもどろだと思いながら、エリオは必死に言葉をつないだ。


「そうですか」


侍女は少し残念そうに振り向く。だが、二歩ほど歩いたところでまた振り返った。


「その花、どんなお花なのか、一目だけ見てもいいですか?」

侍女は期待に満ちた顔をしていた。


だが、アレクとエリオの視線は、その向こうの聖啓院に釘付けになっていた。


グレンとソーンが、中央研究室の窓の外にぶら下がっていたのだ。

足を宙に投げ出し、壁に足場を探そうと必死にもがいている。


侍女は二人の様子を不思議そうに思い、振り返ろうとした。


「そ、その! 花を見に行きましょう! ほら、庭ですよ、庭!」

エリオは慌てて声を上げ、侍女の視線を引き戻した。


「本当ですか!? わぁ、よかった!」

侍女は嬉しそうにエリオの後をついていった。


アレクは再び中央研究塔を見上げた。

ちょうど二人の黒い外套が、窓の向こうへ消えていくところだった。


その場で数分待つ。時間が止まってしまったように長く感じる。


ようやく、聖啓院の入口からグレンとソーンの姿が現れた。そこへエリオも戻ってくる。


「あの侍女、ようやく追い払えたよ」


グレンとソーンは平静を装いながら、足早にアレクのもとへ向かった。


中央研究室では、あと一歩でデイモン・ウォーカーと鉢合わせになるところだった。

だが、運よく外の衛兵がデイモンを呼び止めてくれたおかげで、ほんの数秒の隙を突いて窓から逃げ出せたのだ。


「あの偽物の箱……重さが違う」

グレンは息を切らしながら言った

「きっとすぐにすり替えに気づかれる」


アレクは静かに頷いた。

「お前たちは予定通り撤退しろ。こっちの後始末は俺とエリオがやる」


グレンとソーンは急いでサマンの狩魔師の制服を脱ぎ、本来の行商人の服へ着替えた。

そして黄の匣を荷車から持ってきた植木鉢の中へ隠し、市場広場へ戻る。ちょうど市が終わる時間だった。


一方、アレクとエリオは、まだ気絶したままの二人のサマン狩魔師に制服を着せ直し、裏門の衛兵のもとへ向かった。


二人の狩魔師が魔獣に襲われた、と報告するために。



◆ ◆ ◆



「次! そこのお前ら、花屋!」


門番の怒鳴り声に、グレンたちは自分たちが呼ばれたのだと気づいた。

フレデリックが慌てて荷車を押し、グレンとソーンもぴったり後ろにつく。


大神殿区を出る者まで、ここまで厳しく検査されるとは思ってもいなかった。


市が終わり、行商人たちは門へと追い立てられていく。グレンたちは人混みに紛れていた。黄の匣は、彼らが押す売り物の荷車の中にある。


市場の混雑で隠す時間もなく、とりあえず一番下へ押し込み、逆さにした植木鉢をかぶせてあるだけだった。


「市も終わったんだし、この場所を出ちまえば一安心……だよな?」

フレデリックが言う。


グレンとソーンも黙って頷いた。


ところが、予想に反して行商人たちは門を抜けていかない。一人、また一人と門番に呼び止められていた。


「俺たち、大神殿区から出るだけだろ? 何をそんなに調べるんだよ」

フレデリックが小声でぼやく。


「ミレイナの話じゃ、サマンの大教皇は疑り深い性格らしいからな」

グレンは苦笑しながら、さりげなく後ろを振り返った。幸い、追手らしき姿は見えない。


その時、門の方が騒がしくなった。

ある行商人の荷車から、銀色の徽章が見つかったのだ。どうやら大聖堂の役人が持つ身分証らしい。


「これは大神殿区の品だ! 貴様、これを外へ持ち出そうとしたな!」

衛兵が怒鳴る。


「だ、大人! 冤罪です! 本当に、どうしてこんな物が荷車にあるのか、私にも分からないんです!」

男は真っ青になってひざまずいた。


だが、衛兵は聞く耳を持たない。一声命じると、哀れな行商人は他の衛兵たちに引きずられていった。


グレンたちは不安げに顔を見合わせた。どう切り抜けるべきか考え始めた、その時。


「花屋! 番号は?」

衛兵が怒鳴った。


「五十一番でございます、お役人様」

フレデリックは朝にもらった木札をポケットから探り出し、手渡した。


衛兵は手帳を見て、三人の顔を見比べ、何かを書き込む。そして身体検査を始めた。怪しい物を持っていないと確認すると、今度は荷車へ手を伸ばす。


上に積まれた鉢植えを持ち上げて下を覗き込み、種の入った麻袋を開けて中を探る。やがて元の位置へ戻した。


頼む……!

もう終わってくれ……!

グレンは胸の内で祈った。


衛兵は再び手帳に何かを書き込み、脇へどいた。そして門の外を手で示した。


助かった……!

グレンは心の底から安堵し、急いで荷車を押し始める。


数秒後。ついに三人は大神殿区の門をくぐり抜けた。


その時だった。


「待て!」

背後から鋭い怒声が飛ぶ。


別の衛兵が横から飛び出し、手にした長槍で三人の行く手を塞いだ。


「その下に積んである物は何だ? 持ち上げて、見せてみろ」

ご覧いただきありがとうございます。

【更新スケジュールのお知らせ】


● 毎週 【日・月・火・木・金】18:10 更新


ぜひブックマークして、続きをお楽しみいただけると嬉しいです。

本作を気に入っていただけましたら、評価(★★★★★)やご感想、レビューなどをいただけると大変執筆の励みになります。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。