78. 五十一番の行商人
サマン大神殿区の城門前は、人でごった返していた。門の脇には、いつにも増して多くの衛兵が立っていた。
今日は日曜日。大神殿区の城門が週に一度だけ開かれる日だ。
この日になると、荷車を引いた行商人たちが大神殿区の大広場へ入り、中で働く役人たちを相手に品物を売ることが許される。
行商人たちは、この日こそ大儲けの好機だとばかりに、自慢の商品を持ち寄っていた。
木の食器、陶器の皿や椀、アクセサリー、本、毛織物、壁掛け、ガラスの器――誰もが教皇の目に留まることを願っている。
ソーン、グレン、フレデリックも荷車を押していた。
荷台には、珍しい草花の鉢植えや細工の美しい陶製の植木鉢、それに小分けされた種袋が並んでいる。
三人ともサマンの民と変わらない身なりをして、人混みに紛れていた。周囲には見物人の姿も多い。
大神殿区の休日市は、異様なほど警備が厳しかった。行商人は全員、門前で足止めされ、身分証の確認、人員の照合、そして売り物の中身まで細かく記録される。
グレンは、前の商人が検査される様子を見ながら眉をひそめた。
ここまで徹底されると、さすがに落ち着かない。
やっと自分たちの番が来る。三人は一人の衛兵の前へ進み、用意しておいた偽の身分証を差し出した。
疲れた顔の衛兵は、それを素早く確認し、手元の帳面に何かを書き込む。
「荷車の中身は?」
横目で荷車を見ながら尋ねた。
「南方産の珍しい花や種、それから植栽用の器でございます」
グレンは丁寧に答えた。
衛兵は荷車の周りを一周し、種袋をしゃがんで漁り始めた。
その時、隣から別の衛兵の怒鳴り声が聞こえてくる。
「お前は入れん! 次!」
革靴や長靴を山積みにした商人が慌てて頭を下げた。
「お願いします、お役人様! どれも最高級の鹿革靴でございます! きっと教皇様にもお気に召していただけます!」
商人は一足の短靴を差し出した。
「靴屋ならもう二組入れたんだ。来週また来い!」
衛兵はうんざりした様子で手を振った
「次!」
グレンとソーンは顔を見合わせ、それから自分たちを調べていた衛兵へ視線を戻す。
幸い、衛兵はもう立ち上がっていた。小さな木札を差し出す。
「五十一番だ。入れ」
三人は荷車を押して広場へ入り、空いた場所に店を構えた。
フレデリックは落ち着かない様子で、あちこち見回し始める。
「やめろよ、フレデリック」
ソーンが小声で言った
「そんなにキョロキョロしてたら不自然だ」
「でもさ、本当に客が来たらどうする?」
フレデリックは困った顔をした
「アレクが作戦を説明してた時、値段はいくらで売ればいいとか言ってなかっただろ?」
「勘弁してくれよ、フレデリック」
ソーンは呆れて白い目を向けた
「適当でいい。好きな値段で売れ」
「いや、俺はただ……ほんとにこんなんで上手くいくのか?」
フレデリックは眉を寄せた。
ソーンはもう返事をする気もなく、グレンと並んで立った。客が近づけば、他の商人を真似して声を張り上げる。その一方で、周囲を注意深く観察した。
アレクは「誰かが来て、次の指示を出す」と言っていた。だが、待てど暮らせど、それらしい人物は現れない。
やがて昼近くになった頃、大きな麦わら帽子をかぶった庭師がやって来た。
品物を見回したあと、下の方に置かれた薄茶色の植木鉢を指差す。
「大聖堂の庭には低木が植えてあってね。ちょうど新しい鉢が欲しかったんだ。この茶色い鉢、低木を植えるのに向いてるか?」
三人は、その声に気づいた。
「ええ、もちろんです」
グレンがすぐに答える
「どれも上等な品で、とても丈夫ですよ。ご覧の通り、模様も細かくて見栄えがいたします」
「なるほど」
庭師は頷いた
「上の者にも相談したいが、その前に裏の庭へ持って行って、実際に並べてみてもいいか?」
「もちろんです。私たちも運ぶのをお手伝いいたします」
グレンとソーンは、それぞれ植木鉢を三つずつ抱え、庭師の後について大神殿区の奥へ向かった。
だが、広場の端で衛兵に槍を突き出される。
「商人はこの先の大聖堂区画には入れん」
「この者たちは植木鉢を庭へ運んでくれるのですよ」
庭師が穏やかに説明する
「低木に合うかどうか、私が確かめろと命じられておりましてね」
衛兵は鉢を見て、それから庭師の顔を見た。やがて槍をどける。
「通れ」
ソーンとグレンは庭師に連れられ、奥の庭園へ入った。建物の影になっていて、人目につきにくい場所だ。
少し離れた裏門には二人の衛兵が立っている。他には、もう一人庭師がいるだけだった。
植木鉢を地面に下ろすと、庭師は麦わら帽子を少しだけ持ち上げた。
その帽子の下から覗いたのは、エリオの特徴的な、黒と紫のオッドアイだった。
「服はあそこだ」
エリオは近くの茂みを指差した
「今のうちだ!」
ご覧いただきありがとうございます。
【更新スケジュールのお知らせ】
● 毎週 【日・月・火・木・金】18:10 更新
ぜひブックマークして、続きをお楽しみいただけると嬉しいです。
本作を気に入っていただけましたら、評価(★★★★★)やご感想、レビューなどをいただけると大変執筆の励みになります。




