74. 心に植え付けられた不安の種
エリオとグレンは必死に周囲の森や茂みを捜し回った。
だが、どこにもコーディアの姿はない。
やがて太陽は沈みかけ、辺りは夕闇に包まれ始める。
絶望した二人は、やむなく仲間たちと合流するしかなかった。みんなの力を合わせて、コーディアを見つけ出せることを願いながら。
道中、二人ともほとんど口を開かなかった。
任務は完璧に成功したと思っていた。
双子の姉妹を救い出し、母親とも再会させることができた。
なのに最後の最後で魔獣にしてやられた。
コーディアを失った。どこへ連れて行かれたのかさえ分からない。
ようやく仲間たちと合流すると、アレクが怪訝そうな目で二人を見た。
エリオもグレンも、その視線をまともに受け止められない。
最悪だ。よりによって、なぜ連れ去られたのがコーディアなんだ。
ザヒール軍の人間なら誰でも知っている。アレク・ブレイ団長が一番大切にしているのはコーディアだ。実の妹のように可愛がっている。
そのコーディアを、自分たちは任務中に見失ってしまった。
「それで」
アレクが低い声で尋ねた
「任務はどうだった?」
本当に聞きたいことは別だった。
――コーディアはどこだ?
「ぼ、僕たちは……」
グレンがうつむいたまま答える
「双子の姉妹を救出しました。それから……お母さんも……で、でも…」
「……ん?」
アレクはたった一言しか返さなかった。だが、その声は背筋が凍るほど恐ろしかった。
ソーンは眉をひそめてエリオとグレンを見ている。
フレデリックは落ち着かなさそうに遠くを見回していた。
ミレイナは不安そうにアレクを横目で見ている。
エリオはようやく意を決した。
「コーディアが……」
喉が詰まる。
「魔獣に連れ去られたみたいなんです。森中を探したんですけど見つからなくて、それで僕たちは……」
「それで?」
アレクが遮った。
怒鳴り声ではない。激怒しているようにも聞こえない。むしろ静かだった。だからこそ恐ろしい。
エリオは緊張しながらグレンを見た。グレンもかすかに震えている。
「ブレイ団長……本当に申し訳ありません」
グレンが声を絞り出す
「みんなと合流して、総力で捜せないかと思って……まだ遠くまでは行ってないかもしれませんし……ぼ、僕たちは、魔獣が彼女を人質にするつもりなんじゃないかって……」
アレクはゆっくり二人へ近づいた。あまりにも近い。
鋭い視線が二人を射抜く。そして静かに手を上げた。
エリオは思わず身を固くする。今にも平手打ちが飛んでくる気がした。
「おい、あれコーディアじゃないか?」
突然フレデリックが後ろを指差した。
全員がそちらを振り向く。
濃くなる暮色の中、コーディアが肩を落とし、うつむきながらこちらへ歩いて来ていた。
アレクはエリオを押しのけるように駆け出した。
「何があった!?」
焦った声で問いかける。
「別に……何も」
コーディアはうつむいたまま答えた。
「魔獣に連れ去られたって聞いたぞ? 怪我はないのか?」
「ない」
コーディアは言った。徐々に集まってくる仲間たちの姿が目に入った瞬間、彼女の顔に、突如として激しい感情の昂ぶりが走った。
「コーディア、大丈夫?」
ミレイナがそっと彼女の青白い腕を握る。優しく問いかけた。
「うん……大丈夫」
コーディアは答えた
「ただ……少し疲れただけ」
そして突然アレクの方を向く。その口調はどこか子供のようだった。懇願するように言う。
「少し休めないかな? 本当に疲れたの」
アレクは違和感を覚えた。だが何が引っかかるのか分からない。ただ一つだけ確かなのは――
コーディアは任務中にこんな話し方をする人間ではない、ということだった。
「もちろんだ」
アレクは頷いた
「今日はみんなよく頑張った」
仲間たちを見回す。
「ミレイナもまだ体力が戻っていない。安全な場所を探して野営しよう」
◆ ◆ ◆
焚き火を囲みながら、一行は温かな食事を口にし、とりとめのない話を交わしていた。
今日という一日は、誰にとっても長かった。だが、考えてみれば、サマンへ来てまだ二日目に過ぎないのだ。
「グレン、エリオ……ありがとう」
ミレイナはパンを手にしたままグレンの隣へ腰を下ろし、二人に感謝の言葉を向けた
「私も少し申し訳なくて……私のわがままなお願いのせいで、皆さんにたくさん迷惑をかけてしまった気がして……」
「そんなこと言うなよ」
グレンは首を振った
「俺たち、あの姉妹を助けに戻って本当に良かったって思ってる。最後はみんな無事だったし、それで十分さ」
「そういえば、最初に『戻って様子を見よう』って言い出したのはグレンだったよな」
エリオは笑いながら、ぽんとグレンの肩を叩いた
「あれがあったから、俺も一緒に行こうって言う勇気が出たんだ」
「いやぁ、大したことじゃねぇよ」
グレンは照れくさそうに頭をかいた
「ただ……俺たちがやるべきことだと思っただけさ。全力を尽くして、あの子たちを救い出す。それだけだ」
そう言うと、彼は焚き火を見つめたまま、遠い昔へ思いを馳せる。
「エリオ、覚えてるか? ナディラの宮殿で、俺が子供の頃の友達の話をしたのを。ルシアン・ウードとエレイン・ウードって兄妹のこと」
エリオは頷いた。
「ああ。兄妹だったけど、魔獣に襲われて……って話だよな」
「そうだ」
グレンの表情が陰る
「あの時、村のみんなで必死に辺りを探した。でも、ルシアンもエレインも見つからなかった。だから結局、みんな……魔獣に食われたんだろうって諦めた」
グレンは小さく息をついた。
「でもさ、この十一年間、時々考えちまうんだ。もし、あの時もう少しだけ諦めずに探していたら。
もう一度だけでも探していたら。もしかしたら……あいつら、まだ生きてて、俺が助けに来るのを待ってたんじゃないかって」
エリオは黙り込んだ。
今日、柱に縛りつけられていたあの二人の少女の姿が頭をよぎる。どれだけ怖くて、どれだけ心細かっただろう。
「だから今日、ブレイ団長に『戻りたい』って言った時もさ」
グレンは息を吐き、少し笑った
「まだ助けられたかもしれない子を、勝手に『もう死んだ』って決めつけて、救う機会を失う……そんな後悔は、もうしたくなかったんだ」
そう言ったグレンの顔には、どこか救われたような穏やかさが浮かんでいた。
エリオは黙って手を伸ばし、グレンの背中を軽く叩く。
そして、気持ちが分かるというように微笑んだ。
焚き火の反対側では、フレデリックがまたソーンをからかっていた。そのせいでソーンはすっかり機嫌を悪くしている。
一方のアレクは、そんな騒ぎなど気にも留めず、黙々と自分の夕食を食べていた。
ただ一人、コーディアだけは天幕の中にいた。
食欲はまるでない。ただ、疲れていた。ひどく、ひどく疲れていた。
横になり、小さく体を丸める。せめて少しでも眠れたら。
そう思うのに――。
頭の中はぐちゃぐちゃで、どうしても眠りにつくことができなかった。
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