69. 予期せぬ再会
生贄が見知らぬ旅人たちに突然さらわれたことで、祭りの場は大混乱に陥っていた。
祭司は祭壇の上で硬直したまま立ち尽くしていた。どう対処すればいいのかわからない。
年に一度のこの奉献の儀を取り仕切るようになって、もう三十年以上になる。
だが、こんな事態は一度たりとも経験したことがなかった。
「神がお怒りになるぞ!」
誰かが人混みの中で悲鳴を上げた。
それをきっかけに、人々は泣き出し、嘆き始める。
祭司は唇を噛んだ。
残る二つの供物はどうすればいいのだろう。
父から祭司の役目を引き継いだ時も、儀式が途中で中断された場合のことなど教わっていなかった。
そして今や、正午は過ぎようとしている。
奉献の日における吉刻は、すでに失われていた。
祭司は震える手を第四の供物が縛られた柱へ伸ばした。
布を外すべきなのか。
だが、本当にそれでいいのか。
本来、奉献の儀は一切滞ることなく進まねばならない。供物は一つずつ神の使者に連れ去られ、そのすべてが瞬く間に終わる。
それこそが神が彼らの奉献を受け入れた証であり、村に一年の加護を与えるという意味だった。
だが今、その流れは断たれている。これは神の御意思なのか。
神はこの村を見放したということなのか。
呪いが下るということなのか。
自分はどうすべきなのだ。
一歩でも誤れば、すべてを最悪の結末へ導いてしまうのではないか。
祭司がなおも迷っていると、人々の間にざわめきが走った。
小柄でふくよかな女が、よろめきながら群衆をかき分けて前へ飛び出してくる。そして祭壇の前で膝から崩れ落ちた。
「お願いします……! どうかあの子たちをお許しください! 私の子供たちを助けてください!」
女は泣きながら祭司へ懇願した。
祭司は軽蔑するような目で女を見下ろした。
「連れて行け」
たくましい男たちが二人前へ出る。左右から女の腕をつかみ、そのまま後ろへ引きずった。
女は抵抗しようにも力が及ばない。それでも必死に叫ぶ。
「お願いします! あの子たちを助けてください! 神はあの子たちを連れて行こうとはしていません! これは神のお考えです――」
言い終わる前に、一人の男が容赦なく女の頬を張った。乾いた音が響く。
「無礼者が! 化け物を二人も産んだだけでも罪深いというのに、神のお考えを勝手に語るとは何事だ!」
男は怒鳴りつけた。
「ち、違います……申し訳ありません……私は神を侮辱したわけでは……ただ……お願いです……どうか……」
女は赤く腫れ上がり、激しく火照った半辺の顔を押さえながら、それでもなお祭司へ訴え続けようとした。
祭司はその光景を見つめていた。
そして、不意に答えが見えた気がした。
「皆、落ち着きなさい」
咳払いを一つしてから、再び群衆へ向き直る
「そうだ。我々は正しいことをしている。そして正しいことは、規則に従って最後まで成し遂げなければならない」
彼は力強く言い放った。
「今日、我々はこの二つの不完全な命、この世に属するべきではない命を神へお返しするのだ。
たとえ奉献が中断されたとしても恐れる必要はない。我々は最後までこの奉献任務を成し遂げねばならない」
祭司は素早く第四の柱と第五の柱を覆っていた布を引き剥がした。
そこには二人の少女が縛り付けられていた。
一人は脚が萎縮し、自力では歩けないように見える。もう一人は、目の光を失っていた。
祭司は両腕を広げる。
「皆よ、祈りを捧げよう」
静まり返った広場に声が響いた。
「今一度、最も敬虔な心をもって、神の使者が我らの奉献を受け入れてくださるよう願おうではないか」
◆ ◆ ◆
ムムロはコーディアを見つめていた。
間違いない。ムムロは彼女のことを覚えていた。
前に第一要塞で出会って以来、その姿はずっと記憶に残っている。
だが、まさか再び巡り会うとは思わなかった。
ましてやコーディアが、自分を銃弾から守るために身を投げ出すなど、想像もしていなかった。
かつて彼女の母親がムムロを守ってくれた時と同じように。
ムムロは立ち上がると、まるで距離を置くようにゆっくりと数歩後ずさった。コーディアが呆然と立ち尽くす中、ムムロは静かに、本当に静かに溜息を漏らす。
そして屋根へ飛び上がると、短い口笛のような鳴き声を発した。
その合図を聞いた魔獣たちは、一斉に攻撃を止めた。
次々と屋根へ飛び乗り、ムムロの後を追うように撤退していく。
「何が起きたんだ?」
戦いが止んだのを見て、フレデリックが戸惑った声を上げた。
「魔獣たちが退いたんだ」
エリオは呆然としたまま答えた。
「コーディア! 弾が当たったのか!?」
アレクが慌てて駆け寄る。
「大丈夫。ただのかすり傷よ」
コーディアは平静を装いながら皆のもとへ戻った。
だが胸の内は混乱していた。
自分はいったい何をしたのだろう。
考える暇もなく、反射的に魔獣を守ってしまった。
魔獣は人を容赦なく殺す獰猛な存在だ。さっきだって、生贄をあんなにも残酷に引き裂いていた。これから先も多くの人を殺していくだろう。
かつて自分の両親を殺したように。
両親も、あんなふうに食い殺されたのだろうか。
コーディアはそれ以上考えたくなかった。それでも思い出してしまう。初めて幻域へ足を踏み入れた時、自分たちを見逃したのはムムロだった。
もしムムロがいなければ、自分たちは生きて幻域を出られなかったかもしれない。
魔獣の残虐さにも例外があるのだろうか。
ムムロはかつて、コーディアの母親に命を救われたと言っていた。
そして今、自分は同じことをした。
だが、それは本当に正しかったのだろうか。
頭の中がぐちゃぐちゃだった。
「魔獣が退いた? なんでだ? お前たちが追い払ったのか?」
フレデリックが再び尋ねる。
「……まあ、そんなところね」
コーディアはどこか上の空で答えた。
エリオもグレンもソーンも何も言わない。
三人もまた、あの魔獣がムムロだと気づいていた。そして今、コーディアと同じ葛藤を抱えていた。
彼らの心には、図らずも一抹の疑念がよぎっていた。
先ほどの戦いで、自分たちが刃を交えたのは、果たして敵だったのだろうか。それとも、恩人だったのだろうか。
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