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68. 数秒の奇襲

魔獣の姿が見えないアレクとフレデリックも、仲間たちの表情を見てすべてを悟った。


――村人たちが神の使者と呼んでいるもの。

それはただの魔獣だった。


数体の魔獣が稲妻のような速さで最初の供物へ飛びかかる。

その中で最も速かった一体が、真っ先に鋭い爪を振るった。

牛の体が引き裂かれる。


魔獣の見えない人々には、牛の肉片と血飛沫だけが宙に浮かび上がったように見えた。

そして次の瞬間には、それらは高く空へ放り投げられ、瞬く間に消えていく。


その牛は六体の魔獣によって食い尽くされた。

食事を終えた魔獣たちは、近くの屋根へ飛び乗り、その上に身を伏せる。


そこでエリオたちはようやく気づいた。

いつの間にか広場を囲む家々の屋根には、数多くの魔獣が集まっていたのだ。


立っているもの。座っているもの。しゃがみ込んでいるもの。

まるで見世物でも眺める観客のように、祭壇を見下ろしている。


「……何匹か、見覚えのある魔獣がいないか?」

エリオが自信なさげに呟いた。


「ああ」

ソーンが頷く

「俺も見た覚えがある。幻域で遭遇した連中だ……」


その間にも祭司は素早く二本目の柱を覆う布を引き剥がした。

そこに縛られていたのは、ひどく年老いた男だった。


皺だらけの皮膚。真っ白な髪。今にも息絶えそうなほど衰弱している。


そして次の瞬間。再び複数の魔獣が一斉に飛びかかった。


老人の体は一瞬で引き裂かれ、食い散らかされる。

鮮血が再び雨のように降り注いだ。


エリオは見てしまった。

老人の首が高く空へ投げ上げられるのを。その虚ろな瞳を。


それを見た瞬間、吐き気が喉元まで込み上げる。

心臓を思い切り殴られたような衝撃だった。


その耳元では、村人たちの歓声が爆発するように響いていた。

だが今のエリオたちに気を緩める余裕はない。


瞬きすらできない。呼吸すら忘れそうになる。

全員がアレクを見つめていた。そしてアレクは、第三の柱だけを見据えていた。


祭司が三本目の柱を覆う布へ手をかける。

布が落ち始めた、その一瞬。アレクは見た。

ミレイナを。


頭頂部から覗いた金色の髪。それだけで十分だった。あれは間違いなくミレイナだ。


アレクの口元がわずかに動く。

誰にも気づかれないほど小さな変化だった。だが、それが合図だった。


三本目の柱を覆っていた布が地面へ落ち切る前に。

四人の狩魔師が同時に人混みから跳び上がった。


彼らはミレイナを縛り付けた柱を取り囲む。

そこへ魔獣たちが襲いかかってきた。


その瞬間。

ソーンの剣が閃く。

ミレイナの喉へ一直線に伸びてきた魔獣の爪を、力任せに叩き斬った。


コーディアは空中で体をひねりながら回し蹴りを放ち、接近してきた魔獣へ重い一撃を叩き込む。

そのまま空中で剣を逆手に持ち替えると、魔獣の首筋へ力任せに突き立てた。


そしてエリオは真っ直ぐにミレイナを縛る太い縄へ斬りかかった。


縄が切れる。


他の三人が魔獣を食い止めている間に、エリオは素早くミレイナを肩へ担ぎ上げた。


同時に手にしていた剣を空中へ放り投げる。空いた手で柱の頂部を掴み、その勢いのまま体を振る。


柱を支点に大きく宙を舞うと、手を離した瞬間、落ちてきた剣を空中で鮮やかに掴み取ってみせた。


祭壇脇の足場へ着地。そこからさらに跳ぶ。人垣を飛び越え、一気に広場の反対側へ駆け抜けた。


アレクの作戦は成功した。

村人たちが何が起きたのか理解するより早く。エリオたちはすでに人混みを突破していた。


四人の狩魔師による救出は、一切の無駄がなかった。

エリオは隣を走るグレンへちらりと笑みを向ける。


やはり幻域で死線を共に潜り抜けた経験は大きい。

言葉を交わさなくても通じるほどの連携が、すでに彼らの間にはできあがっていた。


だが、事は彼らの思惑どおりには進まなかった。

広場を囲んでいた魔獣たちが、一斉に追ってきたのだ。背後から鋭い咆哮が響く。


真っ先に狙われたのはフレデリックだった。

何かが近づいてくる気配だけは感じる。だが見えない。


慌てて身を引いた拍子に足をもつれさせ、そのまま地面へ倒れ込んだ。

振り返った瞬間、視界を一筋の光が横切る。


コーディアの剣だった。彼女は正確に一体の魔獣へ斬りかかっていた。


「フレデリック! 大丈夫!?」

コーディアが叫ぶ。


「俺には魔獣が見えねぇんだよ!」

フレデリックは恐怖に顔を歪ませ、狂ったように吼えた。


周囲では狩魔師たちが、見えない悪魔へ向かって剣を振るっている。

その光景は、知らない者から見れば狂気そのものだった。


「ミレイナを頼む!」

エリオはフレデリックのもとへ駆け寄り、肩に担いでいたミレイナを降ろした。


「壁際へ行け!」

そう叫ぶ。


だがフレデリックが動くより早く、アレクが飛び出していた。


アレクは片手でフレデリックを掴み上げる。もう片方の腕でミレイナを抱える。

そして最も近い家の壁際まで一気に駆けた。


二人を地面へ降ろすと、その場で片膝をついた。腰から拳銃を抜く。

「方角を寄越せ!」

怒鳴るように叫んだ。


「二時方向、高め!」

コーディアが魔獣を斬り払いながら叫ぶ。


アレクは即座に銃口を空へ向けた。

発砲。

乾いた銃声が響く。コーディアの背後へ迫っていた魔獣が倒れた。


「十一時方向、水平!」

再びコーディアが叫ぶ。


今度はソーンの背後だ。

アレクが即座に撃つ。魔獣が吹き飛んだ。


そこでフレデリックは思い出した。

ザヒール軍の一般兵には、狩魔師との共同戦闘訓練が施されている。

魔獣が見えなくても、狩魔師からの指示だけで遠距離支援を行うためだ。


そしてアレクは、その戦法を完璧に身につけていた。

魔獣は見えずとも、指示される方角に集中し、迅速かつ精密に引き金を絞っていく。その姿に恐怖の色など微塵もなかった。


「一点方向、高め!」

グレンが叫ぶ。


アレクが即座に撃つ。


その時だった。フレデリックは隣でミレイナが身を起こそうとしていることに気づく。


「……何が……起きてるの……?」

ミレイナが弱々しく尋ねた。


「魔獣だ」

フレデリックは短く答えた。


そして彼女を守るように腕を広げる。アレクの背後から出さないように。


狩魔師たちは戦い続けていた。

エリオはすでに二体を倒している。

周囲へ視線を走らせ、誰か援護が必要ではないか確認する。


だが彼にもソーンにも、コーディアやグレンのような芸当はできない。

魔獣と戦いながら正確な方角を伝えるなど無理だ。

目の前の敵に集中するだけで精一杯だった。


「十時方向、高め!」

コーディアが叫ぶ。


パンッ!アレクが撃つ。


「十一時方向、低め!」

グレンが叫ぶ。


パンッ!再び発砲。


「十二時方向、少し――」

コーディアの声が途中で止まった。


「どうした?」

アレクが尋ねる。


「待って……」

コーディアの顔に迷いが浮かぶ。彼女は前方の一体を凝視していた。


「十二時方向、高め!」

グレンが魔獣の攻撃を剣で受けながら、代わりに叫ぶ。


カチリ。

アレクは即座に銃口を十二時方向へ向けた。少しだけ上へ修正する。そして引き金を引く。


「待って!」

コーディアが悲鳴を上げた。同時に、その魔獣へ向かって飛び込む。


弾丸が銃口から飛び出した。一直線に十二時方向の魔獣へ向かう。


エリオは見た。

コーディアがその魔獣の前へ身を投げ出したのを。弾丸は彼女の左腕を掠める。鮮血が噴き上がった。


エリオは思わず目を見開く。

――何をしてるんだ?


コーディアと魔獣は後方の家へと弾き飛ばされ、壁へ激突すると、そのまま地面へ激しく叩きつけられた。


「きゃあっ!」

ミレイナが思わず悲鳴を上げた。


「コーディア!」

アレクが顔色を変えて叫ぶ。


彼には何が起きたのか分からない。ただ、狩魔師たちが一様に錯愕の表情を浮かべているのだけは見えた。


コーディアは震える腕で体を起こした。

そこで初めて気づく。自分の両手が支えているのは地面ではない。倒れた魔獣の身体だった。


銀色の髪。黄金の瞳。

その瞳が、真っ直ぐコーディアを見つめ返している。


「……ムムロ……」

コーディアは震える声で、その名を呼んだ。

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