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64. 扉と窓の向こうに潜む悪意

夕食は実に質素だった。

煮込んだジャガイモに、焼いたハム。それから一人一杯ずつの、名前も分からない温かい花茶。


それでも久しぶりに熱々の食事にありつけたことで、皆かなり満足していた。


食事を終えると、宿屋の従業員が彼らを二階へ案内した。


「男はこっち。女はこっち。便所は一階だ」

必要最低限のことだけを極めて淡々と告げると、男はすぐに背を向け、さっさと階段を下りていった。


エリオたちは部屋の扉を開けた。中にはベッドが八台並んでいる。

だが幸運なことに、どうやら他の宿泊客はいないらしかった。


「サマンに観光しようなんて人、あんまりいないみたいだな」

グレンが舌を出して言う。


「こんな気味の悪い場所に旅行したがる奴なんていないだろ。ここの連中、みんな愛想悪そうだしな」

ソーンが肩をすくめた。


「よし、それじゃ今日はもう休もう。みんなお疲れさまだ。明日も朝早いからな」

アレクが言った。


「おやすみー!」

コーディアとミレイナはそう言いながら、隣の部屋へ入っていった。


男たちも自分たちの部屋へ入る。

エリオは薄暗い室内を見回した。ベッドが八台。その上には枕と毛布。


入口脇には木製の棚があり、その上に油ランプが一つ。壁際には木の椅子が二脚。それだけだった。他には何もない。


ふと窓を見る。

窓の形も妙だった。二つ付いているが、どちらも手のひらより少し広い程度しかない。


エリオはこんな細い窓を見たことがなかった。顔を外へ出そうにも不可能だ。


グレンも窓に目を向けて言った。

「その窓、面白いよな。外の家もみんな同じ形だった。サマンの建物って、ザヒールとは本当に違うな」


「これじゃ人が窓から逃げ出すこともできないな」

エリオは窓の隙間から外を覗いた。


夜の通りには街灯がない。

それぞれの家の入り口に灯された、四つずつの油灯だけが、ぽつぽつと闇を照らしている。


「あの油灯も不思議だよな」

エリオは呟いた

「サマンの人たちって夜はほとんど外に出ないのに、どの家も四つずつ灯してる。今も全部ついたままだし」


「ここの連中、頭がおかしいんじゃないか?」

フレデリックが茶化すような口調で言った。

「家の造りを見れば分かるだろ。どう考えても変だぜ」


「いいから早く寝ろ」

アレクがたしなめる。


「ベッドは八台あるけど、俺たちは奥の五台を使おう。もし夜遅くに他の客が来ても、入口側のベッドを使えるからな」

アレクがそう提案した。


「他の客なんて来ないって」

フレデリックはそう言いながらも、結局は言われた通り奥のベッドを選んだ。


彼らは着替えを済ませ、寝る準備を始める。


エリオはベッドの端に腰掛けた。マットレスは石みたいに硬い。しかも少しカビ臭かった。


この宿は普段ほとんど客が来ないのだろう。

だからこそ、彼らが宿泊を申し出た時、あれほど注目を浴びたのかもしれない。


「はぁ~、ひどいベッドだな」

向かい側でフレデリックがベッドによじ登りながら文句を言う。

「こんな酷いベッド初めてだぜ。本当に人間用か?」


エリオは隣のグレンと目を合わせた。そして小声で囁く。

「ナディラはなんでこの人を派遣したんだろうな? ヴィクターを呼んだ方が良かったんじゃないか?」


「さあな」

グレンは唇だけ動かして答えた。


皆、剣はベッドの隅へ隠し、金は枕の下へ入れる。

全員が横になったのを確認してから、アレクが部屋にある唯一の油ランプを吹き消した。


確かにベッドは快適とは言い難い。だが毛布は十分暖かかった。

それに一日中歩き続けていた疲労もある。エリオはすぐに眠りへ落ちていった。


どれくらい眠っただろうか。ふと、エリオは目を覚ました。

半分夢の中にいるような意識のまま、廊下からかすかな足音が聞こえた気がした。


――他にも泊まり客がいたのか……

ぼんやりそう考える。


誰かがこの部屋へ入ってくるのかと思ったが、しばらく待っても扉は開かなかった。


懐中時計を取り出して時間を確認しようかとも思った。だが部屋は真っ暗だ。


どうせ見えないだろう。

暗闇の中でそんな葛藤を繰り返しているうちに、エリオは抗えぬ眠気に負け、再び深い微睡へと沈んでいった。


翌朝――。


エリオは、恐怖で心臓を跳ね上がらせるようにして目を覚ました。

耳をつんざくような激しい物音に叩き起こされたのだ。


目を開けると、グレンとソーンもベッドから跳ね起きている。フレデリックだけは相変わらず大いびきをかいて眠っていた。


エリオは数秒かけてようやく理解した。

あの音は、誰かがものすごい勢いで扉を叩いている音だったのだ。


「ブレイ団長は?」

空になったアレクのベッドを見て、エリオは首を傾げた。


「廊下にいるみたいだな」

靴を履きながらグレンが答える。


三人は剣を掴み、急いで部屋を飛び出した。


廊下ではアレクが、コーディアとミレイナの部屋の扉を激しく叩いていた。

「コーディア! 聞こえるか!? 早く開けろ!!」


怒鳴るアレクの横には、無表情な宿屋の主人が立っている。


「どうしたんですか、ブレイ団長?」

エリオが尋ねた。


「今朝、ミレイナと今後の計画について話し合う約束をしていた。だが時間になっても出てこない。部屋を何度叩いても返事がないうえ、扉に鍵までかかっている」

アレクは険しい顔で答えた。


「宿屋の人なんだろ? 鍵くらい開けられるんじゃないのか?」

ソーンが主人へ向き直る。


「無理ですな。お嬢さん方が内側から閂をかけてしまっておりまして。私の鍵では開きません」

主人は首を振った。


「コーディア!!」

アレクが再び扉を叩く。だが返事はない。


彼は一歩後ろへ下がった。

「こじ開けろ」

短く命じる。


グレンが前へ出て剣を抜いた。


その時だった。宿屋の主人が慌てたように一歩踏み出す。

「ま、待ってください! そんなことをしてはいけません! 女性の部屋に勝手に入るなんて……そ、それに宿屋の扉を壊されては……!」


アレクは主人と扉の間に立ちはだかった。

腕を組み、拳をぎゅっと握り締める。浮き上がった青筋が怒りを物語っていた。


「よく聞け」

氷のような声だった。


「この部屋にいる二人は、理由もなく内側から閂をかけたりしない。わざと返事をしない人間でもない。だから俺たちは部屋へ入って、仲間の無事を確認する必要がある」

アレクは主人を真っ直ぐ見据えた

「――分かったか?」


大柄なアレクに威圧されたのか。あるいは、その後ろで剣を握っている三人を見たからか。


主人はぎこちなく笑った。

「……まあ、好きになさってください」


グレンは剣を差し込み、錠前を破壊した。


扉が勢いよく開く。


そして真っ先に目へ飛び込んできたのは――。

ベッドで毛布をかぶったまま眠っているコーディアだった。


「コーディア!!」


アレクが駆け寄る。肩を強く揺さぶりながら何度も名前を呼んだ。


しばらくして。コーディアはようやく重たい瞼を開いた。

まるで深い深い眠りの底から浮上してきたようだった。


目の前のアレクを見る。続いて、その後ろに立つエリオ、グレン、ソーンへ視線を向けた。


「……みんな、どうしたの?」

不思議そうに首を傾げる。


「どうしたも何も……さっきから俺が扉を叩いていたのが聞こえなかったのか?」

アレクが眉をひそめた。


「寝てたの。というか……すごく深く眠ってたみたいで。ノックの音なんて全然聞こえなかったわ」

コーディアはぼんやりした表情で答える。


「じゃあ、扉が内側から閂で閉められていた理由も分からないか?」


「閂……?」

コーディアは目をぱちぱちさせた

「そんなのあった? 私たち、普通に鍵をかけただけだと思うけど。外から鍵で開けられるやつよね? 閂って何のこと?」


「これだよ」


グレンが足元から壊れた錠前を拾い上げる。

そこには鉄製の閂が付いていた。部屋の内側から押し込めば、外からは絶対に開けられなくなる仕組みだ。


コーディアはますます困惑した。


しばらく考え込み――。やがて自信なさそうに口を開く。

「昨日、その閂を見た記憶がないのよね……でも……分からないわ」


彼女はこめかみを押さえた。

「昨日は本当に疲れてて。夕食を食べて部屋へ戻ったあと、すぐ眠くなっちゃって……そのまま寝た気がする」


「じゃあ次の質問だ」

ソーンが口を開いた

「――ミレイナはどこだ?」

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● 毎週 【日・月・火・木・金】18:10 更新


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