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63. 奇妙な村と宿屋

黒い森を抜けた頃には、すでに夕暮れだった。

彼らは正式にサマンの領土へ入り、国境沿いの小さな村へ到着する。


村の家々にはすでに灯りがともっていた。しかし通りには人影が一つもない。


集落全体が静まり返り、橙色の夕陽に照らされたその光景には、言いようのない不気味さがあった。


「サマンって何なんだよ。まるでゴーストタウンじゃねえか」

ソーンが呟く。


「本当になんていうか……」


エリオが返事をしようとしたその時、横からフレデリックが割り込んだ。

「おやおや~。うちの可愛いソーン君は怖いのかな~?」


フレデリックは腰をかがめ、ソーンの耳元へ顔を近づける。そしてわざと甲高い声で囁いた。

「うぅ~……前にいる足のない長髪の女の幽霊、見えたか~?」


「離れろ、フレデリック! くだらないこと言うな!」

ソーンが苛立った声を上げる。


「はいはい、もうからかわないって。でもソーン君はもう少し度胸をつけた方がいいぞ? 帰ったらキャロラインに言いつけるからな。きっと笑われるぜ?」


フレデリックはにやにやしながらソーンの頭を撫でた。


しかしソーンは顔を背け、その手を振り払った。

「別に怖がってなんかない!」

大声で言い返す。


そのやり取りを見ながら、エリオはふと思い出した。

フレデリックもナディラ姓なのだから、当然キャロライン・ナディラ王女の親族なのだろう。


幼い頃からキャロライン王女と一緒に育ったソーンなら、フレデリックともかなり親しいに違いない。

だからこそ、あんな遠慮のない口を利けるのだろう。


一行は歩きながら村の様子を眺めた。


家はどれも黒い岩石で造られている。

その扉や窓枠の四方の縁には、紫色の塗料で菱形や円、そして奇妙な記号を組み合わせた紋様が描かれ、扉の両脇にはそれぞれ二つずつ油灯が灯されていた。


「この紋様って何か意味があるのかな?どの家にも描かれてるけど」

グレンが言う。


「歴史書で見た記憶があります。その記号は古代オルシア帝国の祭司たちが使っていた文字だったはずです。一般の民衆はあまり使わなかったので、帝国分裂後に徐々に失われたんです」


コーディアが説明した。

「でもサマンは教皇が統治している国ですから、今でも使われているのかもしれませんね」


「へぇ~、さすが優等生だな。一目で分かるなんて」

グレンは感心したような顔をする。


「そんなことないよ。私も何て書いてあるかは読めないの。ただ祭司が使っていた古代文字だって知ってるだけ」

コーディアは照れくさそうに笑った。


「さてと、着いたぞ。今日泊まる宿だ――サツィカン宿屋」

ミレイナは手帳を見比べながら、二階建ての建物の前で立ち止まった。


その宿も周囲の建物と同じく黒い岩石造りだった。

屋根から吊るされた木製の看板には「サツィカン宿屋」と書かれており、その横ではサマンの黒い旗が風にはためいている。


扉を押して中へ入ると、宿の客たちが一斉に顔を上げた。


室内は暖かい。暖炉には火が勢いよく燃え、料理と酒の香りが漂っている。


カウンターの奥に置かれたラジオからは聖歌のような荘厳な音楽が流れ、客たちは静かに食事をしていた。

時折、小さな話し声が聞こえる程度だ。


エリオは新鮮な気持ちになった。

ザヒールの酒場や宿屋はいつも賑やかで騒がしい。ここはまるで別世界だった。


「こんばんは。本日宿泊をお願いしたいのですが、七名です」

ミレイナがカウンターの男へ丁寧に声をかける。


男は他の村人たちと同じく濃灰色のゆったりした服を着ていた。

両腕にはびっしりと紋様の刺青があり、大きな髭を生やしている。

鼻は大きく尖り、小さく鋭い目で彼らを警戒するように見ていた。


どうやら宿の主人らしい。


「三百五十」


「夕食もお願いしたいです」

グレンが付け加える。


「なら四百二十だ」

主人の声には感情がほとんどなかった。


その時、一人の男が近寄り、主人の耳元で何かを囁いた。

主人は小さく頷き、その男へ目配せする。


ミレイナが代金を支払うと、一行は部屋の隅のテーブルへ腰を下ろした。


他の席のサマン人たちは時折こちらを振り返り、じろじろと彼らを見ている。


エリオの気のせいかもしれない。

だが、自分の左右で色の違う瞳を見られているような気がしてならなかった。


「あれ?アレクは?」

最初に気付いたコーディアが不安そうに尋ねた。


皆で辺りを見回していると、宿の扉が開く。

アレクが中へ入ってきた。


どうやら先ほどまでずっと宿の外にいたらしい。

そのまま彼らの夕食へ加わる。


「さっきなんで一緒に入ってこなかったの? いなくなったのかと思ったじゃない」

コーディアは、つい先日までアレクと意地を張り合っていたことも忘れたように文句を言った。


「大したことじゃない。周囲の様子を見ていただけだよ」

アレクは微笑みながら答える。


その瞬間。

エリオには、アレクが手に持っていた何かを外套のポケットへ素早くしまい込んだように見えた。

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● 毎週 【日・月・火・木・金】18:10 更新


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