54. 暗がりに潜む者に気をつけろ
ジュリアナは息を呑んだ。
扉のところに、人影が立っていた。
震える手で提灯を持ち上げ、入口へ光を向ける。弱々しい灯りの中に浮かび上がったのは、見間違えるはずのない顔だった。
眼鏡の奥で、紫色の瞳が静かに光っている。
「久しぶりだな、我が友よ」
デイモン・ウォーカーの冷え切った声が響いた。
「な……なに……どうして……あなた……どうして……」
ジュリアナは目眩を覚えた。言葉もまともに出てこない。
「どうして、だって?」
デイモンは一歩前へ出た。
「どうして俺がここにいるのかってことか? ここは俺の家だぞ」
死んだはずのデイモン・ウォーカーが、そこに立っている。悪夢だ。そう思いたかった。
ジュリアナは反射的に自分の腕をつねった。痛みが走る。つまり、これは夢ではない。
だが、もし目の前の男が本当にデイモン・ウォーカーなのだとしたら――
事件の日に見つかった、あの黒焦げの死体は誰だったのか。
デイモン・ウォーカーが生きている。
その事実だけで、今まで感じていた違和感の全てが一気に繋がった。
魔獣に荒らされることなく、ただ焼き払われただけの家。そして消えた青い宝石の指輪。
ジュリアナはデイモンの左手へ目を向けた。そこには確かに、あの青い宝石の指輪が嵌められていた。
「……じゃあ、全部あなたが仕組んだことなの?」
自分の声が震えているのが分かった。
心のどこかでは、もう疑っていた。それでも。かつての友人が裏切り者だったなど、信じたくなかった。
デイモンの顔には何の感情も浮かんでいなかった。
驚きも。怒りも。得意げな様子も。何もない。ただ真っ直ぐジュリアナを見つめながら言った。
「君はここへ来るべきじゃなかった。
魔獣の襲撃を生き延びたと聞いた時は、このまま見逃してやるつもりだった。
だが残念だったな。君はどうしても、この件を自分で調べたがった」
「じゃあ……あの人たちは……ザヒール情報調査局がここで見つけた、あの焼死体は誰だったの?」
「毎日どれだけの人間が魔獣に喰われていると思う?
俺と体格の近い男を一人適当に用意して、家の中を魔獣に襲われたように見せかければいい。
そうすれば誰だって、その男が魔獣に殺されたと思い込むさ」
「だから……身元が完全に分からなくなるまで、遺体を焼き払ったのね……耳飾りと指輪をその死体に付ければ、みんなあなたの死体だと信じる……でも、あなたは青い宝石の指輪を付け忘れた!」
「これか?」
デイモンは左手を軽く持ち上げた
「忘れたわけじゃない。これは俺のお気に入りなんでな」
「どうして……」
ジュリアナの声が掠れた
「どうしてこんなことをしたの?イアンも、レイラも、ソロモンも……私たち五人は最高の仲間だったじゃない……!友達だったじゃない……!」
ジュリアナはこらえきれずに声を詰まらせ、激しく嗚咽した。
デイモンは肩をすくめた。
「友達だったさ。だからこそ言っている。君はここへ来るべきじゃなかった」
ジュリアナの頭は混乱していた。
目の前にいる男は、彼女の知るデイモンではない。
聞きたいことが山ほどあった。
誰に命じられたのか。何が目的なのか。黄の匣が狙いだったのか。黄の匣には何が入っているのか。自分たちは何か彼を怒らせることをしたのか。
それとも――
だが、ジュリアナはハッと息を呑んだ。デイモンがいつの間にか、自分との距離をどんどん詰めてきていることに気づいたのだ。
「デイモン……お願い……」
掠れた声でそう絞り出すのが精一杯だった。
しかし、デイモンはすでに目の前まで迫っていた。
ジュリアナは強烈な危機感に襲われ、ハッと視線を落とした。
そして、見てしまった。
デイモンの手の中に、一振りのナイフが握られているのを。
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