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52. 新たな謎が現れる

「何だって?」

エリオはぽかんとした顔で聞き返した。


「だから、この鉄箱の中に入っていた書類が、私たち研究班の幻葉水の配方表なのよ」

ジュリアナが言う。


「でも……」

エリオは一枚の紙を持ち上げた。


『クノー町一一六番街二十三号』

『白花町五十四番街A-655-01号』


「どう見ても配方表には見えませんけど……」


「ナディラとザヒールではね。

国家レベルの機密研究を扱う場合、研究員たちは重要な成果を暗号表で記録することになっている。機密漏洩を防ぐためだ」

カーター大将が落ち着いた口調で説明する。


「研究者ではない人間が見れば、ただの地名や住所の一覧にしか見えない。

だが、よく見れば存在しない番地や通りの名前が混ざっている。訓練を受けた国家研究員なら、その意味をすぐに読み取れるというわけだ」


「だから間違いない。これは我々が探していた幻葉水の配方表だ」


ジュリアナは眉をひそめた。


「ということは、私たちは最初から勘違いしていたのかもしれないわね。

黄の匣の中に入っていたのは幻葉水の配方表じゃなかった。じゃあ何だったの?

魔獣や、その背後にいる誰かが、人を殺してまで欲しがったものって」


「魔獣たちは。黄の匣に幻葉水の配方表が入っていると思い込んでいたのではないか?」


「私もそう思うわ。ソロモンとレイラは、配方表を黄の匣へ入れたように見せかけた。

でも本当は、この鉄箱の中へ隠していた。だから魔獣たちは目的を果たせなかった」


「つまり……黄の匣はただの囮だった?」


だが。エリオはどこか違和感を覚えていた。何かがおかしい。

彼は目を閉じ、事件の日の記憶を辿る。


司令部を出た時。突然、両親が現れた。そして三人で町を離れ、森の方へ歩いていった。


その後。ソロモンが黄の匣を取り出した。

そして――


「僕は……黄の匣の中には、もっと別の重要な研究が入っていたと思います」

エリオがゆっくり口を開く。


「その日、父さんと母さんは黄の匣を見せながら。この箱は自分たちにとって本当に大切なものだって、何度も言っていました。

それから……確か秘密の研究の話もしていた気がします」


「秘密の研究?」

カーター大将が眉を寄せた。


ジュリアナも不思議そうにエリオを見る。


だが。数秒後。彼女の表情が変わった。何かを思い出したようだった。


「待って……」

ジュリアナが小さく呟く。

「今、何か見た気がする……」


彼女は二人の横をすり抜け、床に散乱した本や書類の山へと戻ると、そこをひっくり返すようにしてしばらくの間、必死に探し回った。


やがて、その中から一冊のひどく古びたノートを引っ張り出す。

色褪せた緑色の表紙。角は擦り切れ、かなり傷んでいた。


「これはソロモンとレイラの研究日誌よ」

ジュリアナが言う

「昔、私たちがやっていた“あの研究”について書かれている」


「どんな研究ですか?」

エリオが尋ねた。


ジュリアナは少しだけカーター大将を見た。


だがカーター大将は肩をすくめる。

「話しても構わないだろう」


「エリオ。お前の両親とジュリアナたちの研究班は、元々『紫晶の涙』という計画に参加していた」


「紫晶の涙?」


「普通の人間でも、目薬のように使うだけで魔獣が見えるようになる薬だ。

当時は今よりずっと大規模な研究だった。多くの研究員と莫大な予算が投入された」


「だが何年研究しても実現の目処は立たなかった。国家機密研究開発局は、この計画は不可能だと判断した。そして計画を打ち切った」


「研究員たちは、それぞれ別の研究へ回されたんだ。ジュリアナたち五人も、その後に幻葉水の研究へ移った。

結果的に、その判断は正しかった。数年後には第一世代の幻葉水が完成したからな」


「そうね」

ジュリアナは日誌をめくりながら続ける。


「でもね、カーター大将。紫晶の涙の研究が正式に打ち切られたのは二十一年前よ。なのに、この日誌には十八年前まで研究記録が残っている」


「つまりソロモンとレイラは、少なくとも三年間は独自に研究を続けていたことになる」


カーター大将の表情が険しくなった。


「最後の記録は十八年前の十月ね。その後のページは、なぜか全部破られている。

でも今のところ、エリオの話と一致する資料はこれしかないわ」


「つまり」

カーター大将が整理するように言った

「ソロモンとレイラは、紫晶の涙の研究を密かに続けていた。そして、その成果を黄の匣へ入れ。エリオへ伝えようとしていたと?」


「私はそう考えているわ」

ジュリアナは頷いた。


エリオの胸が大きく揺れた。

父と母は、人間が魔獣を見られるようになる薬を研究していた。


もし本当に完成していたなら。

自分はあのアホみたいに凄惨な視覚改造手術に耐える必要など、どこにもなかったはずなのだ。

もっと簡単に魔獣を見ることができたはずだ。


「もしかして……」

エリオは慎重に口を開く

「父さんと母さんは、本当に紫晶の涙を完成させたんじゃないでしょうか。だから僕に伝えようとしたとか……」


「それはないわ」

ジュリアナは即座に否定した。エリオの期待を容赦なく断ち切る。


「私はあの研究に参加していた。どれだけ実現が難しいかも知っている。

確かにソロモンとレイラは天才だったわ。でも、国家予算も研究施設もない状態で、二人だけで紫晶の涙を完成させるなんて非現実的すぎる」


「それに。もし本当に完成させていたなら、隠したりすると思う? 紫晶の涙は、研究者たちの夢そのものだったのよ」


エリオは肩を落とした。失望を隠せない。


数秒の沈黙の後、彼はぽつりと呟く。

「でも……そうだとしたら、父さんと母さんは何を伝えたかったんですか? 失敗した研究成果を見せたかっただけなんでしょうか」


「もしかしたら。失敗した紫晶の涙の研究を整理して、あなたへ託そうとしたのかもしれない。だって、あなたは生まれつき魔獣が見えなかったでしょう?」


カーター大将も頷く。


「その説明なら筋は通るな。研究資料を奪おうとした理由も説明できる。

ヴレス夫妻の研究成果を参考にして、本物の紫晶の涙を完成させようと考えた者がいても不思議ではない」


だが。カーター大将はすぐに別の問題へ思い至った。


「しかし、そうなると新たな問題が生まれる。もし黄の匣の中身が、この“失敗した”紫晶の涙の研究資料だった場合。

ザヒール軍とナディラ軍は、果たして今後も黄の匣奪還任務を続行するだろうか。その件については、明日アージ大将と相談する必要がありそうだ」


カーター大将は窓の外へ目を向けた。すでに夜も更けている。

「時間も遅い。ジュリアナ、そろそろ君を隠れ家へ戻さなければならないな」

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● 毎週 【日・月・火・木・金】18:10 更新


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