51. 真相を少しずつ手繰り寄せる
彼らがヴレス夫妻の家へ足を踏み入れると、中はひどく荒らされていた。
当然だった。事件当日、この家にも魔獣が侵入している。
情報調査局は重要な手掛かりを誤って壊さないよう、現場を当時のまま保存していたのだ。
「情報調査局の報告によれば、魔獣たちはまずこの家へ侵入し、家中を探し回ったらしい」
カーター大将が言った。
「だが目的の物は見つからなかった。その後、森の中にいたヴレス夫妻を発見したようだ」
「目的の物……それって、あの黄の匣のことですか?」
「そうだ……その中には、彼らの秘密の研究成果が収められていると聞いている」
「はい、確かに父さんと母さんもそう言っていました」
エリオはあの日の光景を懸命に思い出しながら、頷いた。
「なるほど……」
ジュリアナは考え込む
「それなら、彼らは幻葉水の配方表の“一部”を、あの黄の匣に隠していたのかしら」
そしてエリオへ視線を向けた。
「それで、あの日は何を話そうとしていたの?」
「僕にも分かりません……黄の匣の中身を見せたいとは言っていました。でも、その直後に魔獣が現れて……」
「もし黄の匣に幻葉水の配方表が入っていたとして」
ジュリアナは独り言のように続ける。
「その中身をあなたへ見せようとしていた……つまり、幻葉水の製法を教えようとしていた? でも、どうして……?」
「待て」
カーター大将が口を挟んだ。
「配方表は研究班のメンバーが持ち回りで保管していたんだろう? なら襲撃当日は、ちょうどヴレス夫妻が預かっていたのか?」
「ええ。事件の一週間前までは私が保管していたの。その後、ソロモンとレイラへ直接手渡したわ。だから間違いない」
カーター大将は腕を組む。
「もしかすると。ヴレス夫妻は、幻葉水の配方表の一部を見せることで、エリオへ何か重要なことを伝えようとしていたのかもしれないな」
「父さんと母さんは……確かに、すごく大事な話があるって言っていました。
それに……黄の匣の中身は、自分たちにとって本当に大切なものだって。
絶対に他人の手へ渡してはいけないっていう感じでした」
ジュリアナは静かに頷いた。まずは、この家を徹底的に調べるしかない。
家の中の家具は多くない。質素な暮らしを好んでいたヴレス夫妻らしい家だった。
壁際には本棚が三つ。さらに大きな書類棚が一つ。
だが魔獣の襲撃によって、本の半分以上が床へ散乱していた。書類棚も全ての引き出しが開けられ、中身が辺り一面に撒き散らされている。
ジュリアナは床へ膝をつき、一枚ずつ書類を確認し始めた。
エリオも近くの紙を拾ってみる。だが書かれているのは走り書きのメモや数式ばかり。何一つ意味が分からない。
しかし研究班の一員であるジュリアナは違った。
そこに何が書かれているのか理解しているからこそ、真剣な表情で調べ続けている。
カーター大将は入口付近で警戒を続けていた。
エリオは食卓の方へ歩いた。
ここへ来るのは年に一、二度ほど。両親と食事をするためだった。
学校のこと。生活のこと。最近の出来事。そんな話はした。
だが両親は一度も、自分たちの研究内容について語らなかった。
本棚の本も。書類棚の資料も。何一つ見せてくれなかった。
その時だった。本棚と壁の隙間に、小さな本が落ちているのを見つける。エリオは手を伸ばして引っ張り出した。
開いてみると、それは写真帳だった。
写真の枚数は多くない。ほとんどがヴレス夫妻と研究班の仲間たちの写真。あとはザヒール皇帝や将軍たちとの記念写真が数枚あるだけだった。
「あっ」
ジュリアナが近寄ってきた
「これ、私たちの写真ね。懐かしいなぁ」
「この五人が研究班なんですか?」
エリオは一枚の写真を指差した。
背景は国家機密研究開発局の正門。ヴレス夫妻と三人の仲間が並んで笑っている。
みんな今よりずっと若い。かなり昔の写真だろう。
「そうよ」
ジュリアナは写真を覗き込んだ。
「端にいるのが私。この頃はまだ髪が長かったのよ。
レイラの隣がイアン・フォークナー博士。
その隣で眼鏡をかけているのがデイモン・ウォーカー」
写真をめくるジュリアナの胸に、やりきれないほどの悲しみがどっと込み上げてきた
誰が。何のために。幻葉水の配方表を奪うためだけに、研究班の仲間たちを皆殺しにしたのだろう。
エリオは別の写真へ目を向けた。そこにはヴレス夫妻とデイモン・ウォーカーが写っている。川辺で並び、楽しそうに笑っていた。
「父さんと母さんは、デイモン・ウォーカーと特に仲が良かったんですか?」
「ええ。三人ともザヒール出身だったし、住んでいる場所も近かったからね。何かあれば助け合っていたわ。
私とイアンは普段ナディラに住んでいたけれど、両国の皇帝の命令で研究班へ参加したの」
そして別の写真を指差した。
「ほら、この写真は去年撮ったものよ。イアンが一番老けて見えるでしょう?
ひげを全然手入れしないから、余計に年上に見えるのよ」
かすかな笑みを浮かべる彼女の目に、ほんの少しの涙が浮かぶ。
「私は髪を短くしたし。あなたのお父さんとお母さんも髪型が変わった。
でもデイモンだけは、昔からほとんど変わってないの」
エリオは写真をじっと見つめた。一人一人の顔を胸に刻む。
そうすることで、少しだけ両親を知れた気がした。
その頃。ジュリアナは別の場所を調べ始めていた。
二階へ上がり、ヴレス夫妻の寝室へ入る。こちらも荒らされた形跡がある。だが床に散らばっているのは枕や毛布、衣類ばかりだった。
軽く調べてみたが、特に不自然なものは見当たらない。
そのため彼女は再び階段を下り始めた。
すると。階段の途中で。
「ギッ」
小さな音がした。右足の下からだ。
ジュリアナは立ち止まり、もう一度同じ段を踏む。
やはり音がする。しかも感触がおかしい。階段の板の下に、何か仕掛けがあるようだった。
彼女はしゃがみ込んだ。心臓が速く打ち始める。
よく見ると、板の端にごく細い隙間があった。指を入れようとしたが無理だ。隙間が狭すぎる。
「エリオ! 台所で小さなナイフを探してくれない?」
エリオは果物ナイフを持ってきた。
ジュリアナは慎重に刃先を差し込む。少しずつ。本当に少しずつ。
やがて。木の板が持ち上がった。階段の下に隠し収納が現れる。
中は狭い。そこにあったのは、平たい鉄製の箱が一つだけだった。
「まさか……」
ジュリアナが息を呑む。箱を慎重に取り出す。
鍵は暗証番号式だった。だが長年の付き合いがある。ヴレス夫妻の考えそうな番号には心当たりがあった。
数回試しただけで、あっさりと開いてしまう。
カーター大将とエリオも近寄った。
箱の中には書類が整然と並べられている。
エリオは一枚取り出して目を通した。書かれているのは都市名らしきもの。地名らしきもの。さらに番地や通りの番号のような記号も並んでいる。
「これ……何なんですか?」
エリオは首を傾げた
「どうして父さんたちは、こんな地名のメモを階段の下へ隠していたんだろう」
ジュリアナは静かに首を振る。
「これは地名じゃないわ。私たち研究班だけが使っていた暗号なの」
彼女は手の中の書類を見つめた。
そして、確信を込めて言う。
「この書類こそ――私たちの幻葉水の配方表よ」
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