50. 名前の意味
「それにしても、エリオ。本当に大きくなったわね~」
ヴレス夫妻の家へ向かう道中、ジュリアナはしみじみとした声で言った。
「ナディラで会った時も、どこかで見た顔だと思ったのよ。やっぱり、小さい頃の面影が残っているのね」
「僕が小さい頃に、会ったことがあるんですか?」
エリオは驚いて尋ねた。ジュリアナのことは、まったく覚えていなかったからだ。
「もちろんよ。私たち機密研究班の五人は、とても仲が良かったの。
長い時間を一緒に研究室で過ごしていたから、家族みたいでもあり、友人みたいでもあったわ」
ジュリアナは懐かしそうに笑った。
「レイラがあなたを産んだ日も、私たちは全員そばにいたのよ。
最初はお産があまり順調じゃなくてね。みんな心配でたまらなかった。
デイモンとソロモンなんて、部屋の外を落ち着きなく行ったり来たりしていたわ。一分おきくらいに、今どうなっているんだって聞いてくるの。
逆に私とイアンが、あの二人をなだめる係だったくらいよ」
遠い記憶を思い出しながら、ジュリアナの口元に自然と笑みが浮かんだ。
「でも、無事に生まれてくれて本当によかった。
あの頃のレイラとソロモンは、新米の親として本当に大慌てだったの。
研究班のみんなで交代しながら、赤ん坊だったあなたの世話をしに行ったものよ。
でも、その後あなたがサヴィル家へ預けられてからは、ほとんど会う機会がなくなってしまってね。気づけば、もう十八歳なんて」
エリオの胸がきゅっと締めつけられた。
自分は生まれてすぐに、サイモンおじさんとスタッシーおばさんへ預けられたのだと思っていた。
だが違った。自分にも、両親と近くにいた時間があったのだ。
かつて。父も母も、自分を愛してくれていたのだろうか。
「あの……」
エリオは少し怯えた声で口を開いた
「僕の父さんと母さんは、どうして僕をサヴィル家へ預けたのか……何か言っていましたか?」
ずっと聞きたかったことだった。
けれど同時に。答えを知るのが怖かった。
「あ……ええと……私たちの研究が危険だったからだと思うわ。
魔獣に対抗するための研究だったでしょう」
ジュリアナは少し言葉を探した。
「それにソロモンとレイラの家は幻域に近かった。
あの辺りは魔獣に襲われやすい場所だったから……だから、あなたをサヴィル家で育ててもらった方が安全だと考えたのだと思う」
ジュリアナの答えは、どこか歯切れが悪かった。
エリオの胸が沈んでいく。
それはサイモンおじさんとスタッシーおばさんから聞かされていた話と同じだった。
でも。本当にそれだけなのだろうか。
「僕が魔獣を見えないことについて、何か言っていましたか?」
エリオは尋ねた。
ジュリアナは素早く彼を見た。だが、すぐには何も言わなかった。
「つまり……僕の父さんと母さんは、二人とも紫の瞳を持つ純血のプルプラ族ですよね。でも、その子供である僕には紫の瞳がなかった」
エリオは続ける。
「それを……恥ずかしいと思っていたんじゃないかって。だって僕は、何百年、何千年の間で唯一、紫の瞳を持って生まれなかったプルプラ族なんですから」
ジュリアナは慎重に言葉を選んでいるようだった。
しばらくして、ようやく口を開く。
「あなたが小さい頃から、外の噂をたくさん聞いてきたことは分かっているわ。悪意のある憶測もあったでしょう。
でも、ソロモンとレイラがあなたに紫の瞳がないことを恥ずかしいと思うなんて、絶対にない。
私は二人を知っている。あの二人は、絶対にそんなふうには考えない」
ジュリアナはエリオを見つめた。今はプルプラの紫の瞳へと変わった、彼の左眼を。
何かを言いかけたように見えた。だが、その言葉は結局飲み込まれた。
それから先、誰も口を開かなかった。それぞれが胸の内に何かを抱えたまま、夜の闇に紛れて進んでいく。
やがて一行は、ザヒールと幻域の国境近くへ辿り着いた。
エリオの両親――ソロモン・ヴレスとレイラ・ヴレスの家は、そこにあった。
エリオは幼い頃から、時々ここへ来て両親と食事をしたことがあるだけだった。
ここは彼にとって、どこか見知らぬ「家」だった。
自分にどれだけジュリアナの役に立てるのだろう。急にそんな不安が湧いてくる。
ジュリアナは、研究班の暗殺事件を裏で操った黒幕を見つけようとしている。
彼女はエリオなら、ヴレス夫妻について何か手掛かりを出せるかもしれないと考えているのだろう。
だがエリオには、ジュリアナの方がよほど自分の両親を知っているように思えた。
「そうだ、エリオ。ソロモンとレイラから聞いているか分からないけれど、一つ話しておきたいことがあるの」
ヴレス夫妻の家へ入る直前。ジュリアナは玄関先で振り返った。
「あなたが生まれた日、私たち研究班の五人は集まって、あなたにどんな名前をつけるか、みんなで好き勝手に話し合ったのよ。
どうして最終的にエリオという名前になったか、知っている?」
「どうしてですか?」
エリオは呆然と尋ねた。両親からそんな話を聞いたことは一度もない。
「エリオはね、失われた古語で『太陽』という意味なの。
ソロモンが古い文献で見つけた言葉だと言っていたわ。私たちも、とても素敵な名前だと思った」
ジュリアナはエリオへ片目をつぶる。
「きっとあなたの両親は、あなたを自分たちの人生の太陽だと思っていたのよ。
そして、あなたの人生が太陽のように明るくあってほしいと願ったんだと思う」
エリオはその場に立ち尽くした。
自分の名前に、そんな意味が込められていたなんて。
考えたこともなかった。自分はヴレス夫妻の人生における失敗ではなく――
太陽だったのか。
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