47. 不速の客
三日間。エリオはこの暗闇の洞窟で訓練を続けた。
サイモンもガジェンドラも容赦しなかった。
食事中も休憩中も灯りは点けない。
エリオは少しずつ慣れていった。まるで失明したような世界に。
感覚はどんどん鋭くなる。
洞窟内の音の方向も、以前より正確に分かるようになった。
サイモンとガジェンドラは何度も動きを修正した。エリオも徐々にコツを掴んでいく。
そしてある時。エリオが剣を振るった。
シュッ――空気を裂く音。
続いて。
ビリッ。
ごく小さな布の裂ける音が響いた。
ガジェンドラが後方へ跳ぶ。
「おお~」
彼は笑った
「サイモン、どうやら合格みたいだぜ」
サイモンがランプへ火を灯した。突然の光にエリオは目を細める。
ガジェンドラのコートの裾には浅い切り傷ができていた。さっきの一撃だ。
「本来の目的は、防御を視覚に頼らず行えるようにすることだったんだけどな」
ガジェンドラが言う
「どうやら攻撃まで少しはできるようになったみたいだ」
「そうだな」
サイモンも微笑んだ
「お前は新しいコートを買わないといけなくなったが」
「それは困ったなぁ」
ガジェンドラが肩をすくめる。
そしてエリオへ向かって片目をつぶった
「お前、なかなか才能あるぞ。飲み込みも早いしな」
サイモンは大きな手を伸ばした。そして昔と同じように、エリオの頭を優しく撫でる。
エリオは思わず笑った。
合格した。
その事実に、ようやく肩の力が抜ける。
体は限界だった。だが心は不思議なほど軽い。
この数日の訓練で、胸の奥に絡まっていた何かが少しずつ解けていった気がした。
幻域へ戻ることへの不安も。今はずっと小さくなっている。
三人は洞窟を後にした。外はすっかり夜だった。
街明かりのない山中には無数の星が広がっている。
サイモンとガジェンドラは楽しそうに話していた。長年の友人らしい空気がある。
だがエリオには不思議だった。
こんな人なのに。どうして今まで会ったことがなかったのだろう。
結局、我慢できずに尋ねた。
「ガジェンドラおじさんも、サイモンおじさんみたいに骨董品商なんですか?」
「俺か?」
ガジェンドラはサイモンをちらりと見た。
「そうだなぁ。実はその通りなんだぜ。
俺は東オルシア帝国にいる、どこにでもいる目立たない骨董品商さ。
今回はサイモンに頼まれたから、わざわざザヒールまで来たんだ」
「確かにお前はずいぶん『目立たない』な」
サイモンが眉を上げる。その言葉に二人は大笑いした。
ザヒール南部の山地を離れた後。ガジェンドラは二人へ別れを告げる。そのまま東オルシア帝国の方向へ歩き去っていった。
エリオとサイモンが家へ戻ると。部屋へ向かおうとしたエリオをスタッシーが呼び止めた。
「エリオ、ちょっと待って。お客さんが来てるわよ」
「客? どこにいるんだ?」
「昨日も来てたの」
スタッシーは窓の外を見ながら言った
「今日は改めて来てもらうようお願いしておいたのよ。そろそろ着く頃だと思うわ」
その時だった。コンコン。玄関を叩く音が響く。スタッシーはすぐに扉へ向かった。
エリオは階段の途中から身を乗り出し、玄関の様子を見守る。
スタッシーおばさんが何言か話した後、来客を中へ招き入れた。
そして。エリオは目を見開く。
先頭に立っていたのは国家機密研究開発局のオールデン・カーター大將だった。
その後ろには、フード付きのマントを羽織った人物が続いている。顔を覆面で隠しているため、その素顔を窺い知ることはできない。
二人が中へ入ると、スタッシーおばさんは素早く扉を閉め、さらにカーテンもすべて閉め切った。
カーター大將は周囲を鋭く確認し、十分に人目を避けられると判断したのだろう、隣の人物へ向かって頷いた。
その人物が覆面を外し、続いてマントも脱ぎ捨てる。現れたのは、肩まで届く金髪だった。
エリオは眉をひそめる。どこかで見たことがある。だが、どうしても思い出せない。
一方で。スタッシーおばさんもサイモンおじさんも完全に言葉を失っていた。信じられないものを見るような顔をしている。
そして。エリオは突然思い出した。
「あっ!お、お前……!この前ナディラにいた人じゃないか!?」
「ん?」
カーター大将が首を傾げる
「君たち、知り合いだったのか?」
「あ……いや……」
エリオは気まずそうに頭をかいた。
ナディラ皇三世の誕生祝典の日。勝手に民家へ入ろうとして兵士に連行されていた女性。あの時のことが脳裏に浮かぶ。
さすがに今ここで言うべきではない気がした。
「なるほど」
カーター大将は頷いた
「では、ちょうどいい機会だな」
その表情は真剣だった。
「エリオ。こちらは、以前から行方不明とされていた人物だ。ジュリアナ・ヴォーン教授。
そして――君の両親と同じ研究班に所属していた研究者でもある」
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