41. 羽の下で守られてきた者たち
三人はテスランに連れられ、別棟の執務室へ向かった。
エリオは扉の表札を見て首をかしげる。
そこには、『アレク・ブレイ軍団長執務室』と書かれていた。
「これから会う人って?」
グレンも不思議そうに尋ねる。
「ザヒール防衛軍団の軍団長、アレク・ブレイだ。みんなブレイ団長って呼んでる」
テスランが答えた。
「防衛軍団? 確かザヒール防衛軍団って、魔獣の見えない一般兵で構成された部隊だろ?
通常の防衛任務を担当してるはずだ。なんで俺たち狩魔師が、その指揮官に任務報告する必要があるんだ?」
エリオは首を傾げた。
だがテスランは意味ありげに笑うだけだった。
彼は扉をノックする。中から返事が聞こえると、そのままドアを開いた。
エリオの目に飛び込んできたのは、引き締まった体格の茶髪の士官だった。軍団長という肩書きにしては、ずいぶん若く見える。
ブレイ団長の顔には彫刻のような鋭い輪郭が刻まれていた。笑みは一切ない。
窓から差し込む陽光を受けたその姿は、まるで石像のように見えた。
グレンとエリオが執務室へ足を踏み入れようとした、その時だった。
「入るのは彼女だけでいい」
テスランは顎でコーディアの方を示した。
エリオは困惑して振り返る。コーディアはその場に立ったまま動こうとせず、視線をあちこちへ泳がせながら、無意識に両手を擦り合わせていた。
「あっ!」
彼女は突然声を上げた
「私、お手洗い行ってくる!」
そう言って全速力で逃げ出そうとした瞬間、テスランがコーディアの肩を掴む。そのままブレイ団長の執務室へ押し込み、勢いよく扉を閉めた。
エリオとグレンが状況を理解する暇もなかった。次の瞬間、執務室の中から怒号が響き渡る。二人は思わず飛び上がった。
「自分が何をしたかわかっているのか!? 今回は本当に大問題なんだぞ!」
ブレイ団長の怒鳴り声が廊下まで響いてくる。
エリオとグレンは怯えたようにテスランを見た。だが当の本人はどこ吹く風だ。
「勝手に任務部隊へ参加しただと!? しかも俺の許可も取らずに!? 相手は幻域だぞ! お前は幻域についてどれだけ知っている!? 十分な訓練は積んだのか!?」
怒声は止まらない。
次から次へと叱責が飛び出し、途中から何を言っているのか聞き取れないほどだった。
「……それほど危険なんだ! わかったか!? こんな任務には参加するな!
お前は大人しく国境防衛の魔獣退治だけしていればいいんだ! わかったか!?
俺だってアージ大将から聞いて初めて知ったんだぞ! 本当にいい度胸だ! 俺の許可もなしに――」
「えっと……コーディア、大丈夫なのか? 何があったんだ?」
グレンが心配そうに尋ねた。
執務室の中では今も怒鳴り声が続いている。
「大丈夫大丈夫~」
テスランはくすくす笑った
「ブレイ団長は昔からあんな感じなんだよ。コーディアのことになると、すぐ熱くなるんだ」
「なんでだ? 二人の間に何かあったのか?」
「むしろ逆だな。ブレイ団長は、コーディアにとって本当の兄みたいな存在なんだ。血の繋がりはないけどな」
テスランは肩をすくめた。
「コーディアの両親が魔獣との戦いで亡くなった後、彼女を軍直属の孤児院へ送り届けたのがブレイ団長だった。
その後もよく孤児院へ遊びに来て、子供たちの面倒を見てくれてたんだよ。特にコーディアのことは可愛がってたな」
「なるほどな……ブレイ団長ってすごく厳しそうに見えるけど、ちゃんと優しいところもあるんだな」
「そうそう。孤児院の子供たちにとっては、みんなの頼れる兄貴分だったんだ。
俺たちはみんな『アレク兄ちゃん』って呼んでた。
俺が軍人を目指して、今の軍団に入ったのもあの人の影響なんだぜ」
「でも話を聞く限りだと、ブレイ団長はコーディアの今回の幻域任務に反対してるみたいだな」
「そりゃ当然さ。幻域は危険すぎるからな」
テスランは大笑いした。
「ブレイ団長はコーディアに対して過保護なレベルなんだ。危険な任務なんて全力で止めるに決まってる。
しかも今回、コーディアは任務参加のことを事前に一言も言わなかったんだ。そりゃ本気で怒るさ」
その時だった。背後の扉が勢いよく開く。
コーディアが頬を膨らませ、不機嫌そうな顔で飛び出してきた。その後ろからブレイ団長の怒鳴り声が追いかけてくる。
「とにかく駄目だ! だ・め・だ!」
「私はもう子供じゃないの! それに実力だってちゃんとあるんだから!」
「だ・め・だ!」
「私は行く! 黄の匣を取り戻す手伝いをするんだから!」
「駄目だ! アージ大将に頼んで任務名簿から外してもらう! それに……それに……お前は外出禁止だ!」
ブレイはそう叫びながら、扉の横に立つテスランを見つけた。
「テスラン! コーディアを見張れ! 外出禁止だ! 外出禁止だからな!」
「はいはい~」
テスランは呆れたように肩を落とした
「落ち着いてくださいよ団長。声が大きすぎますって」
その場がまだ騒然としている中、先ほどまで執務室にいたアージ大将が、コーヒー片手にのんびり歩いてきた。
「どうしたんだい? アレクの大声が聞こえてきたけど、誰を叱ってるんだ?」
「ああ、アージ大将。ちょうどよかったです」
ブレイ団長は一瞬で落ち着いた口調に戻る。
「実はコーディアは今回の幻域作戦にはまだ不適格です。任務全体の足を引っ張る危険がありますので、別の狩魔師を補充して彼女の枠を――」
「ああ、またその話か」
アージ大将は豪快に笑った。
「君のその護妹ぶりも大概だな、アレク。コーディアの実力なら誰もが認めている。私は大丈夫だと思うよ」
「ですが――」
「私たちは彼女を一生守ってやれるわけじゃないだろう?」
アージ大将はブレイ団長に片目をつぶってみせる。
「子供はいつか成長するものだ。私たちも、いつ手を離して飛ばしてやるべきかを知る必要があるんじゃないかな」
そう言うと、アージ大将はブレイ団長の肩をぽんと叩き、再びのんびりと去っていった。
エリオは、互いに意地を張り合うコーディアとブレイ団長を見つめる。
その瞬間、サヴィル一家の顔が脳裏に浮かんだ。思わず背筋が冷える。
「あ……」
彼は小さく呟いた
「まずいな……その件をすっかり忘れてた……」
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