30. マント、薬草
エリオは瞬きをした。
何が起きたのか分からない。自分がどこにいるのかも分からなかった。
まるで密閉された空間へ落ちたようだった。辺りは真っ暗で、何も見えない。
身体を起こそうとした瞬間、頭を上の壁へ強くぶつけた。
慌てて手を伸ばして周囲を探る。だが、その手を別の手が強く押さえた。
「しっ……」
グレンの声だった。
エリオはようやく落ち着いた。不自然で苦しい姿勢のまま、暗闇の中でじっと待つ。
そこはひどく湿っていた。空気には腐ったような臭いが混じっている。他の者たちの重い呼吸音も聞こえた。
イスマリスに傷つけられた肩が痛む。血が背中を伝ってとめどなく流れ落ちていた。
あいつは大して力を入れたようにも見えなかった。それなのに、こんな深い傷を負わせたのだ。
しばらくして、エリオは足が痺れてきた。
その時、ようやく誰かが口を開いた。
「もう大丈夫です。彼らは行ったはずです」
グレンの声ではない。コーディアでも、ソーンでもない。
エリオは困惑して眉をひそめた。
暗闇の中に光が灯る。小さな松明が、彼らのいる場所を照らした。
エリオは自分たちが狭い通路の中にいることに気づいた。
天井は低く、身体をまっすぐ起こすことすらできない。
隣にはグレン。
ヴィクターはまだ地面に倒れている。
後ろにはコーディアとソーン。
そして松明を持っていたのは、黒いマントを纏った魔獣だった。
帽子が顔全体を覆っていて、姿はよく見えない。
さっき自分の腕を掴み、ここへ引きずり込んだのはこいつだ。
エリオはそう思った。
「こちらへ」
マントの魔獣は素早く身を翻し、通路の奥へ這うように進んでいった。
エリオは迷うようにグレンを見る。グレンは肩をすくめ、ヴィクターの方へ這っていった。
エリオもそれに続き、グレンと左右からヴィクターの両脇を抱え込むようにして、膝をついたまま後ろ向きに這いながら彼を運んだ。
低い通路ではすぐ頭をぶつけそうになる。だから進みは遅かった。
後ろに続くコーディアも、脚を負傷しているせいで速くは動けない。
ソーンは最後尾についた。
幸い、その低い通路はそれほど長くなかった。少し進むと、前方がやや広くなる。左右にも余裕ができ、ようやく立てる高さになった。
マントの魔獣が足を止める。松明を壁の窪みに差し込んだ。
全員が追いつくのを待ってから、彼女は言った。
「あなたたちの仲間には、すぐ処置が必要です」
そう言いながら、マントの帽子を外す。
エリオたちは驚きに口を開けた。
マントの下にいたのは魔獣ではない。彼らと同じくらいの年頃に見える少女だった。
火の明かりの中で、彼女の茶色い髪と瞳が見えた。プルプラ族ではない。
魔獣の見えない少女が、どうしてたった一人で魔獣の棲む幻域へ来たのだろう。
エリオがそう尋ねようとした瞬間、少女が先に口を開いた。
「傷口の周りの服を裂いてください」
エリオはその場で固まった。ソーンもどうしていいか分からない様子だった。
コーディアが脚を引きずりながら前へ出る。ヴィクターの横に膝をついた。
二人の少女は地面に横たわるヴィクターの傷を確認する。
彼の上着は大量の血で濡れていた。右下腹部の服が裂け、その下は血肉でひどく乱れている。
コーディアは剣で傷口の周囲の布を慎重に切った。できる限り丁寧に布を取り除いていく。
だが血で傷に張りついている部分もある。そこは少し力を入れて剥がすしかなかった。
ヴィクターが苦しげに呻く。両手両足が反射的に暴れた。危うく、マントの少女が手にしていた包みを蹴り飛ばしそうになる。
コーディアの目に涙が滲んだ。彼女は慌てて目を閉じる。
マントの少女は、呆然と立っている三人を見た。
そして小さくため息をつく。
「皆さん、ただ見ているだけでは仲間は助かりません」
グレンがはっと我に返る。すぐに膝をつき、ヴィクターの両腕を押さえた。
エリオとソーンも、それぞれヴィクターの左右の脚を押さえる。
そこで初めて、彼らはヴィクターの傷がどれほど深刻なのかをはっきり見た。
マントの少女は手元の包みを開いた。中には乾燥した植物のようなものが詰まっている。薄暗い通路では、それが何なのかよく分からない。
彼女は片手で数種類を手際よく掴み取った。もう片方の手で小瓶を取り出し、中の液体をヴィクターの傷口へ注ぐ。
ヴィクターの抵抗がさらに激しくなった。
「待って、それは何ですか?」
コーディアが不安そうに尋ねる
「本当に彼を助けられるんですか?」
「他に選択肢がありますか?」
マントの少女は顔も上げずに答えた。
すぐに、彼女は手にした薬草らしきものをヴィクターの腹の傷口へ広げた。
エリオは、ヴィクターの全身の筋肉が苦痛で強張るのを感じた。
だが彼らにできることは、彼を地面へ押さえつけることだけだった。
藥草を撒いてから三十秒ほどが経った頃、ヴィクターは静かになった。いや、静かになったというよりは――完全に昏睡状態に陥っていた。
ソーンが震える声で尋ねる。
「死んだのか?」
「動かさないでください」
マントの少女が言った。
ソーンは疑わしげに彼女を見た。
その瞬間、何かを思い出したように声を上げる。
「こいつだ! 第二要塞までずっと俺たちをつけてきた怪しい奴って、こいつだ!」
マントの少女は彼を無視した。他の者たちの傷にも、簡単に薬草を当てていく。
ソーンは眉をひそめた。
「やっぱりお前だ。なんで俺たちをつけてた?」
マントの少女は顔を上げ、ソーンを見る。
「私がいなければ、あなたたちは今ごろ全員、魔獣に殺されていました」
それは事実だった。誰も言い返せない。
しばらくして、グレンが口を開いた。
「助けてくれてありがとう。せめて教えてくれ。ここはどこなんだ?」
「あなたたちは、百日殲滅作戦の時に残された地下通道にいます」
マントの少女が答える。
「安心してください。魔獣はまだこの密道の存在に気づいていません。ここは安全です」
彼女は松明を手に取り、前方を照らした。
エリオたちはそこでようやく、前の地道が三方向に分かれていることに気づく。
「前の通路が見えますか?出発する時は、真ん中の道を進んでください。
分かれ道に当たったら、必ず真ん中を選ぶ。そうすれば最後にはナディラへ出られます」
彼女は足元のヴィクターに視線を落とした。
「ただし、あなたたちの仲間は今、動かすべき状態ではありません。しばらく待って、傷の出血が止まってから出発することを勧めます」
マントの少女は松明を壁へ戻す。そして右側の暗い通路へ歩き出した。
エリオたちは互いに顔を見合わせた。そこでようやく、彼女の名前を聞いていないことに気づく。
「おい!」
グレンが少女の消えた通路へ数歩踏み出した
「まだ君が誰なのか聞いていない!」
だが、マントの少女の姿はもうどこにもなかった。
ご覧いただきありがとうございます。
【更新スケジュールのお知らせ】
● 毎週 【日・月・火・木・金】18:10 更新
ぜひブックマークして、続きをお楽しみいただけると嬉しいです。
本作を気に入っていただけましたら、評価(★★★★★)やご感想、レビューなどをいただけると大変執筆の励みになります。




